第034話-2 彼女は乙女たちと川を下る
翌日、アジェンまで一日かけて川を下る。とは言え、これが普通の生活なのである。
「考えると、軍隊の移動って大変ね」
「そうね。食べ物を運ぶことを考えると……村や街を襲って奪う方が簡単ですもの」
百年の戦争で王国の人口は半分になってしまった。それから百年たつものの、そのまま廃村になったところも少なくないのである。
「王国内は今のところ平和だけど、法国や帝国の中ではしょっちゅう内戦しているのよね。解らないわ……ね」
辺境伯領は豊かだから分からないのかもしれないのだが、帝国はかなり王国より寒く人も少ない。故に、豊かな土地の取り合いのようなことは多いのだろうと彼女は思う。
「御神子教と原神子教で争ってるのよね。でもそれって後付けの理由じゃないのかしら」
「どういう意味?」
殿下のご質問に、彼女は答えねばならないのかと思う。伯姪ではあまりにザックリだからである。
「先ずは争いたいのでございます。その理由を、宗教の違いにしていると申しておるのです」
「……えーと、まず、喧嘩をしたいので理由をこじつけているということ?」
御神子教皇と仲の悪い皇帝が御神子教を支持していること自体がまずおかしいのだ。
「帝国の皇帝を決めるための選定君主の七人のうち三人は司教なのです。故に、皇帝は教皇の顔色をうかがいますが、それは本意ではないでしょう。それでも、教皇と皇帝の支配する国に従いたくない君主たちが原神子教を信じているという理由で、教皇と皇帝に従わないというだけの話なのです」
王国であれば、王家の力が弱ければ従わない領主が生まれ、それらが連合王国や帝国・法国と手を結び王家に対抗しようとする。今は、その動きが王家の力が強化され、力ある領主が滅ぼされるか力を失った結果、王国の国内が安定しているのだ。
「帝国が内部で争うことを周りは喜んでもおります」
「そうね。まとまれば周りと戦争しようとするし、周りの国と手を結ぶ領主もいなくなるもの。それは美味しく無いものね」
「……そうなのですね……」
連合王国辺りはその方面でも手を貸しているだろう。商売にもなりうる。
「ランドルには相当手を出しているわね。あそこ、自分たちの国の羊毛を輸出しているじゃない? 織物にする工場まで自分たちが独占すれば、値段は売り手で決められるようになるでしょう。それは、とっても美味しい商売になるわね」
そのランドル領は、帝国皇帝家の支配下にある。皇帝の力が弱まることに都合が良いので、連合王国は原神子教側を応援している。それは、ランドルの商人も同じであるし、王国国内の商人にも増えているのである。
「王国は御神子教の教皇から国王と認められて成り立っている経緯があるので、それと対立する原神子教徒は司教や国王陛下に逆らいやすいのです」
「信じているモノが違うから、話を聞かなくてもよいとか思うのよね」
そんな態度で王国で商売ができるかどうか、あの宮中伯あたりが許容するとも思えない。何らかの罪をでっちあげて首謀者を処刑するくらいはやりかねない。宰相閣下もその辺りはシビアであろうと彼女は思った。
いまのところ、原神子教徒に対する問題は表面的にはないのだが、何らかの闘争に発展すると、王女殿下を狙うものもあらわれるかもしれない。王族では一番年若い方であるので攫いやすいと思われる。
アジェンェも古の帝国時代からある都市であり、連合王国の王家はこの地を発祥の地とする一族であったりする。そして、レンヌ公国との戦争が継続していた時代、最前線であったこの場所には、巨大な複数の塔を持つ『アジェン城』が川を睥睨するように建っているのである。
連合王国との戦争でも健在であり続けた由緒正しい城郭である。
「この規模の城の周囲が600mなのは何故なのかな」
伯姪曰くである。そういえば、どこぞの城もそのくらいのサイズであった気がする。因みに、この城塞の中には居館が備わっているので、今晩はそこに宿泊する予定ではあるのだが……
「広くて警備しにくい気がするわね」
