第048話-2 彼女は姉の来訪を受ける

 さて、ビジネスのお話である。


「学院の卒院生もしくは、学院で使用人をしていた方達を優先的にニース商会で採用したい……ということでしょうか」

「はい。王都に知己が少ないという面もありますが、今後、外で働く上で役立つ人を考えると……この学院の関係者を採用することが一番だと考えています」


 使用人は問題ないが、卒院生は王妃様の関係者になるだろう。その辺り、王妃様とはどのような話になっているのだろうかと、彼女は疑問に思っている。


「この学院は、王妃様の肝いりで立ち上げられておりますし、実際、王妃様の事業の一環です。最終的には、王妃様直轄の組織を立ち上げる人材の供給先になるはずです」

「そのままでは、他国や近衛にいい顔されませんし、警戒されます」

「王妃様に協力するってことだよ。表向きは王妃様お気に入りの出入り商会。実際は、王妃様の諜報機関? その仕事の何割かはニース辺境伯の為にも活躍してもらう」

「王妃様に協力して王国を守る組織を育てる……そう考えてもらえると間違いないと思いますよ」


 王妃様もある程度リスクを承知で話を持ち掛けているのだろう。彼が大切なのは辺境伯家であり、王国はそのついで。とはいえ、臣下の一人であり、法国の最前線を担う一族である。利害が一致する間は信用できると考えたのだろう。それに、まだ何も始まっていないに等しい。


「学院の現場責任者として話を承ったうえで、最終決定権者が王妃様である旨をご承知いただいて、話し合いを進める、ということでよろしいでしょうか」


 彼女はあくまでも、王妃様と宮中伯から学院の管理を任されているにすぎないのだから、ここで何かを話し合っても判断するのは王妃様である。


「もちろんです。王妃様と私が良かれと思っても、実際に学んでいる人たちが協力してもらえないのでは話になりませんからね」


 令息はそれでいいと話を進めることになる。





「まずは、商会に来てもらう人を選定します。それは、籍が移るだけで、実際ここで商会の業務を覚えてもらうことになるのです」


 商会が窓口になり、学院の資材関係一切の手配をするのだが、その帳簿の管理を学院で働いている使用人の一人に覚えさせたいのだという。


「それで、一番覚えのいい人を最初の一人として王都の商会の業務に引き抜きます。ここでの業務を行う時点で賃金をお支払いしますし、王都の商会で働く際には、相場並みの賃金を支払いますよ。もちろん、オールワークスメイドとしてではなく、帳簿管理者としての賃金です。どうでしょうか?」


 オールワークスメイドというのは、いわゆる雑用全般を行う使用人で、孤児出身の女性の成りやすい職業ではある。使用人として主人は勿論、ハウスキーパーと呼ばれる女中頭や執事などと会うこともない完全な裏方である。


 帳簿の管理者ということになると、言わゆる会頭の下の支配人の部下の一人ということになり、商人としては真ん中より上の待遇になるだろうか。


「周りとの兼ね合いもあるので、最初は普通の従業員ですけどね。帳簿がつけられて、契約書の作成なんかもできるようになってほしいですね」

「つまり、情報漏洩の心配がない人材として育てると……」

「お話が早くて助かります。商会自体はニース辺境伯家と一心同体です。連合王国では貿易のために勅許会社というのを設けているのですが御存知でしょうか」


 13歳の小娘に、そんな政治的なことがわかるわけがない。彼女も伯姪も

姉も頭を左右に振る。


「主に、法国やサラセンに独占されている東方貿易を直接行うために、王家が許可を出した組織なのです。王家も出資金を出し、ニース辺境伯家と商会を運営します。その内容は独占されている東方貿易を、王国が直接行う事で、まあ、中抜きさせないというところでしょうか」


 なるほどなのである。大きな船で直接、内海を用いずに取引を行う。

そんな話なのだ。


「とはいえ、遠方との貿易には情報が大切ですので、そういう情報収集も私たちの大切な仕事になります」

「ゆえに、王都出身で孤児が集まる学院の子供たちのネットワークを傘下に収めたいということですね」

「その通りです。あなたの、辺境伯領でのギルドへの子供たちの見習派遣を参考に考えました」


 危険なことを任される人も出てくるだろうと思うのだが、安定した生活と仲間の将来のため、王国の安全のために働くのも悪いことではない。女性なら体を売る商売に身を落とすことになりかねないし、男なら、盗賊か傭兵か先の短い人生を選ばざるを得なくなるかもしれない。


 孤児院を出て、バラバラになり頼る者がいないことを考えると、学院を通して商会に知り合いがいるという事で、安易に身を持ち崩さずに済むようになるかもしれないのである。


 王都で、身寄りがないというのはすなわち、縁もコネもない人間として生活することが難しく、下層から這い上がることができない未来しかない。


 孤児ゆえのネットワークを生かせば、商会と学院を中心に頼れる組織を作ることができるかもしれない。互助組織をである。


「では、その中に、『孤児の互助組織を育成する』という文言を入れてください。商会内に立ち上げていただき、最終的には外部組織にするようなものをです」

「あはは、要するに『孤児ギルド』ですね」


 令息はなるほどと思ったようで、納得しているのだが、孤児ギルドは乞食ギルドにも聞こえるので、それはやめたいのである。


「仮称としては『レギオ』でお願いします」

「いい名前ね、それ」


 レギオとは、古の帝国語で『軍団』を意味する。王国と王都と王家を守る軍団というほどの意味である。




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