第035話-1 彼女はエントに立ち向かう冒険者となる
エントは大きな樹木が動き回る存在である。その張り巡らされた枝や根の部分が手足のように動き回り、想像以上に素早く振り回される。
「全然歯が立たないわね」
「巨人相手ですもの。それに、動きも素早いのですもの」
なにを目的に暴れているのか分からないが、とにかく足止めをしないと危険な気がする。少女三人の姿に気が付いた薄赤三人が近づいてくる。
「危なくないか」
「陽動だとすれば、部屋にいる方が危ないと判断しました。人間相手の戦い方では、エントを抑えることはできません。それに……」
「エントは強いな。探索中に出くわせば即逃げ出すしかない」
今はリーダーとなった薄赤野伏の言だ。エントは森を守るために定期的に巡回しているのだそうで、森を荒らすものを見つけると追い払おうとするのだという。
「そういう契約で妖精としてこの世界に存在しているからだろう」
「契約に縛られているとすれば、その契約を利用した何者かにこの城に滞在するものを襲えと命令されたと考えれば状況が理解できます」
「……誰なのよ、迷惑ね!」
「そ、それよりも、なんとかしなくてはですわ!」
目の前で館の三階もの高さがある見た目木の巨人が暴れまわり、騎士や兵士を追い払いなぎ倒すのを見た王女殿下はパニックである。だが、それでいい。
「殿下、魔法を発動していただきます」
「……水を撒くだけでは木は倒れませんわ」
「見本を見せます。いいですか……」
彼女は水を生成し、一辺3mほどの立体を作り始める。その中の水を更に魔力を注いで湯に変えていく。熱湯にだ。
「これを、エントの足元に……貼り付けます。動けばその動きに合わせて追従するように」
「……はい……」
彼女の作った熱湯キューブは庭を横切り一番大きなエントの足元に絡みつく。
『wGooooRooooooo!! WWWGoooooo!!』
熱湯の塊から逃げようとするものの、彼女はその熱湯を足に押し付けたまま追従させる。目に見えて弱くなる巨大エント。
「い、いきます!」
幾分小さな熱湯キューブがヘロヘロと庭を移動し、やや小さなエントにまとわりつく。が、爆散!
「もう一回、落ち着いていきましょう殿下」
「私がフォローするわ」
伯姪がコントロールをサポートするために手を添える。生成と維持は殿下、コントロールは伯姪で分担する。
今度はスムーズにキューブがエントを追従する。先の大エントは既に動けなくなっており、次の目標へと熱湯キューブは移動した。
「妖精は、他の妖精には容赦ねえんだな」
薄黄剣士の独り言に猫が突っ込む。
『水と油の関係とでもいうでしょうか。物の本質に近い精霊・妖精の類は反発するのが道理でございましょう』
やれやれ、だからお前は強くならないのだと『猫』は元騎士として思うのである。
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熱湯の効果、それは、植物の中に流れる血管に相当する維管束にダメージを与えるのだ。樹木のそれは木の皮の下に形成されている。年輪というのはその跡であったりする。
血管を熱湯で痛めつけられて、そのまま動き回ることはできない。妖精でも精霊でも、そこに魂を宿したものの理には逆らえない。例えば、『猫』は猫の理に逆らうことができない。『魔剣』は剣の理に逆らうこともできないのだ。
「さて、お話うかがいましょうか」
「俺もついて行こう」
「戦士と剣士は殿下をお願いね」
「「応」」
エントと遭遇した経験のある野伏を連れて、彼女は一番最初に痛めつけた大きなエントに話しかけることにする。
「ここは人の住む城塞よ。森ではないわ。何を夜中に暴れているのかしら」
『……ダマサレンゾ……キサマラハ……森ヲコワシニ来タノダロウ……』
びっくりである。城に木こりの集団がやってきたとでもいうのだろうか。
「私たちは、明日、公都に向かう旅人です。森には行きませんよ」
『……イヤ、ソンナハズハナイ。我ハ聞イテオルノダ!』
王国に屈した公爵は、自らの森を差し出し、王国は森を切り開き木々を伐採し炭とするのだそうだ。その炭は製鉄に利用され、製錬された鉄で国王は帝国と戦争をするのだそうだ。
「それはありえません。戦争するのは不経済ですから」
リュソン宮中伯が話に割って入ってくる。
「私は、この一行の責任者でアルマンと言います」
宮中伯はエントたちに説明する。大公の息子と国王の娘が結婚する。親戚同士になるし、子供たちはいとこ同士となる。そうすれば周りの国も戦争を仕掛けづらくなり、武器も沢山は必要なくなる。
「とにかく、戦争が長く続いたおかげで人が死に、たくさんの畑がなくなりました。道も荒れましたし、森も無駄に斬り倒されました。回復するのに人も森も時間がかかります。あなたがたの森を切り開いて、ここから数百キロも離れた王都に持っていく手前に、たくさん森はありますから、ここの森を切り倒す必要もありません。
いいですか、貴方は、あなた方は騙されたのです。そのことを伝えたものにです。そのものは誰ですか? 貴方を騙したものは誰ですか?」
エントたちは黙って聞いていたのだが、ヨロヨロと動き始めると、黙って城門から出て行った。夜中に騒いだ迷惑な酔っ払いのようなものである。
部屋に戻り、彼女たちは着替えて再度寝ることにする。公都の衛兵たちは篝火を増やし、騎士たちは寝ずの番をすることに決めたらしい。まあ、一日徹夜した程度で問題が発生するような軟な兵士はいないだろう。
「エント……凄く大きいわね」
「物語の中に出てくる巨人のようでしたわ。ふふ、エントにわたくし勝ちましたわ」
「ええ、実際魔法を使い、魔物を倒されました。お強かったですよ」
「いいえ。一人では上手くできませんでしたわ。お二人のおかげです。礼をいいますね」
ペコリとと王女殿下は頭を下げた。それはそうと、気になるのはエントをだましてこの城を襲わせた者たちの存在である。
「エントは基本、話を聞きません。思考も人間とは異なるので、意思の伝達に不都合があります」
「言葉を覚えるのは得意なので、あの大エントが人の言葉を覚えていて、それに騙されたと考えるのがいいのかもしれないわね」
彼女と伯姪は推理を始める。考えられるのは、王家の力が強くなると困る、国内の貴族やその者たちに連なる大商人だろうか。背後には、帝国か連合王国がいる。恐らくは、『同志派』の者たち。
勿論、連合王国の直接の干渉もあるかもしれない。工作員とでもいえばいいのだろうか。エントが暴れたこと自体を誰の使嗾によるものかを推定するのは、かなり難しい。エントは基本、人とのコミュニケーションをしないからだ。
「『同志派』が協力しているということかもね」
「『同志派』……ですか……」
原神子教の教えを信じるものを王国内では『同志派』と称している。原神子の教えは教会の支配に対する抵抗運動の要素があり、山国や帝国の自由都市のような教会・君主の支配から独立しようとする商工業者が支配する場所で盛んなのである。
結果、取引相手である王国内の商工業者も影響を受ける。とは言え、王国は寛容なのでそのこと自体は問題はないのだが、その人間関係を利用し、王国内を乱そうとするものが存在する。
そうすると、『同志派』に対し取り締まりや弾圧めいたことをしようとする考えを持つものがいる。寛容なのは国王と宰相、そして実際現場で仕事を増やされている若手は弾圧に傾きつつある。具体的には……
「宮中伯に対する挑発行為。そして、暴走することで国内が乱れるのであれば、帝国・連合王国・法国に有利となる……というところでしょうか」
「今晩の反応からするに、それはなさそうね」
「……それはよかったですわ。王家はそういったものも飲み込んで民と王国を愛さねばなりませんものね……」
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