第037話-1 彼女は公都の人攫いを許さない

 辺境伯領であった法国の手先として活動する商人が、法国に辺境伯領の住民を奴隷として売り捌く犯罪を見つけた彼女は、恐らく連合王国に協力する人攫いがこの街にもいるのではないかと考えていた。


 なにしろ港町であり、船で海に出れば連合王国まですぐである。仮に、連合王国でスパイとして教育され、何食わぬ顔で帰国するものもいるかもしれない。その結果、王国と大公領の関係を悪化させる工作を行うものが増えるかもしれないのである。


 パレードを妨げるものは目立っていなかった。とはいえ、様子をうかがう様な不審な人物がそれなりにいたのは気になるところである。


「……そうなの?」

「パレードを見るのに、フードを目深にかぶって年齢性別不詳な人物とか、明らかに何か企んでますって告知しているようなものではないかしら」

「それはそうでしょう。今回は何もしなかったという事ですわね」


 沿道の笑顔にひたすら笑顔で手を振り疲れ果てた王女殿下には聞かせるべき話ではないのだろうが、今後の警備を考えると、耳に入れないわけには行かないのである。


「王女殿下の公都での安全を確保するために……」

「誘拐犯の組織を潰してしまわなければならないわね」


 今回あえて誘拐犯を捕縛したのは、誘拐ルートを洗い出して潰すことで、連合王国へ連れ出すことを不可能にすることが目的であったりする。それ故、この街の人攫い組織を王女の護衛サイド……というより、侍女たちで処分してしまおうと考えているのである。


 ドアをノックする音が聞こえ、護衛隊長と大公の親衛隊長が訪れた旨を告げられる。


「殿下、御前を失礼します。後は、貴方に任せるわね」

「任せておきなさい。侍女頭と猫もいるから大丈夫よ」

「……早く帰ってきてくださいね」

「承知いたしました殿下」


 とは言え、この後、王女殿下は大公家の有力家臣との晩餐があるので、彼女たちは不要なのである。





 騎士の居住棟にある牢に、油で焼かれた人攫いは収容されていた。


『どうするんだ。油で火傷して今にも死にそうなんじゃねえか』

「話せる程度に治療するわよ」


 護衛隊長と近衛隊長同席のもと、尋問を開始する。


「あなたの傷を癒します。正直に話せば傷を全て治してあげます。あなたが関わる誘拐に関して知っていることを全て話せば、傷を治しましょう。受け入れるなら二度頷きなさい」


 ケロイドだらけの顔で、目も鼻もグチャグチャの男が何度も頷く。彼女は特製のポーションを一口飲ませる。痛みが和らいだようで、男は半分ほどポーションを口にする。話ができる程度に傷が治り、彼女は一旦飲ませるのを中止する。


「驚きました……噂に聞いた以上の効果ですね。妖精の粉入りポーション」

「……大公の騎士団でも仕入れたいものだな。これほどの効果のものは」


 その話は後でとばかりに、彼女が質問を開始する。


「あなたの攫った子供たちは何人くらいですか?」

「は、初めて……『嘘を言われても困ります』……ほ、ホント……うぎゃ!!」


 彼女は腰の剣を鞘に納めたまま、人攫いの腕を殴りつけ圧し折った。黒目黒髪の美少女が、無表情のまま躊躇なく腕をへし折るのを見て周りが驚く。


「私が約束したのは、正直に話せば傷を治すということだけです。あなたをこれ以上傷つけないと約束したわけではありませんよ」


 と、反対側の腕もへし折る。絶叫が牢内に響くが顔をさらに殴りつけ黙らせる。


「あなたに攫われ、親から引き離され無理やり奴隷として連合王国の商人に売り飛ばされた子供たちの痛みに比べれば、なんという事は無いでしょう」

「……連合王国!!」

「それしかないでしょう。流石に、王国内で攫った子供を売るのは足が付く可能性が高いでしょうから。船に乗せてこの港からすぐではないですか」


 これまで、子供が攫われる事件は公都以外にも周辺の村や街で発生していること想像できる。今回はパレード中に起こした誘拐未遂だが、堂々と警備の緩い村や街で子供を攫うことはあるだろう。


「で、貴方の親玉はどこの誰ですか」

「……」


 無言で口に剣を叩き込む。前歯が折れるがかまいはしない。


「歯がないと話しにくいでしょうから、ポーション飲みなさい」


 飲めば回復する。そして、また容赦なく殴りつける。何度も何度も話したくなるまで繰り返すのである。




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 結局、昼食会にも参加していた有力商人のうち数人が協力しているということがぼんやりと把握できたのである。とはいえ、子供たちを集めている場所に当人たちが集まるわけもなく、一網打尽というわけには行かないだろう。


「取り合えず、人攫いの手先になっている者たちの名前と居場所を特定して拘束しましょう。それであれば手足を奪ったも同然、頭だけでは人攫いは出来ませんから。時間が稼げるでしょう」

「そ、そうだな。この男はどうする?」

「傷を治した上で、あとで処刑してください。人攫いの残党含めてですね」

「……え、そ、それな『約束は守りましたよ。傷を治したじゃないですか。許してほしいなら、攫って売り飛ばした子供たちを全て取り戻して元の年齢に戻して記憶も消してなかったことにして頂けますか?』…」


 それでも人攫いの事実は無くならない。怪我を治すことと、罪を裁くことは別に干渉していないのである。


「人攫いのメンバーを処刑してしまえば、しばらくは問題が起こらないでしょう。それと、もう少し情報収集に公都の騎士団は配慮すべきでしょう」


 という話は、大公殿下と街の指導者で考えるべきことだろう。他国と接している街には、人攫いの組織があると思って間違いない。


「これ以上はあなたの関わるべきことではないでしょう子爵令嬢」

「はい。人攫いの組織が壊滅すれば、王女殿下が連合王国に攫われるリスクが大きく減りますから。早急に対応を」

「それはこちらから正式な依頼としてお願いできますでしょうか」

「……宮中伯……承知いたしました」


 アルマン様は、『冒険者貸し出しますよ』と仰られたのだが、それって、護衛とは別腹になるのであろうかと彼女は思うのである。



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