第044話-2 彼女は孤児院で近衛騎士と立ち会う
さて、王妃様からの情報によると、王女様付き筆頭の騎士と、近衛最強の騎士(当然団長ではない)が当日供として来るようで、それが、二人の相手となるとのことである。
「……私も……相手するの?」
「侍女だったから仕方ないわね。腕試しに丁度いいじゃない」
「そうね。小楯を使って上手くやってみるわ」
「盾……ね。護衛の際は帯剣のみだから、護衛騎士は盾を使わない前提だもの、問題なさそうね」
騎士が戦場なら、盾を持ち込むのはおかしくない。矢による攻撃もあるのだから。とはいえ、近衛が王族に供奉する際に盾を持ち歩くことはない。盾を使うのは面白いと彼女は思ったのである。
実際、神国では戦列の後備は剣兵であり、戦列を槍兵が突き崩したのち、剣と盾を持って突入し乱戦に持ち込む戦法を用いるのである。騎士の突撃を槍で防げる部隊も、剣で斬りこまれるのは勝手が違い、苦戦するのだという。
「盾を前に突き出すと、それで相手との距離感も狂うのよ」
「騎士ならあまり経験がない?」
「百年戦争の前の頃ならそうでもないでしょうけれど、鎧が板金になった時代には、馬に乗って突撃か力任せに叩き合うようなことも多くなっているから、鎧に頼らない戦い方の工夫はむしろ後退していると思うわ」
戦場の剣と護衛の剣でも異なるだろうし、ある程度武器の操作に習熟した襲撃者に騎士の剣が有効なのかどうか王妃様も疑問に思われるのかもしれない。
「最近、銃なんてのもあるけれど、攻撃するなら便利だけど、刺客を打ち倒すのには時間がね」
「暗殺する方が使う武器かもしれないわね」
戦場でも銃は使われているのだが、何度も発射できるようにはならない。弾の威力が維持できる距離は弓と変わらないし、火薬が濡れたら発射できないから、運用が難しい。
「とはいえ、身体強化できるのがどの程度か、剣の腕も含めて様子見からかもしれないわね」
「先手は私でしょ? いい感じで引き出すようにするわ」
「お願い。あなたの方が、騎士の相手は慣れているでしょうから。お手並み拝見させていただくわ」
「任せておきなさい。私も騎士になるんだもの。騎士らしいところ、みせてあげるわ」
恐らく、そのうち二人して国王陛下に呼ばれるのであろう。今、未成年の女性を男爵に叙爵する手続きが長引いていると聞いている。半分諦めがついているので、どうでもいいのだが。
「妖精騎士から妖精男爵ね!」
脳内で『かんぱ~い~』と叫ぶひげ面の男が目に浮かぶがなぜであろうか。
「男爵も騎士のうちだから。それはそのままではないかしら。それに、男爵を勝手に商売に利用するのは……多分問題になるわ」
騎士ならグレーというわけではないのだろうが、男爵家当主としてある程度取り締まらねばならなくなるだろう。子爵令嬢として扱う妖精騎士ものに関しては、子爵家からそれなりの対応をしており、今後は男爵家がそれを扱うことになるのだろう。
「よし悪しね」
「……私にはなんの得もないのよ……」
「有名税有名税」
「おかしいわ……ポーション売って楽々老後を過ごすはずだったのに……」
ポーションの売り上げは100%彼女のヘソクリであったので、婚家に行ったとしても結納同様別会計であったのだ。お金があれば、気のそぐわない嫁ぐ先にへいこらする必要もないのである。
「立ち合い、気楽にやりましょうか。でも、学院の子供たちが希望を持てる内容にしたいわね」
「それはそうよ。剣術担当が私、魔術担当は貴方でお願いするわ」
「かしこまりました、騎士様」
と、二人は言葉を交わし、けらけらと笑うのであった。
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「……ちょっと一方的ね……」
『お前がやりにくくなるのは相変わらずだな』
いま、伯姪が一方的に王女様付きの近衛騎士を……殴り倒している。
「脇腹が、大変なことになってるわね」
『まあ、治療師が何とかするだろうし、それこそ、実家がポーションくらい持ってるだろう。伯爵令息様なんだからさ』
