第034話-1 彼女は乙女たちと川を下る
河川用の船底の浅く平らな船に乗り、一行は川を下る。念のため、殿下がどの船に乗ったのか分からないように、船室から出ずに過ごすことを最初から護衛隊長に宣言され、姫様は少々ご機嫌斜めなのである。
「はあぁ、折角の川下りなのに、とっても残念ですわぁ~!!」
「ふふ、お忍びで参りましょうか、そのうちですよ」
「……ほんと?」
空手形になるかもしれないのだが、もう少し大人になり、自分の身が守れるようになればまた別だろう。
「正式に婚約が決まれば、夏の過ごしやすい時期に毎年滞在するのではないでしょうか」
「それはそうかもしれないわ! ほら、辺境伯のお持ちのクルーズ船みたいなものって大公家もお持ちなのかしら?」
港をもつ大公家なら、自家用の船くらいお持ちだろう。ニース辺境伯家のような内海用ではなく、外海用の喫水の深い船だろうとは思うのだが。
「夕日が落ちる船で公太子様と過ごすとか……素敵ですわね」
「……すてきね……」
彼女はその辺の乙女趣味が皆無なのでいまひとつ共感できないのだが、殿下と伯姪と何故か侍女頭も同調して頷いている。解せぬ。
『いつまでも乙女の部分ってのがあるもんだよ女性には』
そういえば、子爵夫人である母はわりと乙女な気がする。祖母と合わないのはそれが理由な気がするのだ。姉は偽装乙女なので該当者ではない。
川船は長さが20mほどもあり、一本のマストを有しているが喫水は非常に浅い。とは言え、馬車に乗るよりも早く乗り心地も悪くはないので、馬車の時よりは気分は良いのである。
囲いの外からは中が見えないものの、中からは近寄れば岸や川面の様子も見て取ることができる。少々暑くなる季節なので、川の上の爽やかな風は心地が良いのである。
旧都からトールまでが100㎞ほどであり、次のアジェンまでも同じくらいかかるのである。概ね8時間くらいだろうか。最終日は少し距離は近くなるが、流れが多少緩やかになるので、同じくらいかかりそうではある。
「馬車よりはずっと楽ですもの、帰りも旧都まで船がいいわ」
「風次第でございましょうね。帰りは馬車のみで違いを確認するのもよろしいかもしれません」
警備大変だから、やめて欲しいかもしれないが、一つの考えではある。
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トールの街はこれも歴史のある場所で、トール城に一泊することになる。城と言っても城館であり、特徴のある円形の塔が建物に寄り添うように建っているのである。
街は古の帝国の時代から続いている場所であり、城というよりはこの周辺の領主館という感じなのである。当然、夜は晩餐で、近隣の有力者とお食事会だ。
三階建てで堅牢な造りの城館は警備はしやすいし、死角も少ないので問題ない気はする。夜会と異なり、参加者も制限されているし、入り口での確認も順調だ。
『主、見て回ってまいります』
猫は律儀に城館周辺を巡回し、不審者を確認している。とは言え、昨日の夜会のようにはいかないだろうし、立ち寄る街々に連合王国への協力者が沢山いるとは考えにくい。ここは、王国なのだから。
という感じで、油断をせずに周辺を警戒したものの、特に目立った問題も発生しなかったのである。
さて、夜に関して、侍女2名と殿下は同じ部屋で寝ているのである。もちろん、寝具は別であり、王女殿下付きの侍女頭の部屋は続間で奧にあるのだ。
念のため、同じ規格のベッドを三つ入れてもらい、三人がそれぞれ寝るようにしている。仮に、侵入者が部屋に押し入った場合でも、一瞬、護衛と王女の見分けが付かないことを意図しているのである。
勿論、侍女頭を王女殿下と間違う……ゲフンゲフンな為、護衛侍女の少女が同室となっているのだ。
「念には念を入れよね」
「なにもなければよろしいのですが」
「猫もおりますし、不審な気配にはいち早く気が付くでしょう」
「にゃー」
猫の返事に場が和むのだが、彼女には『お任せください我が主』というイケボで聞こえているのである。ギャップ萌えは特にない、全然ない。
さて、明日も一日船の上で過ごすことを考えると、少々飽きてきたのであるが、一日馬車に乗るより百倍はましである。ずっとシェイクされているような乗り心地は歩くより格段にマシとは言え、それほど喜んで乗りたい乗り物ではないのである。
馬車より輿に乗る人の気持ちがわかる気がする。
『今日はないな』
「あら、奇遇ね。私もそう思うわ」
寝ようかどうか迷っていると、魔剣が話しかけてきた。
『やるなら明日の方がいい。油断もするし、疲れもたまる。騎士も、お前たちもだな』
「その通りね。特に警戒すべきでもないでしょうから体力温存で早く寝ましょうか」
妖精である猫は睡眠を必要としないし、気配も並の猫を大いに超える存在なので、ある意味任せて熟睡しても問題ないのである。
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