第035話-2 彼女はエントに立ち向かう冒険者となる

 翌日、船で川を下る。護衛の船が増えてはいるものの、半数はアジェンに残り、昨日のエントが暴れた件についての調査を行うようである。とは言え、どこから現れ、どこに消えたのかという程度の痕跡を確認するほか、怪しい事象の確認を城伯に行う程度だが、王家と大公殿下に報告する必要があるので、仕方ないのであろうとは思う。


「今日の夕方にはやっと公都ですわね」

「何事もなくとは申せませんが、一安心できそうでございます」


 侍女頭は昨夜は一人殿下の部屋でお留守番であったのが余程怖かったのだと思われる。え、だって、暗殺者とかと思うと寿命が縮んだのだろう。三人が部屋に戻ると、最初のドアの開閉音で飛び上がり、腰が抜けたようだったのであるから、そう思われるのだ。


 川の流れも緩やかとなり、河口も近いのだろう。幅も広くなってきた。


「このまま海にまでつながっているのですね……」

「そうよ、ニースには川はないけど、途中の南都から海につながる川がありますわね。流れが急なので、ここより怖い思いをしますよ」


 伯姪、慣れてきて言葉か雑になってるわよと彼女は思うのであるが、殿下は昨日の夜、一緒にエントと対峙した時から、一段と仲良くしようと柔らかい雰囲気になっているので、気が緩んでいるのは仕方がないのかもしれない。


『まあ、魔力をお互い通すのは特別な関係だから。仕方ないかもな』

「……そうなのね」


 実際、彼女の受けるカリスマの何割かは、ポーションに含まれる彼女の魔力を体内に取り込んだせいだと思われるのである。猫が主と仰ぐ理由も納得できるかもしれないと彼女は考えた。





 公都の大公の城館も他の滞在した街の城と同様、河岸に建てられているものである。城の周囲は堀がめぐらされており、川からの水が流れ込むように設計されているようである。


「このお城も大きな城塞に囲まれておりますわね」


 過去の戦争で使用された城砦の中に城館を立てているため、変則の五角形の頂点に円形の塔を有した分厚い城壁により屋敷は囲まれている。とはいえ、中の城館は正面のゲートと一体になる形で整えられている青い屋根に白い壁の四階建てほどの館である。


「警備しやすそうですわ」

「死角ができにくいし、堀もあるのはいいでしょう。流石、大公家のお屋敷がある城塞ですね」

「王宮とは別のものですわね。とても息苦しさを感じますわ」


 昨日は初めて魔物と相対した王女殿下からすれば、城塞にあまりいい印象をもたないのかもしれないが、ここは、王宮より危険度が高いと感じているのかもしれない。散々脅してしまったこともあるだろうが。


 夕方、船を降り馬車で城に向かいながらそんなことを話しているうちに、正面ゲートから城内に入ると……整列した騎士たちとその前に居並ぶ恐らくは大公家の有力な家臣たち。


 馬車から降りると、花びらがまかれ、ファンファーレが鳴り響くのである。少々驚くものの、進み出てくる少年が従僕のあけた扉から降りようとする王女殿下の手を取る。


「初めまして王女殿下。私が公太子です。大公家一同を代表いたしまして歓迎いたします」


 赤髪癖毛は噂の通りだが、鋭い顔立ちに目力が強い。黒系統の装いに、深紅のマントを羽織り、『魔王』の様な強面の面差しだが、優しさを感じる所作である。


「は、は、初めまして! しばらく世話になりますので、よろしくお願いいたしますわ」


 年齢差はさほどないはずなのだが、姉の婚約者の令息とそう変わらない大人びた少年に、緊張する王女殿下である。手を取られたまま、屋敷の入口に案内される。中には、大公夫妻に多くの使用人たちが出迎える。足元にはこれでもかと花弁がまかれるのは馬車から降りた後ずっとである。


「王女殿下、遠路はるばるお疲れのことでしょう。今日は、心ばかりの晩餐をご用意しております」

「あ、ありがとうございます」

「自分の館だと思ってお過ごしくださいませ」

「ははは、はい!」


 大公は公太子を肉厚にし、あごひげを蓄えた偉丈夫、夫人は栗目栗毛の朗らかな女性である。え、太ってなんかないよ、ふくよかなんだよ。


『大公、強いな。濃青並の騎士だな』


 魔剣が大公を見るに、そのくらいの力をもっていておかしくないのだろう。少なくとも、護衛隊長では歯が立たないと思われる。彼女でもかなり、卑怯な手段を使わないと難しいだろう。


「大公殿下、今回の一行を代表いたします、リュソンでございます。歓迎ありがとうございます」

「ああ、宮中伯、無事到着して何よりだ。仕事の話は、ひとまず歓迎の食事の後にしよう。皆さんを部屋にご案内しなさい」


 まあ、それはそうだろうと思いつつ、王女殿下と侍女三人は王女殿下の居室へと案内されるのである。今回の滞在は、今後定期的に行われる両家の交流の一環の始まりであり、王都に大公家の居館も整えられる。


 この城館の中にも王女殿下の居室が整えられ、将来的にはここで大公妃として過ごすための準備が進められていくのである。数年かけてであろう。


「侍女頭が隣の続間で、私たちは隣室をいただく形ですね」


 流石に、旅の途中のように護衛を兼ねて三人一部屋というわけにもいかず、部屋割りは変わるのである。それに……


『城内の警備、不審者の確認に行ってまいります我が主よ』

「お願いね」


 猫は早速、城館の中を探検するつもりなのだ。仕掛けるなら、城館の使用人を抱き込んで連れ去るのが、一番仕掛けやすいのだから。




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