辺境伯の家のものではあるが、辺境伯令嬢ではないと罵った近衛騎士は、恐らく手加減なしでぶん殴られているのである。
予想通り、近衛騎士側のメンバーは選ばれていた。先に、王女付きの伯爵令息と伯姪が対戦する。ルールは首から下、へそより上にのみ攻撃を認め、それ以外は反則負けとする。気絶するか立ち上がれないと認められた時点で勝敗を決する。
「よろしく」
「ええ、こちらこそ!」
伯姪は曲剣と盾を持ちながら、スカートの先をつまむような仕草でお辞儀をする。中々コミカルである。伯爵令息は胸鎧と腕鎧のみを装着し、他の防具は外している。剣を持ち盾は装備していない。
「はじめ!」
掛け声がかかり、二人は動き始める。騎士は剣をやや下げて構え、伯姪は小楯を前に突き出した状態で前進する。間合いが長い騎士が先に切り上げて仕掛けるも、盾でいなされ、剣を横に構える。胴しか狙えないとなると、狙いが難しいのだろう。
二人とも、身体強化は使っているものの、速度はさほど上がっているとは見えない。伯姪が構えを変え、盾を体近くにひき、剣を胸の前で構える。まるでボクシングのファイティングポーズのようである。
『何する気なんだあいつ』
「普通に考えて、殴るのではないかしら?」
騎士が踏み込み、剣を振り下ろすタイミングで曲剣の横を合わせ受け流す。流れた脇を小楯で殴りつける。鈍い音がして、騎士がふらつく。
「あんな感じで」
『おいおい、全然騎士っぽくねえぞ』
『戦場なら当然です。できれば首を狙いたいところですが、ルール上不可でしたね』
魔術師の魔剣と、猫では見識が違うようである。
『小楯にはもっと有効な使い方があります』
「何かしら、楽しみだわ」
騎士が何度か斬りかかり、剣と盾で受け止める伯姪。そして、伯姪がやや距離を取ろうとしたところで騎士が斬りかかる。
『やりそうです』
猫がつぶやくと、伸びた剣を護拳で受け止めると、腰をひねって、伸び切った肘を小楯の中心で……ぶん殴った!! 剣を落とし、腕を抑えてうずくまる伯爵令息の近衛騎士に剣を突きつけ、審判のコールを待つ。
「そ、それまで! 勝負あり!!」
キャーキャーと喜ぶ学院の子供たちと、蹲る騎士に治療師が駆けつける。まあ、ポーション飲んでお休みなさいというところだろうか。伯姪は、開始と同じように、スカートの先をつまむポーズを剣と盾を持ったまま決めて試合場を去る。
「どうだった!」
「……いい作戦だったわ。小楯を使って格闘技しているみたいだったわ」
「顔とか攻撃可能だったら、盾で殴りつけたり、護拳で殴りつけるんだよね。顔面を刺突するのも基本だし」
剣で切り結びながら、棒状の鍔で攻撃するのも基本なのだそうだ。ゆえに、曲剣も護拳の形にこだわったのだという。
「とてもいい剣筋だったけどね」
「刃がきちんと立っていたという意味かしら」
「そうそう、切れる剣だったわね。あいにく私は殴る剣だから、噛み合わなかったようだけれどね」
魔力による身体強化、訓練された剣さばきも優秀だったから、恐らく、騎士としては文句ない人なのだろうと彼女も思っている。残念ながら、伯姪は騎士と訓練を受けたことはあるが、騎士ではないし、勝つために工夫することが好きなのである。
「囲まれたり、組み付かれたらどうなるかわからないけれど、普通の剣術の試合なら、問題ないわね。普通ならね」
「そうね。私たちは普通にやるつもりは無いものね」
ふふふと意味ありげに笑う彼女である。
さて、大本命の妖精騎士の登場に、近衛は一段とピリピリした空気をまとい、学院警護の騎士団の見学者は楽しそうである。日頃、エリート面している近衛が倒されて、溜飲が下がるのだろうか。
「がんばってくださいませ!!」
王女殿下の声援が聞こえてくるが、いったいどちらを応援しているのだろうかと、彼女はふと考えるのである。
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