第043話-2 彼女は孤児院に住み込む
学院の一期生は十一人。魔力のそれなりにある子たちだけを選抜した。薬師専業になりそうな魔力の希少な子たちは二期に回すことにしたのだ。理由は、一期の子たちに後輩のメンターを頼むつもりだからである。
その他、卒業を控えた十四歳の女の子を三人ほどを使用人として雇用することにしている。彼女たちは将来『寮母』のような仕事をしてもらえればと考えている。ここは、王家の持ち物なので、将来的に転職や結婚にも有利であることを説明し、しっかり使用人の仕事を果たすようにお願いしているのである。
成人間近の子たちなので、メイドとしての仕事もかなりのレベルであり、もともとが孤児院でも院長の補助的仕事を任されていた子たちであることから、特に混乱は発生していなかった。
「こんにちは令嬢様」
「今日からお世話になります。気軽にアリーと呼んでください」
「……それは……」
「私はメイでお願いするわ。子供たちと垣根を作りたくないの。学院の中だけは冒険者呼びでお願いするわ」
伯姪は本名をアレンジして冒険者名は「メイ」と登録している。使用人たちは「承知しました」と頷いてくれた。
部屋は彼女と伯姪の二人部屋。寝て、手紙など書ける共用の机がある程度の簡素な部屋である。とはいえ、王妃様の別邸なので素晴らしい家具ばかりである。
「よく考えたら、すごいことよね。王妃様の別邸に孤児が集団で住んで、魔術師目指すとかさ……コロンボの甜瓜だね」
伯姪曰く、言われてみればその通りだ。コロンボ云々は、中々思いつけない常識外れの発想を意味した言葉だという。
「その人、何やったの?」
「瓜の底を水平に斬って立てたの。立たない瓜が立つように加工したわけ。後から文句を言う人もいたけど、『思いつくかどうかが問題だ』って言いきって納得させたみたい」
「強引ね」
「あなたに似てるわよ。考え方がね」
彼女は常識外れと言われたようで納得いかないのである。がしかし、彼女の願う世界を変えるというのは、常識を変えていくことなのかもしれないと考え直し、少し嬉しくなったりもした。
彼女たちの最初の仕事は、十一人の能力と性格を把握することである。全員が全員の良いところ悪いところを理解して、一緒に生活し学ぶ環境を整えなければならない。
さらに、文字の読み書きや理解力・記憶力、手先の器用さ、といったところを加味してグループ分けすることを考えている。十一人に伯姪を加えた十ニ人を三つのグループに分ける。その中で、年長者二人を班長・副班長とし、四人で共同生活を送ることを基本にするのである。
「孤児院の生活と同じだと思うの。年上の子が年下の子の面倒を見る。勉強もできる子ができない子に教えてあげる。教えることって、自分で理解するだけより、はるかに勉強になるでしょ。魔術師として、先の成長に必要な能力だわ」
『……嫌味か。大体、優秀と言われる奴ほど研究しかしねえからな。そういう意味では、仲間意識のある魔術師は希少価値だろう。優秀となれば、なおさらだ。出世するぜ』
彼か彼女らに出世してほしいわけではないのだが、共同生活では必要なことなのである。
「じゃあ、顔と名前をみんな分かったところで、これから、ここでの生活をどう進めるか説明するわね」
食堂に一同を集め、説明を始める。メイドたちも一緒にだ。最初に班分け。これは、四人で色々助け合うための仲間であることを説明する。
「競争して三つの班の中で一番成績が良かったチームにはご褒美をだそうかなと思っているわ」
「「「「おおぉぉぉ!!!」」」
デザートが一品追加になる程度だが、魅力あるご褒美だ。
「それと、最初の段階で魔力の大小は覚えることに関係ないのだけれど、多い人の苦労と少ない人の苦労は違うの。だから、班分けは魔力の多い人中くらいの人少ない人でも分けることになるわ。でも、あまり気にしないで」
「多い方が良いんじゃんね!」
口の悪そうな黒髪癖毛の男の子が言い返してくる。苦手だわと彼女は感じる。
「水がたくさん流れているのと、少ししか流れていないの、どっちが流れを変えやすいかしら」
「少ない方だと思うわ。だって、雨が降った後の川は怖いもの」
いつぞやの赤毛骨太の女の子がそう反論する。
「そうよ。多ければコントロールが難しいわ。少なければ無駄に使えないし、コントロールも簡単よ。初級のポーションならそれほど魔力もいらないし、必ず買い取ってもらえるから、それで生活するには十分稼げるの」
「そうなんだ。やったー」
彼女彼らにとって、世界が変わっていく瞬間である。希望や夢を持つことができるようになっていく。表情が明るくなるのを見て彼女はそう思った。
先の話であるが、この『リリアル学院』の生徒が増え、生徒やここに来る人相手の宿屋兼食堂や雑貨屋が門前に開かれるようになり、冒険者ギルドと薬師ギルドの出張所に武具屋も建つようになるころ、王都郊外の学園街として、この場所は発展していくようになる。
孤児に限らず、一般の生徒も学費を払い通学するようになり、ある程度能力のある者だけの入学を認める『専科』も隣接する敷地に設けられることになり、学園都市へと発展していく。のちに、拡大した王都の一部として『リリアル街区』として都市計画に組み込まれるようになり、他国からの留学生を受け入れるようになるのは、彼女の晩年近くの出来事である。
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「……なんで私が魔力多い班なのかしら」
「勉強?」
伯姪はご立腹である。それは、自分の魔力なら大中小で小の班なのに大の班に入れられたからである。
「しょうがないでしょ。あの癖毛、同世代の女の子の話なんて聞かないから、あなたが躾けるのよ。なんなら、騎士団的でも構わないわ」
「……そうね。仕方ないわね……」
魔力大班は、癖毛、赤毛、そして黒目黒髪の十一歳の少女の三人に伯姪を加えた四人。黒髪の二人はかなり魔力が高く、赤毛の子は中でもいいのだが、癖毛に文句が言えそうな彼女をあえて加えた。
「黒目黒髪は……やっぱ魔力高い人多いのね」
王族は血統的に魔力の高い者同士で婚姻を重ねた結果、外見にさほど左右されずに高い魔力を誇るのだが、一般に魔力の宿る色は『黒』とされており、彼女や彼らのような外見のものが多くなる。
「黒髪の子は気が弱いのよね。多分、孤児院でも弄られてたんだと思うわ」
「ああ、可愛いもの。そりゃ、マセガキどもが放っておかないわよ。ほんと、酒場のオッサンも珍竹林のガキも、たいして中身が変わらないのよね」
上手に隠せている宮中伯や令息は例外であり、彼女の知り合いにも隠せないオッサンジイサンがたくさんいるのである。辺境伯騎士団最強のジジマッチョなど典型である。尚且つ、人格者なのがたちが悪い。
『いざとなったら、俺が話をしてやる』
『主、私も協力いたします。とはいえ、娘さんの方ですが』
魔剣は元宮廷魔術師としての立場で癖毛に意見し、猫は黒髪とコミュニケーションをして孤立したり孤独にならないようにするというのである。
「他の子たちにも影響が出るでしょうから、あの二人は要注意ね。私が個人的にかかわるのは良くないでしょうからお願いするわ」
「先生がひいきしていると思われると、後々面倒だからね。任せておきなさい」
恐らく、赤毛娘と伯姪は相性がいい。そこに黒髪の娘を加え、ライバル心を持たせつつ癖毛をコントロールしつつ、魔剣が相手をすることで孤立させないという作戦で行こうかと彼女は考えている。
さて、四人一部屋の班編成となり……伯姪は猫を連れて部屋を移っていった。とはいえ、必要のない荷物は二人部屋に置いてあるのだが。
『さて、始まっちまったな』
「ええ、始めてしまったわ」
魔術師になりたいという想いを高めるために何をするか……答えは容易に想像できるだろう。
「王妃様にお願いして、騎士の方達と模擬戦をする……かしらね」
『上か下か、はっきりさせるってことか』
「……そうじゃないわ。弱者が強者に勝てる力が魔力であり、魔術であると彼ら彼女らに刻み付けるのよ」
もちろん、魔力がすべてではない。が、有効な才能なのだ。生まれが貴族であるというアドバンテージと、魔力を持っているということは大差がないと、孤児である彼らに知ってもらうのだ。
世界で一番の弱者が、貴族である騎士に勝利する。その構図に魅力が無いとは言わせない。見せてやればいいのだ、具体的に魔力を使いこなすことで、今までの自分と全く違う存在になるということを。
『魔力ないやつにとっては残酷だけど、事実だな』
「全部を同時に救うことなんてできないわ。でも、孤児の中で助け合える関係だって、作れるじゃない。何もしないよりずっといいわ」
そして、彼女は騎士団にまた一層怖がられるのかと思うと、少々憂鬱となるのである。
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