第049話-1 彼女は学院の運営を考える

「へぇ、ちゃんと学院長代理やってるんだね」

「……王妃様のお仕事ですもの、当然じゃない」


 十三歳、もうすぐ十四歳の彼女がするにはヘビーな仕事である。とはいえ、十人ちょっとの共同生活であるし、あと半年程度は問題ないのである。


「この後はどうするつもりでしょうか。王妃様にも聞かれているとは思うのですが」


 令息の言うのは尤もである。


「商会は、王国の外にも……回復薬のポーションを販売することは可能でしょうか」

「ええ、勿論です。正直、法国や神国は年中国内で争っているので、その手の商材はとても需要があります。王国の倍ほどもするでしょうか」


 王国の相場の倍であれば金貨三、四枚ほどにもなる。王都の下層庶民の年収クラスになる。


「いまの子供たちは、一期生ですが魔術師としての才能がある子だと考えています。彼らは年齢的に卒院まで数年かかると思いますので、将来の学院を支える人材として王宮に出仕させたいと考えています」


 癖毛はもう少しのところだろうが、黒目黒髪娘と赤毛娘は王妃様付きの魔術師として十分活躍できると思う。少し王宮で経験を積んだら、講師として学院に来てくれるといいだろう。癖毛は今のままだと、永久に学院生になる気がするが。


「いまの十一人のメンバーは学院の幹部候補と」

「ローテーションは考えていますが、組織の中である程度知り得てしまった結果、外に出られなくならないような人事を考えています」

「ああ、軍部とか研究施設関係はだめでしょうね」


 一時的な派遣はともかく、所属は王妃様付き学院講師くらいで丁度いい。


「二期生は私と同世代で、魔力量の少ない人を囲い込む予定です」


 魔力量が少ないので、魔術師として出世するよりも薬師や治療系の仕事についてもらいたい。王妃様の施療院・孤児院運営を支える存在だ。


「魔力の多い人は初期研修だけ行って、あとは商会か辺境伯騎士団あたりで鍛えてもらって……という感じでしょうか」

「確かに、王都出身の孤児を王都の騎士団に置くのは、周りと軋轢が発生しそうだもんね。ニースまで行けば王都出身ってことで商会関係者って分かるから、孤児でもそこまで差別されないだろうし」

「なにより、魔力持ちは辺境伯領では希少な戦力なので、むしろ大歓迎ですわ」


 お兄様の前では無理やり令嬢を継続する伯姪である。聞いていて苦しい。


「2期生はどのくらいいるのでしょうか」

「前回の面談で候補に挙げた人で20名ほどです。薬師の仕事は、1期生にも学ばせているので、教育の補助を今の子たちにさせて、指導者としての経験も積ませようと思うのです」

「良い考えだね。自分で何でもやらないのはさ。感心感心」


 姉はいつもの調子であるのだが、心配してくれていたのかホッとした表情である。


「その頃には五十人近い人数になりますから……」

「使用人も数人増員する形になりますわね」

「その中で、一、二年学院の仕事をして様子を見て商会に引き抜いていくと」

「ニース領に行けるかもってだけで、盛り上がるわ~」


 姉は、引率にかこつけてニースに行く気なのだと彼女は思うのである。とはいえ、礼儀作法を教えるのは姉が適切であるのは間違いない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「では、出張所からスタートして、王妃様の承諾ののち、騎士団駐屯所の前に支所を出すようにします」


 最近、学院とその騎士団駐屯所目当てに行商人が来るようになり、近隣の村からも買い物に来るものが増えているのである。学院と騎士団のものだけを対象にせず、商店のない村に住む近隣住人への販売を目的とする場所を設けることにするのだという。


「まあ、カタログ販売みたいな感じになるでしょうね」


 王都まで片道3時間とはいえ、王都は広い。どこで何が買えるか、在庫があるかどうかもわからないのである。王都に住んでいる人間でさえ困ることがあるのだから、周辺の農村に住む人にとっては探すのも一仕事なのだが、商会で予約すれば取り寄せられるとすると……商売になるだろう。


「どのみち、学院には納品に来るわけですし、扱うものが被っている可能性もありますからね」

「将来、商売をしたい孤児の子たちを売り子として採用していただけるとありがたいですわ」


 保証人がつかない孤児は、商人になるのも一苦労であるし、失敗して転落する者も多い。希望者は孤児院の推薦と商会の人間が面接し、採用するということではどうだろうか。学院の使用人同様、試用期間の

ようなものである。


「商会も人を育てないとだから、いい考えでしょう。孤児院との遣り取りは、王妃様に承諾いただいた上で、学院で……というかあなたに働いていただきます」


 彼女は全ての孤児と魔力の確認で会っているので、敷居はかなり低いのだ。


「商店があって行商人が来るとなれば、次はB&Bとか食堂かな」

「商会では店舗の建築くらいはお手伝いできますけれど、王妃様の許可は必要です。王家のものですし、陛下の承諾も必要でしょう」


 彼女の中には腹案がある。それは……


「王女殿下の教育のため、これから育つ王家の子弟のために……ここに小さな街を作ってはどうかと提案するのです」

「……どういう意味?」


 姉は怪訝そうなのだが、伯姪はピピっと来たようなのである。


「王都で庶民の生活を見るとは言っても、着替えて通りを歩くだけになりますわ。ここでなら、お店の従業員になることだって……可能ですもの」


 王妃様の身内ばかりの孤児と元孤児たちなら、護衛もそこまで気を遣う必要もない。目の前には騎士団の駐屯所もあるわけで、近衛の騎士が騎士としてお客に混じっても違和感がない。それに、近隣住民なら

顔見知りばかりだし、行商人だってある程度決まった人たちになるだろう。安全度が違う。


「面白いですね。王族に限らず、希望があれば体験入店で仕事をするのもありでしょうか」

「辺境伯家にちかしい人に話をすると……希望する子女がいる高位貴族が増えるかもね。また、新しいコネクションになるんじゃないかしら」


 仮面舞踏会的なノリである。相手の視点に立つという体験は、たくさんの人の上に立つ高位貴族の子弟にとっては得難いものなのかもしれない。


「まあ、なんだか、そういうこと考えると、楽しいねここは」

「ええ、王妃様にとても良い土産話となるでしょう」


 姉と令息はそう告げる。多分、また、王妃様はやって来るのであろう。それも、泊りでに違いない。


 何より、王妃様と王女様はこの場所を気に入ってるのである。王宮からも近く、孤児の様子を見るという大義名分。そして、王女様自身が同世代の友人があまりいないということもあり……というか、王族に友達はいないのではないかと彼女は思うのである。


「街づくりとなると、子爵家にも相談しなければならないでしょう」

「……そうなりますか」

「ええ。川向こうとはいえ、王都に近い場所ですからね。まして、王妃様の肝いりの学院とその付属の門前町になるはずですから」


 街の規模となると、どう管理するのであろうか、彼女の与りしらぬことなのであるが、学院の将来を考えると、不安に感じることもあるのだ。


「あ、お姉ちゃん閃いちゃった」


 姉が、いい笑顔でそう話はじめる。彼女の15歳の成人を待って男爵に叙爵されるよていなのだが、この場所を領地として受ければいいというのである。


「……領地はいらないのだけれど」

「ええぇー だってさ、自分の領地ならある程度は自分で決められるじゃない。この別邸ごといただけば、王妃様も安心なんじゃない?」

「そうですね。あなたに払う年金を学園とこの屋敷の維持管理に使えるようなるわけですから、王国としては喜ばれることになるでしょう」


 ささやかな領地と年金、確かに自分だけ生きる分には不要である。とはいえ、男爵ともなれば屋敷も構えねばならないし、それなりの仕事をゆだねられる可能性が高い。なら、この学院周辺を任せてもらい、王都の開発と並行してこの場所をもらい受けて王都の郊外の拠点になるのも悪くない。


「学際的な副都として育てていくのも悪くありませんね」

「そうそう、王都はもう場所がないからね。学ぶ場所だって王都の外にあっていいんじゃないかな」


 南都・旧都には歴史のある教会や大学もあるのだが、帝国や法国にある学ぶものが交流するような場所は王国には今のところないのである。


「王妃様もあなたの男爵叙爵する際の処遇を悩まれている様でしたので、喜ばれると思ます」


 王妃様の強い後押しでの叙爵であるのだから、当然だろう。この場所で施療院や薬草園の運営もあっていいかもしれない。人が集まれば、仕事が生まれ、生活できるようになっていくだろうし、薬師の研修も施療院で行う事もできるだろう。令息が笑顔でこう付け加えた。


「何より、街の税収があなたの収入になるのですから、商会としても全面的に街の開発をお手伝いしますよ」





――― 後年、王都から少し離れた場所に、王都の衛星都市『リリアル』が繁栄するようになる。リリアル学院を中核とする医療とそれに関して学ぶ者が集まる街であり、また、王都郊外の中核として近隣農村や町のものがまず訪れる街となっている。


 新しく立てられた男爵家が学院と街を差配しており、小さいながらも堅実な統治を行っている豊かな都市であると評価された。

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