第053話-1 彼女は行商の旅に出る
依頼の準備が整った数日後、行商人一行に身をやつした薄赤パーティーは一旦、東に向かいやや大回りとなるルートで領都ディジョンに向かうのである。途中、宿に泊まり野宿を避けつつ、数日かけて到着するのであった。王都で情報収集したとおり、商人は王都とブルグンド公爵領の間を移動する者が減っているのは、実際、宿屋の主人などに聞いても明らかであるそうなのだ。
とはいうものの、ディジョンの商人は商売をやめるわけにもいかないため、領都中心の商売に切り替え、西側の山賊の出没する地域には極力近寄らない事にしているのだという。必要な場合、公爵家の騎士団が護衛を務める隊商で最低限の物流を確保しているのだが限界が来ているという。
特に、人口の少ない今回依頼のあったソーリーの街のように、数百人規模の主要街道から外れた場所は放置されているという。
領都に到着。ひとまず、商業ギルドに王都から依頼を受けて薬と薬師を伴って到着した旨を告げに行く。ディジョンはブルグントの公爵城もあり、中々に栄えているはずなのだが、活気がないのは山賊騒ぎの拡大によるものなのだろう。
とはいえ、以前はそれほど問題になっていなかったのかどうか疑問なのである。もしかすると、被害は出ていたものの、証拠が残らなかったので問題視されていなかったのかもしれない。
ディジョンの商人に被害が出ず、それ以外の地域の商人にのみ被害が出るのであれば、問題は発覚しにくい。山賊に協力する宿屋に泊まる商人は領都の商人ではないので、情報提供者がうまく差配してきたから問題が分かりにくかったと思われる。
ところが、『妖精騎士』の山賊討伐で注目され、調べてみるとかなりの被害が出ていると推定され、にわかに問題視されるようになったのだろう。問題とは、認識されなければ問題とは思われないのだから。
「王都の商業ギルドから薬と薬師の依頼を受けてきたものだが」
薄赤野伏扮する行商人が、王都の商業ギルドの紹介状を持って受付に声をかける。冒険者ギルドであれば、若い女性なのだろうが、ここは普通のおじさんが受付をする。商業ギルドだからである。色気はいらないのだ。
「ああ、あなた方が。助かります。できれば、いくつかここでも依頼を受けてもらえますでしょうか」
「乗せられる分に関しては構いません。別途、料金をいただきますけど、問題ありませんね」
「当然ですよ。助かります」
聞くところによると、ソーリーに向かう行商人はここ1か月ほどゼロなのだそうだ。幸い、郵便は山賊も襲わないので、やり取りは可能であるのだそうだが、近隣の村から買えない商品関係は街も周辺の村も困っている。
「ディジョンまで大きな町がないので、薬の不足は深刻なようです」
「領都の薬師は向かわないのですか?」
「……騎士団も大きな街優先で動いているので、そこに関しては対応しているところで精いっぱいなのでしょう」
薬師ギルドは命懸けで薬を配達する義務はないので、その辺は強要できないのであろう。緊急な問題が発生しているわけでもないのである。
「……やばいな」
王都では知られていなかった情報を入手する。過去の話ではあるが五十年ほど前、傭兵崩れの集団に『アバン』という街が占領されたことがあるのだそうだ。
「八か月ほど傭兵隊に占領されて、人口が半減したっていう話だ」
「王国や公爵領の騎士団はどうしていたんだ?」
元々、城塞に囲まれている街であったことが災いし、公爵家の騎士団で包囲したものの、そのまま数か月対峙して、ある程度身代金を払って傭兵団は街を退去することにしたのだそうだ。
「いまは、城塞が強化されているから、同じようなことは起こらないと言われているけどな」
「でもさ、八か月も閉じ込められていたら、商売あがったりだね」
恐らく、その辺りの失敗を含めて、街を占領するような真似をせず、商人丸ごと攫うことで情報封鎖が徹底されていたのだろう。それが漏れ、警戒された結果、現状の山賊出没エリアの孤立現象の発生につながっているのだろう。
「アバンを占領した傭兵隊は中隊規模だったようだな」
「それって、何人くらい?」
傭兵団の規模にも左右されるが、百から百五十人程度ではないだろうか。
「それって、ヌーベ公が抱えきれなくなった傭兵団を放出した結果……とかなのかもしれませんね」
女僧侶が意見を述べる。騎士学校で習った知識の中に、百年戦争時の傭兵隊の活動内容の講義もあったようなのである。賃金に不満がある傭兵たちは途中で契約を打ち切り、自主的に資金を回収する行動に移ることがあるのだそうだ。
「戦争ごとに有期契約か、ある程度の期間ごとに更新していく契約であるので、騎士団とは扱いが違いますので、そういうトラブルも少なくないのですよ」
王国でも騎士団を中核に『常備軍』を設置するようになっているが、平時と戦時で規模を十倍ほどにも拡大する必要性があり、徴用された兵士を騎士が指揮する部隊と、完全傭兵の部隊が併存しているのが現状なのである。
「戦争がないのに戦時のように傭兵を囲うわけにはいかないでしょうが、王国でも専門的な能力の高い山国のパイク兵を定数採用して常設しているので、賃金が支払われない状態になると暴れる可能性はあります」
王国と王家に忠誠心があるわけではないので、金の切れ目が縁の切れ目なのは仕方がないのであろう。
「つまり?」
「山賊で稼げなければ、同じことをブルグント領内で始める可能性がある……ということでしょうか」
「はい、可能性はあると思います」
「……ゴブリンと変わらないじゃないね」
「ゴブリン以下よ。ゴブリンは最初から人ではないのだけれど、それらは、人をやめた存在なのでしょうね」
傭兵の習性に関しては良くわからないのだが、私掠船と同じことを山賊として行っている。そして、私掠船の場合、奪った荷物の三割を免状を発行した国なり国王に支払うことになっているのであるから、山賊のふりをした傭兵も、安全地帯の提供の見返りに、領主に利益分配を要求されていてもおかしくないだろう。
「内部事情も分からねえし、とりあえず、中に入り込んで……情報収集してもらうしかないな」
「もちろんよ! 修道女探偵として情報収集頑張るわ」
その方向性は謎なのであるが、伯姪の頑張りたい気持ちは大切にしようかと彼女は思うのである。
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