第054話-1 彼女はソーリーの街に到着する

 背後に大きく山の見える最奥の街『ソーリー』。背後の山は内海と外海に注ぐいくつかの川の水源となっている場所であり、その多くの場所は王国の直轄領扱いとなっており、保全されている。


 とはいうものの、生活する上で必要な動植物や、発生する魔物を討伐するために地元の住民が入山することは許可されているのである。ソーリーの街の歴史は古く、古の帝国の時代に端を発し、脇街道の宿場として栄えた時代もあったという。とはいえ、アバンが占領された時代の影響を受け、街道自体が廃れてしまい、あまり利用されなくなっているらしい。


「でも、ちょっとした城塞都市なのね」


 丘の上の教会を中心にその周辺に街を形成し城壁で囲まれているのではあるが、魔物には十分でも、兵士にはそれほど障害になるようには思えない。


「傭兵百人もいれば、あっという間に陥落させられるだろうがな」


 というのが、城壁とその守備兵に対する感想なのである。衛兵は自警団の交代制のようであり、年配のものが多い。


「商業ギルドから依頼されて薬と希望の商品を納めに来ました」


 行商人役である薄赤野伏が門衛に書面を見せる。勿論、内容が読めるかどうかの問題ではなく、ギルドの印章が入っている書類を持っているという証明に過ぎない。


「おお、ようこそ。領都からわざわざありがとうございます」


 中年の実直そうな門衛は、丁寧に一行に頭を下げるのである。街でただ一軒ある唯一の宿屋兼食堂の場所を聞き、一旦、そこに移動する。荷物は街の中にある教会とは別の修道院に収めることになっているのである。


「修道院……か……」

「演技の練習もしましたし、教会での基本的な所作は道中教えて差し上げたではありませんか。あとは、実戦のみですよ!」

「山賊相手に怪しまれるよりは、貴族の放蕩娘が修道院に叩き込まれたばかりで所作が怪しいと説明した上で、実際の修道院でダメ出しされた方が、後の為ではないかしら」


 ここにきて散々女僧相手にロープレしたにもかかわらず、腰が引ける伯姪なのである。駄目だよねと彼女は思う。


「でもさ、ディクト会の修道士様って厳しい印象があるけど」

「いいえ、古くからある会派ですので、穏健な修道士会です。聖ディクトの戒律を守り、清貧で穏やかな生活を心がけられております。学究の徒も多いので武闘派ではありませんよ」


 武闘派で有名なのは、新しい会派であるチェスコ会やドミニク会は原御子教に対抗すべく、御神子教内の原理主義者のような扱いになっており、時に粛清されたりしている。神国の植民地支配などに協力しているので、王国内ではあまり接点がない宗派であるのは幸いだ。


「そうなの。法国でもかなり過激な人たちだと聞いているので、混ざっているのかもしれないわね」

「修道士は教会の従騎士のような存在ですからね。修道士を極めると、聖騎士として認定され、司祭様より上の立場になりますから。司祭・司教様が文官とすれば、修道士は武官に近いですから、イメージとしては大きな間違いではない気もします」


 サラセンと戦った際は、修道士も相当東方遠征に参加したようなので、それは間違いではないらしい。とはいえ、山の中の修道院にそれほど沢山の修道士が武装しているとも思えないのである。




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 と考えていた彼女は自分の読みの甘さを感じで反省していた。


「ほお、女だてらに騎士なのか!!」

「ぜひ手合わせを!!」


 血の気の多い、中年マッチョのおじさんたちに囲まれる女僧である。え、街娘で通してきたのに、うっかり教会の話で盛り上がって……口が滑ったのである。


「いえいえ、あくまでも今回は街娘ですので。山賊対策の為、目立つわけには行かないのです」

「山賊な。まあ、この街の住人には今のところ被害が出とらんのは……」

「ワシ等もおるからの!」


 山賊か傭兵かはわからないが、周辺に不審な男のグループを見かけることはあるのだという。


「とはいえ、女子供は街からださんし、男どもはほれ、採取や魔物対応で体を動かして居るし武装もしておるから、狙われんの」

「もしもの時には、あいつら街を挙げて討伐するから、手を出さんのだて」


 街自体は自衛ができているので、領主の手助けを求めるまでもないとのことなのだ。結局、商売をしにくる余所者に被害が出るのだが、その対応は領主の仕事であるから、それ以上のことは言えないのだ。


「基本的には自給自足している村だから、どうしても作れない物だけを山で採取した素材を換金して手に入れておるから、今のところは公爵様の対応待ちなんじゃよ」

「とはいえ、困ることは困るので、商業ギルドには依頼を掛けているのよ」


 と、中年マッチョ修道士が代わる代わる状況を教えてくれるのである。


 依頼をかけたのはこの修道士会の院長で、街を代表してということであったようなのだ。依頼を受けた時点では、そこまで詳しくはわからなかった。


「荷物は確かに受け取った。代金と受取証だ」

「確かに。あと、不足しているものはありますでしょうか」

「……若さ……かの?」


 そんなことを言われても困るのである。


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