「そうだね。大丈夫なのかな?」
ある程度の規模の軍が収容できるサイズの城であるので、正直、この一行の護衛の人数では警備が手薄になると思うのである。
そう思っていると、沢山の篝火の焚かれた城に案内される。そして、城の周囲には思わぬ多数の兵士が配置されているであった。どうやら宮中伯は事前に打ち合わせ済みであったようで、気にしていたのは王女殿下の供回りの侍女と従僕だけであったようである。
「これって、レンヌ公の騎士たちね」
「そのようです。とんだサプライズだわ」
ということで、広い城の警備に関しては騎士たちが行うという事で、やれやれな彼女たちなのである。川に隣接する岩棚の上に聳えるように建つ要塞ともいえる威容を示す城ではあるのだが、平時に王女様を守るために使うにはちょっと守りにくい気もするのである。
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初対面の前に、いきなり公太子が乗り込んでくるような如何にもな展開はなく、レンヌ公の騎士と兵士の一団が王女殿下の警備の為に城に配置されているということである。
また、川の周辺も今晩は立ち入り禁止の触れを出しており、近づくものもない状態にするので、安心してほしいとの伝言であった。そして……
「明日、公太子様にお会いできますわね~♡」
サプライズなお出迎えに、乙女スイッチが入ってしまった殿下であられます。相手の絵姿とか……見ているのでしょうか。
「お兄様とは少々違う感じですが、爽やかな方でした」
我が王子は、いかにもな金髪碧目の美少年なのであるが、どうやら、公太子殿下は赤髪の癖毛のようで、背はかなり高いのだそうだ。マッチョまではいかないものの、系統としては辺境伯次男の系統のようである。わかり易い脳筋殿下であらせられるのだろうか。
「殿下との相性は……どうなのでしょうね」
「あばたもえくぼの時期もあるから、何とも言えないわよね」
とにかく、兄の王子以外で同世代の男性との接点のない王女殿下、究極の箱入り姫なのである。とりあえず、テーブルクロスで口元を拭かないとか、手で料理を食べないといったマナーは身につけておいて欲しいものだ。本日は警備の問題もあるので、会食は帰りの立ち寄りの際に行うことになっているのだ。川でも陸路でもここまでは同じ行程となるからだという。
「さて、明日に備えて早々に寝ないとね」
という事で、特に警戒心もなく三人の少女は今日も今日とて一つの部屋で寝るのであった。
なにか、外が騒がしいことに彼女は気が付いた。
『Grwoooooooo』
『……woooooooo……』
喧騒と鎧のガシャガシャとなる音が中庭に鳴り響く。
「侵入者かしら……」
『主、魔物が出ました。エントです』
『猫』が報告してくる。エントとは、樹木の精霊の一種で、外見は樹木そのもの巨人なのである。
『おそらく、庭木に成りすましていたんだろ。気が付けなかったがな』
エントは他種族に干渉しない森の守護とされている。言葉を話すが、思考が違うので会話も交渉も成立しないそうだ。それが、森の中で遭遇するならともかく、城内の植樹に成りすましているとは……
「なんの騒ぎ!」
「……だいじょうぶでしょうか……」
王女殿下と伯姪も目を覚ましたようだ。外の様子をうかがうと、数本のテントに騎士や衛兵が向かっているのが見えるが、大きさがまるで相手にならない。
「魔法が使える騎士なら、何とかダメージを入れられそうだけど、普通の剣や槍では相手にならなさそうね」
『薄赤の三人も庭に出て、館の前で警戒に入ります』
エントを牽制にして、殿下の寝室に突入して攫おうとする者がいるかもしれない。エントが騒ぎ出したのが偶然とは思えない。
「着替えて庭に出ます。周囲の警戒が薄くなった今は、ここに留まる方が危険です」
彼女は二人にそう伝えると、三人で冒険者の姿となるのであった。
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