第037話-2 彼女は公都の人攫いを許さない
芋づる式に人攫いの実行犯たちは捕まることになり、彼らに捕まっていた子供や若い女性たちも助け出すことができた。押収した帳簿のようなものには、今回助け出した人たちと同程度の数の女子供が二月に一度程度、沖合に停泊する連合王国の船に収容され、奴隷として売られていくことがここ数年、繰り返されていたようなのである。
ここからは推定なのだが、連合王国内の内戦が一段落し、過去、連合王国と関係のあった大公領の商人たちに対して関係者から内応するような勧誘があり、金になると判断した商人たちが協力し、貿易する遣り取りのなかで人攫いと奴隷の売却を行っていたのであろうというのである。
「この件に関しては、既に私と大公殿下の間で対策を講じています」
「……伺ってもよろしいでしょうか」
人攫いの一味の中で、二人以上の人間から名前が出た商人に関して、大公家及びその他領主と取引のある者に関しては、取引を今後行わないことを伝えることにするのだそうだ。貴族との取引がある商人というのは、それだけ信用があるということであり、他の取引先とも有利なやり取りができるのである。手形でのやり取りや、掛けによる取引等に対する信用が段違いなのだ。
もし、貴族との取引を打ち切られた場合どうなるのか? まともな取引先は先々のことを考え手を引くし、長期的な取引を考え直す。現金での決済やその都度取り決めを見直すようになるだろう。つまり、商売は今までのように大々的にすることは難しくなる。
「それは、死活問題なのではないの?」
「そうですね。取り潰しにはなりませんが、もう市を代表するような立場を続けるのは難しいでしょう」
直接的な罰を与える事は無いが、大公や王国に対して後ろ暗い行為を行っていた商人に対する見せしめとしては妥当と考えられるのかもしれない。
「辺境伯領で行っている、冒険者見習いによる密告制度も取り入れてもらう方が良いかもしれないわね」
「……それはどのようなものですか。興味がありますね」
なぜか、この場所には公太子様も同席している。王女殿下のパレードの最中起こった出来事に対する報告を聞いて、その後起こった人攫い一味の捕縛に関して関心を持たれたのだろう。
「以前、辺境伯領で私たちが人攫いに遭ったことがあるのです。その際、王都では孤児や浮浪児のようなものから情報を集め騎士団が内偵する仕組みがあることを思い出し、冒険者登録ができない少年少女にもギルドから雑用を受けられる「見習い制度」を設けると同時に、不審な行動をしている者に気が付いたときは、ギルドに報告させるように提案したのです」
その後、数は少ないものの監視の目が行き届くようになり、犯罪が城塞都市内で減少し治安が良くなっているのだそうである。まだまだ、先のことは分からないが、街の住人の意識が変わっているようだ。
「ふむ、それはいい考えではないだろうか」
「情報を集めるために密偵を採用するのも資金的にも人材的にも難しい問題でしたが、見習いを監視者として活用するのはいい考えかもしれません」
とは言え、犯罪者に取り込まれるものもいるのだし、今回のように連合王国の影響をなくしていく取り組みの一つと考えるべきだろう。取引先として関われば、少なからず調略されるものが出てくるのは仕方がない。その上で、不正を監視していく必要があるのだろう。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「海を見に行くことになったわー」
最近、公太子と宮中伯が共に、王女殿下に会いに来るのである。今回は船で外海に出ることが決まったので、その件について説明に来たのだ。
王女殿下はご機嫌である。王家所有のキャラベル船で、通常は調査や連絡用に使用する足の速い軍船だという。大きさも30mほどであり、それ程大きな船ではないのだそうだ。外海用としてはであるが。
「浅い海域でも問題なく航行できるので、海岸近くまで寄ることもできるのよね」
「内海でも多い艦種なのかしら?」
「そうね、ニースでも何隻か持っているわね。沢山の積荷は乗せられないから、旅客とか希少なものを運ぶのに使うわね。それと、軍船ね」
小型で軽快な船であることが何となくわかるのである。探検に使われる大型のものだと60mほどもあり、遠く新大陸まで出かけることもあるのだそうだ。
最近では、さらに大型で多層式の甲板を持つガレオンという形式の船も建造されつつあり、沢山の大砲を積める軍艦として連合王国では配備が進んでいるのだという。
「軍艦は連合王国より、神国です。新大陸や遠くのシナに向けてかなりの軍と宣教師を送り込んでいると聞いています」
御神子教の宣教師は修道士の一形態であり、御神子教の信者のいない未開の国へ行き、神様の教えを広める活動をしている集団である。鎧を纏わない宗教騎士団とでもいえばいいのだろうか。
「沢山の国を征服しているようですね。そこで集めた資産を基に、さらに領土を広げているのです」
王国とも領土問題で揉めているので、幾度となく衝突することもあるのだが、いまのところは小競り合い程度で済んでいるのである。
「海は世界中と繋がっているのですね」
「海を自由に行き来できるからこそ、連合王国は王国と争えるということもあります。なかなか難しいところなのですよ」
海の上は誰のものでもないのである。強力な海軍を持つ国が、その海を自由に使用することができる。王国は外海を自由に航行するのは連合王国や神国との関係が悪くなれば難しくなってしまう。
「表だって争うことは、王国にとってもあまり益がないことでもあるのですね」
その通りなのだが、いいようにやられていいわけでもないのだ。王国周辺の連合王国よりの勢力をこちらに取り込むことが大事なのだが……海を抑えられている立場では味方を作りにくいのだろう。
「先ずは内部を確かなものにするのが優先ですから」
宮中伯の言葉に、殿下も公太子も頷く。その為の二人の婚約でもあるのだと理解しているのである。
「因みに、それぞれの船は、所属している国の旗を掲げなければなりません。掲げていない船は海賊船なのです」
「……海賊船ですか……」
「ええ。ですので、その場合、戦闘になることになります」
攻撃されることも辞さないということなのだ。普通は……そうはならない。
「とはいえ、足の速い船ですから襲われることはないでしょう」
「……それなら安心ですわ……」
殿下、ちょっと想像して怖くなっているようである。海の上では、流石に
色々制限があるので怖くもある。
「そういえば、貴方海は得意なのかしら?」
伯姪に確認してみると、頭を左右に振っている。どうやら、内海の海は穏やかなので外海とは比較にならないのだそうだ。
「海の水は浮かびやすいから、慌てて暴れないようにして、顔だけだして空気を吸えば溺れないわよ。仮に落ちたとしてもね」
「……嵐の時は……」
「神様に祈るのよ」
それはそうかと彼女は思うのである。連合王国が奴隷を買いたい理由というのは、船に乗せる人間が不足しているからかもしれないと一瞬思うのだが、それなら若い男性でなければ難しいだろう。
「そういえば、船乗りが集まらない場合、酒場で泥酔させたり、街中でケンカして気絶させて意識のないうちに船に乗せて出港するという話もあると聞くわね」
「それって、人攫いよね」
「そうそう、まあ、生きて帰れればお金ももらえるから、兵士とか鉱山奴隷みたいなものでしょうね。何日も海の上で、食べるものもろくになくなることもあるのよ。嵐で帆が折れて動けなくなることもあるしね」
伯姪の話を聞きながら、王女殿下は段々とテンションが下がるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます