第036話-2 彼女は王女殿下歓迎パレードに参加する
警備を固めるのであればという事で、王女殿下の御者は薄赤の野伏と戦士の二人にお願いすることにした。御者のお仕着せの下にはチェーンを着こむことにしたという。
王子殿下から貸与された衣装は、王家の色であるブルーの胴衣で、黄色の糸で刺繍が施されたものである。スパッツを履き革のブーツで足元を固める。
「これ、私が付けてもいいの?」
「……仕方がないでしょう。魔力を込めるとラインが変わるから、それで誤魔化してちょうだい」
「ありがとね」
伯姪は王子の衣装をまとうと……胸回りがかなりパツパツなため、胸鎧を付けて誤魔化すことにしたのだ。王女殿下の前に座る護衛騎士、彼女は背後のステップに立つ騎士の役割を果たすことになる。悔しくなんてないやい。
馬車はコーチスタイルのものになりそうで、四人が二人ずつ向き合う形で客室に座り、進行方向に公太子・王女殿下、その向かいに伯姪と公太子の側近兼警護役の騎士が付く。背後のステップに彼女と公太子の警護隊長、
御者は薄赤二人である。
「でも、事前に騎士団で実力見せておいて良かったわよね」
伯姪の言葉に軽くうなずく。侍女二人はともかく、御者の役を冒険者に任せるというのは普通は考えにくいだろう。面子がある。とはいえ今後、魂の騎士を王女殿下に近侍させるには実績作りとばかりに御者も認める判断をしたのだと思われるのである。
「エント騒動の時は表立って活躍していなかったけど、いい動きだったわよね」
「魔物慣れ護衛慣れしているからでしょうね」
彼らのアドバンテージは経験値の多さだろう。護衛と魔物対応に関しては騎士団より数段勝っている。護衛の仕事は騎士団の仕事のごく一部にすぎないし、国王陛下の近衛ほど慣れていないから当然だろう。
「近衛を連れてくるわけにはいかなかったのよね」
大公領を訪問する期間が長いことを考えると、王宮と国王陛下を守る近衛を付けるのは難しかったのだろう。とは言え、王女殿下の護衛は専業のものを育てるべきだろう。大公家に嫁ぐ前提で、誰もつけないわけにはいかないのだから。
「でも、そうなると、考えちゃうでしょうね」
「王家に直接仕えることではなくなるでしょうからね」
今回の護衛隊長たちを近衛に転属させ、その後王女殿下付きにするという可能性もあるだろうか。ほら、エントでいいところ見せられなかったしね。ありえるありえる。
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「昨日、聞いた範囲では王女殿下の訪問は好意的に見られているな」
「余所者相手に話を合わせてるって感じでもないぞ」
「パレードで姿を見れば、たぶん、イチコロじゃねえかな」
三人の冒険者が酒場での王女殿下の訪問に対する街の雰囲気は概ね歓迎であった。戦争していたころから一段落しており、記憶は風化しつつあるのだろう。一般的にはだ。
「御者かー」
「俺の出番は『猫と一緒に留守番。王女殿下の部屋周りの警備ね』……『猫』と一緒というのはどうかと思うが、任せておけ」
『ふふ、足を引っ張るなよ小僧』
薄黄剣士には「にゃー」と聞こえているだろうが、彼女にはちゃんと聞こえているのである。侍女頭と猫と剣士は城館で待機である。
パレード開始の定刻となり、パレードの車列が公都城の中庭から順次出発していく。先頭は大公家の近衛の騎兵、その後に大公夫妻の馬車が続く。その馬車の周囲を、側近の騎乗するものが進んでいく。
「出発です」
王女殿下の護衛隊長が声を掛け、大公殿下の車列の後に続く。王女殿下の馬車の周りは、半数は王国の護衛だが、残り半数は公太子の近衛たちである。
「では、今日は一日よろしくお願いします妖精騎士」
「はい、公太子近衛隊長様」
馬車の後方ステップに並んで立つ明るい赤毛に緑色の瞳のマッチョなお兄さんである近衛隊長は、公太子の学友でもあり、現近衛隊長の次男でもある。彼は魔力はないものの、濃赤レベルの剣の使い手、細身の剣いわゆるレイピア使いなのだ。
大きな両手剣や金属鎧の継ぎ目やリングを貫通するエストックのような剣を使う時代が長く続いたのだが、帯剣する武器ではないのである。
「刺突剣は平時の備えとして十分に威力があります。長さも適切ですし、護衛用に十分です」
隊長はそういいつつ、腰のレイピアを叩いて見せる。彼の肉厚な体には細身の剣より、ハルバードやクレイモアが似合うと思うのだが笑顔で答える。
「私は魔力を通すことができるので、その辺り拘りがありません。古風な剣ですが、これは新しく誂えたものです。ミスリルと鋼の合金です」
「はは、流石ですね。そのか弱き姿からは想像もできないほどの腕前と噂には聞き及んでおります」
どこかのジジマッチョが嬉しそうにあちこちに吹聴しているのが容易に想像つくのである。ここで勝負を挑まれる事は無いだろう。どうやら、マッチョつながりで伯姪は赤毛翠目の近衛隊長が気になるようである。彼は、令息の様な軽やかさはないが、人の好さげな口ぶりの話しやすい男である。
勿論、ステップの元では、公太子殿下と、王女殿下が時折話をし、両脇に並ぶ大公家のものに手を振っている。橋を渡り、いよいよ市街に入る。沿道には王女殿下を一目見ようと、たくさんの街の人が並んでいる。
――― 王国万歳、王女殿下万歳! レンヌ大公万歳! 公太子万歳!
コールが続く中、花吹雪が舞い、笑顔で沿道の人々が手を振る。笑顔で答える王女殿下がとても可愛らしい。この笑顔守りたいのである。
さて、船で移動する三日間、彼女は新しいことを考えていたのである。それは油球の発展形、獣脂球である。水球を加熱し、熱湯球としてエントに放ったのは記憶に新しい事。それを、油に変えるとどのような事が起こるだろう。
油の加熱された温度は水の二倍を超える。圧力をかけると更に温度を高く保つことができる。そして獣脂は常温では固まるのだが、温度を上げれば液体となる。安価で手に入りやすいものでもある。
獣脂を加熱し油球として待機させておき、目標に命中させると、お湯以上のダメージを与え、尚且つ、温度が下がると凝固するのだ。高温の油が鎧やチェーンの間から肌に触れ焼けただれたのち凝固するのだ。襲撃者に取っては熱湯どころではない。
攻城戦時に城門から攻撃側に熱した油をかける防御戦術があるが、それの魔力を用いた応用であると考えると良いだろう。
というわけで、現在、彼女の足元には油球がクルクルと回りつつ浮遊しているのである。魔力で覆っているので獣脂の臭いは気にならないのだが、そこにあるのは気になるのである。
「その足元の危険な気配はなんでしょうか?」
「使う機会がなければよいのですが……難しいかもしれません」
パレードを見上げる沿道の住人の中には、小さな子供もいるのだが、馬車が横切ることに注目している親の関心が薄れるのを狙い、子供を誘拐しようとしている者がいる。
彼女は熱々獣脂球を、子供の口をふさぎ、連れ去ろうとしている髭面のごつい中年男に向け飛翔させ命中させる。魔力を纏っているので、その魔力が命中したものに油はまとわりつくのである。頭から油を被った男が人とは思えない絶叫を上げ、転げまわる。
手を離された子供が母親に泣きつき、その周辺が騒然とする。
「あの男を捕らえてください。後で事情を聴きます。治療もお願いします」
馬車に並走する護衛兵に頼んで、男を取り押さえる。さて、この街にも人攫いがいるようだと彼女は少し憂鬱になったのである。そして、横の親衛隊長殿は、油で焼かれた男と、平然と次の指示を出す彼女を見て唖然としていたのである。
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