第053話-2 彼女は行商の旅に出る
その晩、怪しいと当たりを付けた馬車も預けられる格安宿に宿泊する。一応これまで通り、男性は大部屋、女性は個室(三人部屋)で宿泊をする。食事はまあまあ美味しく、酒もあまり高くない。そして……話し好きの給仕の女性が当然の如く、一行について根掘り葉掘り聞いてくるのである。
「へぇ、王都からわざわざねー ほんとお疲れ様で~す~」
明るく感じの良い声だが、視線は相手の表情を伺うようであり、いまいち演技ができていない気がするのである。
「まあ、困った時はお互い様だからね。幸い、この子が薬師でね、こっちの修道女とあとこの子は教会にいて回復魔法が少し使えるんだよ」
「へぇ、魔術がつかえるんだ」
「少しだけです。まあ、薬で治せない場合もあるので、旅のついでです」
さりげなく、お金になりそうな女たちだと情報を伝える。御者は足が悪く、剣士は駆け出しに毛が生えた程度で経験があまりない護衛役なことも聞きだされていく。
「まとめて色々頼まれているから、それも届けて、まとまったお金が入るから、しばらくは余裕がある旅になるかな」
「なら、帰りもぜひ泊まってください! 次は御贔屓さんとしてサービスしますよ」
「それはありがたいね。よろしく頼むよ」
行商人に扮した薄赤野伏は答えるが、多分、この話をして二回目に宿泊できた商人はいないだろうと思うのである。
部屋に戻り、彼女と伯姪、女僧の三人が声を潜めて話をする。壁があまり分厚いとも思えない。魔力障壁を室内に巡らせ、外に音漏れしないようにする。猫には外を見張っていてもらうことにする。
「早速露骨な情報収集をしてきましたね」
女給ばかりではなく、厨房の料理人や宿の受付も聞き耳を立て、情報収集に協力していたように見て取れたと女僧がいう。
「お酒飲んでいい気持ちになって、若い女の子に話しかけられて、商売の話ペラペラ話しちゃう人多いんだろうね」
「旅の最中は孤独ですもの、人恋しくなるのでしょうね」
「その心理を利用するというのは……腹立たしいですね」
とは言え、反応があって助かったのである。明日、出立前に公爵子息宛にこの宿の従業員の素行調査を依頼する必要があるだろう。
「商業ギルドは……露骨に関わりたくなさそうでしたから、無関係なのでしょうね」
「他領の商人とはいえ、犠牲者が出れば商いが滞るくらいは理解できているでしょうから、それはなさそうね。消極的ではあるけれど、加害者ではなさそう。潜在的には気が付いていた気もするのだけれどね」
特定地域での商人の失踪が話題にならなかったとは思えない。とはいえ、彼らに何かできたとも思えないから、そこはそこまでだろう。
『お、お外に女給が来たみたいだぞ』
魔剣が伝え、彼女は遮音を解除する旨を伝え、雑談に入ることにする。
「明日でいよいよ今回の依頼も終わりますね」
「薬を運んで、少し治療して一泊して翌日の午前中に向こうを出ることでよろしいでしょうか」
「そうだね、日帰りは無理だから明日はソーリーで一泊だね」
明日の帰りではなく、明後日の帰りに待ち伏せしろよと情報を伝えたのである。ご利用は計画的にだ。
しばらく、外で様子を伺う気配を感じていたものの、話べき事は話終えているので、とりとめのない話に終始していたりするのであった。そのうち、気配が消え、『階下に戻りました』と猫からの連絡が入り、何があるわけでもないのだが、ホッとする三人なのだ。
「この宿で拉致られるってあり得るかな?」
「まずあり得ません。一人だけならいつの間にかということがあるかもしれませんが、私たち三人ずつで固まっていますので、六人まとめてでもない限り、誰かが騒ぎますから。それに、商業ギルドの依頼を受けているのに領都から出ずに失踪するという事もおかしすぎますから」
入るためには領民以外は入場料を支払わねばならないが、出入りを数えているわけではないので、一人旅の者がいなくなってもわからないことはあるだろう。とはいえ、この宿の仕事はターゲットになりそうな商人の情報を山賊に伝えることで、実行するのは他の場所と他の人間であるから、そこまで心配せずとも良いだろう。
『主、私が寝ずの番をしますので、ご安心ください』
『なんかおかしなことがあればオレが起こしてやるから問題ない。安心して寝ろよ』
魔剣も猫も睡眠不要な存在であるのは正直、この時ばかりは助かるのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
翌朝、予定通りソーリーの街へと移動する。宿の朝食は一品おまけだそうで、ありがたく頂く。そっちも、ありがたく頂くつもりなのかと思うのではあるが。
領都からソーリーの街まではおよそ半日。昼過ぎには到着する予定である。森の中を縫うように脇街道が敷設されている。ローマ街道が元になっている街道と並行してはしる、少々道の狭い人通りの少ない道路である。
ソーリーの街の先はモルヴァン山脈の北端であり、只の山なので、通過する者もいない。基本的に、ソーリー周辺で素材の採取をするような生活をするもの以外に、この道を使う旅人はいないのだ。
「ヌーベ領との境目だが、ヌーベの領都はモルヴァン山脈の南端を通過して行った先になる。一度ディジョンに戻って、南の街道を進むことになるな」
薄赤野伏行商人が説明をする。山賊どもは、この山脈の南か北を通過する商人を狙っていたのだろう。ヌーベに関してはロアレ川をさかのぼる交易ルートも存在するので、わざわざディジョンから向かう商人は少ない上に、山賊騒ぎで今は完全にいないのだろう。
とはいえ、旧都の少し東のロアレという川と同じ名前の都市を通過すると、川の流れは東西から南北に変わるため、西風を利用した水運は使えなくなるので、中流から下流にかけてほど、河川交通が有利なわけではないようなのだ。
王国も王都周辺の河川同士を運河でつなげる工事を行っており、穏やかな流れの中下流域では、馬が川沿いに船を曳いて移動する場所も存在するので、水路としての川があるだけで、経済的にはかなり有効なのだという。
「山の中の水源に近い上流だと、川幅は狭いし流れも急だからどうなんだろうな」
薄赤戦士がぼそりと呟く。実際、道幅は古の帝国の敷設した街道よりもかなり狭く、舗装もなされていないので、馬車の速度も歩く程度まで低下している。彼女の魔力で荷車の重さを多少軽減して、轍に車輪が落ちて動けなくならないようにしているものの、行程はゆっくりである。
ところどころ、見通しの良い場所で小休止を取りながら、先に進む。
『主、山賊の斥候が出ているようです。追跡しましょうか』
「いえ、いまの段階では不要よ。明日、捕まったあと、薄赤パーティーのメンバーを誘導してもらえれば十分よ」
『今日は、姿見せて皮算用させるために動いてるって事だろ。精々、楽しい夢を見させておけばいいさ』
三人の女連れの行商人、街で卸した商品の代金も一緒に奪えば、笑いが止まらないくらいの感想だろう。
因みに、宿からの連絡は『猫』が調べたところ、伝書鳩を使用しているようで、今日の朝には、確実に話が伝わっているのである。
『伝書鳩を使うという事は、傭兵の中でも常備軍に近いものでしょうね。恐らく、しっかりとした城塞を拠点として与えられている者たちだと思われます』
伝書鳩の使用、それは恒常的にやり取りをする関係が成り立っていることを意味している。そう考えると、ヌーベ公の常備軍=傭兵兼山賊という推理を裏付けるものになるだろう。
どの道、あの宿は今回の件で領都で捜査を受けることになる。状況証拠だけでなく、山賊の拠点で証拠を集めることができるのだから。
『常備軍なら、帳簿はきちんと揃えているはずです。それを押収すればかなりのことが把握できるでしょう』
猫の言葉に彼女は黙ってうなずくのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます