第049話-2 彼女は学院の運営を考える
さて、この世界における薬師と魔術師の違いは、魔力を使うか否かが最大の相違点なのだが、それだけではない。
例えば、回復薬・ポーションと呼ばれるものだが、その作成には魔力により生成された水・薬草その他の原料から成分を抽出する能力・水と抽出された成分を撹拌し、時には加熱して状態を安定させるための風・火系統の初級魔術が必要なのである。
ポーションを作る為に魔力はそれほど必要ないのだが、そのレシピを守るために魔力のコントロールがとても大切なのだ。
例えば、とても大きな魔力をもつ王女殿下が回復薬を作るのは、とても大変なのだ。箸で小さな針をつまむようなものだと考えてほしい。それなりのサイズであれば簡単だが、大きすぎる道具は使い勝手が悪い。
「その為に身に着けるのが、気配の隠蔽なのね」
「そう。あまりに少なすぎる人には困難だけれど、少ないながらも必要な程度であれば、自分の体の周辺に自分の気配を相殺する魔力を纏うことは難しくないのよ」
「多すぎると、溢れちゃって気配消せなくなるわけね」
姉は、魔力があると分かった小さなころから家庭教師をつけて訓練しているので、魔力の量の増加とコントロールの精度が一致しているのでそれほど問題にはなっていない。
『お前も、最初は大変だったもんな』
おかげさまで、と彼女は内心思うのである。彼女の場合、量は中の上程度で、姉よりは少ないものの、全く使っていなかったものとしてはかなりの魔力の量だったので、最初は相当に振り回されたのである。とはいえまだまだ成長期、現在は姉の魔力量を凌駕している。
「沢山魔力があったとしても、使いこなせなければ宝の持ち腐れ。使いこなすのは、それなりに手間がかかるのよね。でも、魔力が多ければ練習でどんどんつかっても枯渇しないわけだから、思う存分練習ができるわ」
「でもさ、魔力が多い奴って練習しないわよね」
「ほんとは逆なんだけどさ。多い方がコントロール大変だってわからないんだよね」
「膨大な魔力を正確にコントロールするから、偉大なのにね。それが、残念ながら魔力が多いだけの人は、一番大事なところを軽視するのよね」
「はは、おじい様はその辺り、いまでも毎日研鑽されていますからね。兄上がいつまでも刃が立たないのは当然でしょう」
ジジマッチョは魔力も並より上で、恐らく、本人のやる気さえあれば魔術師としても大成するくらいの能力があったのだろう。自分の身分的には身体強化を主に、支援するための魔術を従として騎士団の為にその才能を十全に使ったと思われる。
「貴方は、魔術は使わないのですか」
「お兄様、才能あるって言われたんだけど、基本的なことだけしか勉強なさらなかったのよね。もったいないわ」
「私の役割は聖職者になるか文官として辺境伯家の役に立つことくらいでしたからね。これでも、兄の補佐役としては期待されているんですよ」
口では言うものの、この人はかなり魔術が使えるのだろうと彼女は感じていた。薄赤野伏に似た魔力の雰囲気を持ち、さらにそれが濃厚であるからだ。隠蔽系・暗殺系の能力を強化しているのかもしれない。
「外交官として、必要なスキルを身につけられているということですわね」
「そうなのよ。話題も豊富だし、社交に関しては勉強になること多いのよねー。流石は、私の未来の旦那さまだわー」
「まだ確定ではありませんが、そうなれるように、努力しますよ、未来の我が奥様」
あはは、おほほと笑う二人は似たもの夫婦であるのだろう。
とはいえ、二期生を迎える準備を進めなければと思いつつ、一期生との違いを考えねばならないのである。薬師の仕事は向き不向きがある。大雑把な人間には向いていないのだ。それは、分量を間違えたり、組み合わせる順番を間違える、生成する時間を守らないと……効果が発生しない、もしくは能力が低下するからなのだ。
料理と薬作りはとても似ている。レシピ通りに作るということがとても大事なのだ。素材や道具がいかに素晴らしくても、組み合わせる順番や、火加減、調理時間で全く異なる仕上がりになることがしばしばである。
俗に、男性の料理人が多いのは料理人の世界が男社会だからと誹られることがあるが、正直、家事の料理と、シェフの料理は似て非なるものであったりする。体感センサーのメモリが一桁違うといわれる男女の差はその辺りに現れるようなのだ。
「でも、薬師は女の人多いよね」
「それはね、魔術師はさらに制御が細かいから、魔術師より難易度の低い薬師になる魔術師の女性が多いのよ。それに、人を癒す仕事に魅力を感じるのは、男性より女性だからというのもあるわね」
「騎士団に同行する王宮の魔術師は基本は男。魔法士や魔導士もその性差の関係もあって男が多いからね。母親になっても続けられるから、薬師になる魔術師が女に人に多いというのもあるかな」
学院の生徒の7割は女の子であるのは……男の子の場合、生まれや性格に問題がない場合、貴族の養子にもらわれていくことが多いということもある。貴族=軍人の王国としては、ある程度魔力の使えるものでないと、いろいろ差し支えるのである。
つまり、癖毛は魔力は多いがそれ以外の理由で養子になれなかったということなのだろう。さらに捻くれるのもしょうがない気がする。べつに、同情はしないけれど。
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