第038話-2 彼女は海賊船に出会う
『結構、波あるし、お前と二人で沈まねえか?』
「やるしかないでしょう。それに、ちょっと剣の腕が立つ程度の貴族の息子に任せたら、みんな死ぬわよ」
『それもそうだな』
薄赤の冒険者は前に出ず、乗り込んできた場合に奇襲をかけてもらうことにした。殺してもいいし、海に突き落としてもいい。全員生かしておく必要はないが、船長か船主は奴隷の件について確認したいので、生かしておいてもらいたい。乗り込んでくるとは思えないので、恐らく彼女の仕事になるだろう。
近づいてくる船に抵抗するように櫂を動かすのだが、もう目の前に船は寄せられてきている。甲板がかなり高い。
「行くわよ」
「お願いするわ」
『水馬』を装着した彼女の背中に伯姪がおぶさる。腕と足で細い彼女に捕まるのは、魔力で身体強化をしても大変である。
寄せてくる海賊船の反対側の舷から海へと落ちる。『水馬』の性能は多少の波でも問題なく機能するようである。浮くのは魔力を通して『水馬』の表面に張力を発生させていることで成立する。
そして、推進力は水魔法でハイドロ効果を生み出し、前に進むのである。その速度は早足程度であるが、この時代の帆船とそう変わらないので問題ない。
高い後部楼の背後に回り、海賊船の反対側に回り込む。そして、鉤縄を放り投げる。二つである。因みに、彼女の頭の上には猫が乗っているのは言うまでもない。
『主、先に偵察に入ります』
縄を伝い這い上る姿は、明らかに猫ではないのだが、伯姪は「器用ね」とだけ呟く。大変おおらかなのである。
『甲板に出ている人員はおよそ八十名です。全員、剣や長柄で武装しています』
さて、ここで行うべきなのは斬り合いではない。甲板の船員は全員拘束して、犯罪者として裁判にかける必要がある。奴隷商人とその部下としてだ。なので、やるべきことは人攫いの対応と同じだ。
「静かに登って後部楼に回っていてちょうだい」
「あなたはどうするの?」
「派手に煮えた油をあいつらにまき散らすだけの簡単なお仕事よ」
二人は簡単に打ち合わせをすると、するすると音もなく甲板に登るのであった。
「お前ら! 安心しろ、武器を下ろして抵抗しなければ命まではとらねえ!!」
一番ごつい禿頭の男が、大公家の船に向かいそういい放っている。それはそうだろう。彼らの目的は人攫いなのであるから。
「大人しくしていれば危害は加えねえ!!」
鉤縄を投げつけ、何度か甲板員が外そうとするが、しっかりとかかった鉤爪を外すことができない。
「諦めて大人しくしねえと、こうだぞ!」
マスケットの轟音が響き渡り、叫び声が聞こえる。恐らく弾が当たったのだろう。何本も新しい鉤縄が放り込まれる。
『そろそろいいんじゃねえか』
「ええ、十分よ」
『私は、あの者どもの足を刈ればよろしいのでしょうか?』
「油が冷めてからでいいわ。気を付けてね」
既に、いくつもの熱せられた油球が、彼女の頭上に数十個も浮かび上がっているのである。
『備えあれば患いなし……だな』
「獣脂はいくらでも魔物討伐でとれるから、効率いいわね」
斬りこむ様子の私掠船の甲板員たちの背後に向け、数十の熱油球を彼女はゆっくりと叩き込んだ。甲板の上は絶叫する男たちの声と、焦げる肉の臭いで充満するのである。
『主、船長の居場所特定しました。足を刈ります』
「お願いするわ」
後部楼に向かい、彼女は駆け出すのであった。
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