第050話-2 彼女は『ヌーベ』の依頼を思い出す
話は依頼の件に移る。王都でも、シャンパーとブルグントの郊外で山賊に襲われる被害が増えていると噂になっており、大きな隊商を組んで南都まで護衛を付けて移動する他なくなってきているのだそうである。
「あの辺は、商人が立ち寄れなくなって、行商が来ない小さな村や町が困っているんだと」
「それだけじゃねぇ。襲われて滅びた村も結構あるって噂だ」
ニース辺境伯領に向かう途中で討伐した三十人の山賊も、かなり優秀な山賊であったろう。というか、普通に傭兵にしか見えなかったのだが。
「ブルグントは特に、南都との交易が妨げられているので、被害甚大なのだそうだ」
「それで、わざわざ王都での指名依頼に踏み切ったわけね」
経済圏として南都は内海圏であり、王都とは別の経済圏なのだ。ブルグントは内海と王都の経済圏をつなぐバイパスとして機能しており、それが動かないことが経済的に打撃になる。要は、関銭が入らないので税収不足なのだ。
「どのような形で向こうに入りますか」
「単純に行商人の小集団だな。アリーとアムは商人の娘、メイは修道女ではどうだ。俺は行商人に変装するし、御者と、あとは護衛の剣士でいいだろ」
野伏は変装も行商の真似も得意なので問題はなく、商家の娘に修道女は同行している一行で、御者は薄赤戦士、護衛が他に変装しようがない剣士が担当する。
「六人であれば馬車一台で移動可能だろうし、まあ、行商人としてはそこまでおかしくない」
「六人で三十人相手にする可能性があるわよね」
「ああ、あるな。とはいえ、六人を捕らえるのに三十人は集めないだろう。精々その半分だ。前後で五人から十人で囲んでってところだろう」
「女が三人入っているから、少な目で来るんじゃないかと思うぞ」
確かに、あまり多いと……売り物にならなくする可能性もあるから、人数を絞るのは大いにあり得るのである。
「向かう街道の途中に、協力者がいて情報を流しているのだと思う。盗人宿とかそういうたぐいだな。行き先を詳しく聞いてきたり、メンバー構成を何度も確認してくるような場合はそれだろうな」
周辺相場より安い宿は、なにかしら収入があるのであろう。そういうところに泊まった旅人から親切めかして話を聞きだし、翌日、山賊に襲わせているのだろう。来るか来ないかわからない旅人を山の中で待ち伏せるのも限度があるからだ。
「山賊被害の出る場所の周辺の街であえて安いところに泊まって、情報をばら撒くのも手かもしれない」
「山賊に詳しいあなたが言うなら、その通りでしょうね」
「ばっか、俺はまじめな剣士さまだぞ」
「そうそう、まじめでヘタレな剣士よねー」
と、薄黄剣士の自己主張に軽く話を合わせ揶揄する伯姪である。この男一人が護衛となれば、油断するだろう。半分は女であるし。
「で、囲まれたらどうする?」
「四人は馬車を中心に守りを固めて。私と彼女で気配を消して仕留めるわ」
「流石、海賊船を二人で乗っ取った『姫騎士』様だ」
先日、伯姪は騎士爵に叙爵されたので、名実ともに『騎士様』なのである。
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薄赤メンバーと大まかな作戦を確認し、実際、ブルグント家からの依頼の精緻な内容を確認してから改めて計画を立てることにしたのである。
公爵家の王都の別邸からの迎えの馬車が学院に到着したのは翌々日。馬車の中には、見知った人物が乗り込んでいた。
「……おじい様、おばあ様。お久しぶりでございます」
前辺境伯夫妻が車中の客となっていたのである。話を伺うと、ブルグント公爵とは古い付き合いであり、年齢的にも近いので付き合いがあるのだというのだ。
「王都に来るついでに、奴もこちらにいるというのを聞いたのでな、便乗しておこうと思ったのだ。迷惑であったかな」
「あら、『妖精騎士』と『姫騎士』の海賊船を乗っ取った話を聞きたいと、あなたおっしゃっていらしたではありませんか」
「馬鹿者、本音と建前というのがあるのだ。子供のようにいきなり聞けるものではないわ!」
ガハハハッと笑うジジマッチョである。ああ、この人もそういうの好きなんだよなと彼女は思うのである。
「山賊退治……というより、ヌーベの領内で暴れねばなるまいて」
「……やはり、そうなりますでしょうか」
「ああ。あ奴らとは戦略的パートナーに過ぎないからの。決して相いれない関係さのう」
「どいう意味ですのおじい様」
「なに、本来は仇敵じゃが、いまのところ表面的には付き合いをするという程度の関係の事ヨ」
お互いに潜在的な敵対者と思っているのであれば、王国の民を虐げることは問題ないのであろう。傭兵であり、山賊も他国出身者であろうし、その行動原理はわかりやすい類のものであろう。
「今回はどの程度やるつもりなんだい、お前たちは」
前伯から率直な物言いをされ、彼女はどう答えるべきか迷っている。殺された商人や連れ去れた人たちにも家族がいて、恐らく待ちわびている者がいるだろう。そして、今孤児院に収容されている子供たちの何割かはそういった人たちの家族なのだろうと彼女は思うのである。
「魔物を狩り捕るのと何も変わりがありません。子爵家が代官を務める村に押し寄せるゴブリンの群れも、王国の中に出没して商人や村を襲う山賊も、殺すしかありませんわ」
辺境伯は我が意を得たりとばかりにニヤリと笑う。
「とはいえ、六人ばかりでは大勢の山賊を……傭兵の相手をするのは難しくはないか」
相手は山賊と称しているが、実際は傭兵団である。領内には駐屯する施設があり、その場所に奪ったものや人間が集められ、ヌーベ領から王国のどこかへと売られ、監禁されていくのだろう。
「恐らく、ヌーベ公もグルじゃろう。山賊だけ皆殺しにしても、所詮はまた別の傭兵をつれてくるだけだろうて」
ヌーベ公を処分する……ことは難しいだろうが、彼らと取引のある商人を摘発し、王都で処分することはできるだろう。買い手がいるから売り手が存在するのであるなら、それを潰してしまえばいい。その証拠を手に入れるまでが依頼の仕事であると、彼女は考えていた。
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