第七幕『ブルグント』

第050話-1 彼女は『ヌーベ』の依頼を思い出す

 学院開校から二か月ほどが経ち、二期生を受け入れる前に、使用人の人数を増やすことを行っている。新規に六人を加え、元々の三人に二人づつ

つけることで、仕事の引継ぎを行っているのである。


 最初の三人に関しては、寮監として一人を残し、二人は商会への移動を前提に教育をしている。とはいえ、読み書きと帳簿の記録の仕方、契約書などの見方を彼女が教えている。商人に嫁ぐことを前提に勉強してきたことが、今さらながら役に立っているのである。


 また、礼儀作法に関しては、姉と令息が顔を出すたびに、時間をとって確認をしている。将来の雇い主とその婚約者なので、少々緊張気味ではあるものの、商会でも立場のある存在になるため、下級貴族程度の=彼女程度の目から見て恥ずかしくない所作と言葉遣いを学ばなければ、安心してお客の前には出せないからである。

 

 とはいえ、学院の運営に関係することを前提に選んだ優秀なメイド見習いは、賢く見た目も悪くなく性格もいい三人なので、それほど苦労をしてはいないようである。


 また、新規採用の六人には、商会の従業員として全国転勤ありを選ぶか、この学院の周辺の商会関係で仕事をするか、学院の使用人を続けるか選べるということを伝えてある。寮監も今の彼女の次が育てば、本人の希望を聞いて、商会に移動することも考えているのである。


「仕事を教えることで、自分が学ぶことはたくさんあるから、いい経験よね」

「そういう意味では、孤児院出身の子供は、親掛かりではなく小さい子の面倒を年長者がみるのが当たり前だから、教育しやすいんじゃない?」


 基本、自活することが前提の孤児院ではお兄さんお姉さんから下の子供が仕事を教わり、教え、巣立っていくことが繰り返されているのだから、家族の中で何かしてもらうばかりの子供とは比較できないほど学ぶ姿勢が高いのである。


 



 と考えていると、騎士団からギルドの使いの者が来訪しているとの連絡が入り、学院への入校を許可することにした。恐らく、以前依頼のあった『ヌーベ』への調査依頼に関してであろう。


 顔を見せたのは、いつもの受付嬢であった。


「アリーさん、御無沙汰しております。メイさんもお元気そうで何よりです」


 笑顔で挨拶する受付嬢である。調度から何から豪華であるので、少々、驚いている様なのだ。


「素晴らしい建物ですね!」

「はい。元は王家の狩猟用の離宮であったもので、今は王妃様の別邸として管理していたものをお借りしております」

「でも、 叙爵したら、あなたのものになるのよね?」


 先日、令息との話で出た『男爵領』に関しての話は、王妃様がとても喜ばれたそうで、そのまま現在、宰相閣下のところに話が具体的に回っているようなのである。一年少々のち、正式にこの学院とその周辺の開発責任者として、預かることの内示をいただいている。


「……男爵領に、男爵様のお屋敷ですか……」

「学院とその門前町の管理人というだけです。叙爵されて、何も仕事をしないというわけにはいかないので、名目だけです」

「では、冒険者は」

「もちろん、続けるつもりです。領主をするにも、王国のために仕事をするにも経験不足ですので、冒険者として世の中を広く見たいとおもっております」

「私も勿論付き合うわ。あなたの仕事を勉強すると……いい出会いと巡りあえそうだもの。この離宮は住み心地もいいしね」


 伯姪、貴方はまだ学院生じゃないと彼女は思うのである。


「アムさんが騎士学校を卒業されて、冒険者に復帰されました」


『魂の騎士』の名前と、騎士爵を王国から授けられた濃黄僧侶は、六か月間騎士学校に通い、正式に騎士として認められることになった。とはいえ、本人はしばらく冒険者として王国に貢献する希望を述べ認められている。


「正直、騎士団も困るんでしょう」


 正規の騎士として女性の仕事はかなり限られているし、回復魔法が使える存在は……希少価値であり、かなり高い地位にせざるを得ない。また、近衛にして王女もしくは王妃殿下の警護をということも検討されたが、表向き本人の希望となっているが、高位貴族の子弟の席を奪うことになるので敬遠されたのだ。


「ですので、お二人と薄赤パーティーへの指名依頼、改めてお願いすることになります」


 ヌーベ領近郊の山賊退治。どう考えても、公爵家の傭兵が出張して近隣で好き勝手をやっているのである。領主はヌーベ領に逃げ込んだ山賊を追いかけ、ヌーベ領に侵入することはできない。故に、王都のギルドに依頼を出した。それも……


「『妖精騎士』指名ですので、お願いします」

「……依頼主とは事前に話を聞いた方が……いいのでしょうか?」

「はい。王都に、滞在中です。一度、お迎えに伺うそうですので、お日にちを決めていただけると幸いです」


 今日明日とはいかないので、数日後、薄赤パーティーの中で、野伏と女僧に彼女と伯姪の4人で話を伺うことになるようである。


「依頼主は『ブルグント公爵』家で、実際は執事の方が対応いたします」

「承知しました。貴族として恥ずかしくない装いで伺えばよろしいでしょうか」

「失礼のない程度で大丈夫だと思います。公爵ご本人ではありませんので」


 とはいえ、公爵家の執事は男爵・子爵辺りが務めている代々の郎党であったりするので、公爵以上に気を遣うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 一度、学院に薄赤パーティーのメンバーが訪ねてくれるように受付嬢に依頼した翌日、先触れののち、さっそく4人が現れたのである。昼食後の時間であり、今日は特に時間が拘束されるような事もないので、彼女と伯姪は入り口横の警備室という名の応接室で会うことにしたのである。


「お久しぶりです、アリー」

「騎士学校はどうでしたか、アム」


 濃黄僧侶である騎士爵は、冒険者を続けるにあたり、『魂の騎士』にちなんだ冒険者名を名乗ることにしたのである。古の帝国語で『魂』を意味する『アム』を名乗りとすることにしたので、これからはそう呼ばれることになる。


「ちょっと浮いていましたけれど、最後は良い関係が築けたと思います。私は回復職ですので、騎士と言っても前線で暴れるわけではありませんし、冒険者としての視点も磨きたかったので、騎士の戦い方を学べて良かったと思います」


 王都の中で警邏中の元同期とあったりすることもポツポツあるが、みんなフランクに挨拶してくれるので、折角名前を変えたのに全バレで意味がないとぼやいているのである。


「学院、凄いな」

「これからです。生徒はまだ、10人ほどですし、受け入れるための使用人を育成しているので、次のメンバーは3か月ほど後に20人が加わる感じです」

「それだけの、薬師なり魔術師の卵を孤児院から見つけるとか……すげぇな」


 言っていることはその通りなのだが、言い方が相変わらず残念な薄黄剣士である。もう少し、配慮が必要だろうと、彼女は思うのである。


「王都の孤児院の7歳以上の子供全員と面談しましたから」

「……全員? 何人くらいだ」

「二千人前後ね。そのうち、第一選抜できた子たちが今のメンバーで11人。魔力が大きくて扱うのに時間がかかりそうな小さな子を選んだわ。二期生は

魔力は中の下程度だけれど、年齢的に成人まぢかの子で、薬師か薬師よりの魔術師に向いている子を選んでいるのよ」


 二期生がしばらくはこの学院の収入を支えることになるメンバーだと彼女は考えている。年季奉公をしてもらうつもりなのだ。


「なるほどね。薬師としての腕を磨く間、できたものは一律もらい受けて、一定の生活費だけ渡す。で、年季が明けたときに、それまで貯めておいた資金を渡して独立するなり、進路を決めるということか」


 12-3歳で入学し、15歳で成人した時点で年季奉公開始。3年をめどに、その間は衣食住を男爵領で賄い、小遣い程度を渡して制作物はすべて

回収し、商会や施療院で使用する。


「販売できたもののなかで原価を差し引いて利益分を等分するつもりなの。金額は通帳に記載しておいて、退所時に渡す感じかしら」

「いい考えだ。冒険者ももらった分だけ使うやつはけがをしたときなんかに無理をして依頼を受けてそのまま帰ってこないなんてこともあるしな。薬師として独り立ちできる腕と資金を貯めながら、年季奉公はいい考えだ」


 薄赤戦士は告げる。過去、そういう冒険者をたくさん見たのであろうし、自分のケガの経験がそう言わせるのかもしれない。


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