第027話-2 彼女はレンヌへの旅の準備を整える

 紹介してもらった魔道具屋に立ち寄り、希望のものも購入するか注文することができた。その代わりと言っては何だが、多少、ポーションを譲ることにした。勿論、適正価格ではあるが。


 その後、子爵家に戻ると、王妃様から再び茶会の招待と、侍女見習としてそのまま王宮に滞在するようにとの連絡をいただいていた。子爵の執務室に呼ばれ、彼女は、入手したレンヌ公領の情報と、王妃様にお願いすることを相談することにした。


「伯姪が侍女になる件は王家も辺境伯家も喜んでいる。猫の件も問題ないだろう」


 10歳になるかならないかの王女の慰めになればと、承知してくれたのだという。問題なのは……


「冒険者を護衛に加える……か。どうなのだろう」

「国王陛下もご納得いただける内容になると思われます」

「ほお、妖精騎士のお手並み、聞かせてもらおうではないか」


 父は茶目っ気たっぷりに話を進める。まあ、姉の性格は大分この人に影響を受けている。祖母が厳しかった反動なのだろうと彼女は思っている。


「『魂の騎士』があと数か月で騎士学校を卒業いたします。彼女は恐らく『薄赤』のパーティーに戻り、冒険者として自分の本分を全うするでしょう」


 父は頷く。『薄赤』ごと、彼女を取り込んでしまえばいいと彼女は提案している事に気が付いたのだ。


「幸い、彼女の存在のおかげで、女性の護衛任務の経験が彼らには豊富です。馬も馬車も乗りこなせますし、緊急の野営も女性相手に可能なのです」

「ほお、それは知らなかったな。なるほど、騎士の娘が護衛をするとなれば、騎士の少ない伯爵家や、大商会の子女は安心して依頼をしただろう」

「ええ、今回は冒険者としてではなく、御者や従者として護衛に加わってもらう事が得策だと思います」

「いい考えだ。安全であろうとは言うものの、念には念を入れるべきだ」


 父は口に出さないものの、王国と大公家の仲が良くなることを良しとしない旧連合王国派や、別の公家も存在することを彼女は理解していた。敵は大公家ではなく、その関係を阻害しようと思っている関係者なのである。


 連合王国が協力者である公家に手引きされ王国に潜入し、王女を拉致して連合王国に連れ去る可能性もあるのだ。そして……


「連合王国の王太子が無理やり王女様を正妃に迎え、子をなした場合……」

「王子や王国内の継承権者を害し、王女様の子供を王国国王にする為に、再びに王国に侵攻する可能性もあります」


 その場合、今のレンヌ大公家は追い落とされ、親連合王国派の公家が大公となり、それに呼応する勢力が王国から独立することを進めるだろう。王家にとっても、王国にとっても一大事である。


「なるほど。無いとは言えないだろう。レンヌ領にはそれほど王国の協力者や

情報提供者はいない。実際、お前たちが出向いて情報収集する方がいいだろう」


 使用人に扮した『薄赤』メンバーが噂話を集めたり、協力者や潜伏している敵の協力者と接触できるかもしれないのだ。ただの使用人を連れていけば、相手に協力する可能性もある。非常に危険であることに二人は思いいたる。


「ならば、書簡を持たせる。国王陛下に宰相閣下、王妃様に添え状を出す。後は、自分なりに警護を騎士団とは別に行う旨を伝えれば、恐らく許可は降りるだろう。魂の騎士も近侍に招けるし、悪くない提案だ」


 そう子爵は述べると、明日朝に書簡を渡すので、そのまま王宮まで送ろうと彼女に話をし、その日はそれまでとなったのである。


『おいおい、休みなしじゃねえか!』

「騎士に休みは無いとでも言うんでしょうね」


 王家に直接忠誠を求められる騎士爵であるので、仕方がないのである。





 翌朝、子爵と共に王宮に入り、まずは宰相閣下に面談をお願いする。話の大半は子爵が説明してくれたのだが、宰相から直に問われる。


「その冒険者は、お前からみて信用できるのか」


 なんの飾りもない直接的な質問だ。彼女も率直に答える。


「『魂の騎士』が行動に共にする時点で信じることができるかと。近侍に望まれた騎士の仲間を供に加え、小者として影から王女様の安全を図ることは信頼の証になりましょう。ならば、彼女もその気持ちに応えてくれると考えるのが筋ではございませんか」


 宰相は自分の考えと同じであると伝え、国王陛下には自分が説明すると伝えてくれた。半面、王妃様にはお前が伝えろと、言われたのである。


「妖精騎士の手柄を横取りしたと王妃様に思われるのは不本意なのだ」

「……もったいなきお言葉にございます……」


 まあ、言い出しっぺは面倒を最後まで見ろということなのだと、貴族言葉で彼女は理解したのである。


 宰相の前を辞して彼女は子爵とも別れ、王妃様の元へと向かう。午前中はお茶会であり、下がって着替えてから侍女の仕事が始まるのである。





 王妃様と王女様に、今回は同行する侍女頭が同席する。他の侍女を下げ、王妃と王女、彼女が席に座り、侍女頭がお茶を淹れる。


「準備は整いましたか」

「はい。後は、王女様の御傍付きのことを学ぶ必要があるだけでございます」

「それは良かったわ。あなたが侍女を務めてくれるなら、安心して娘を送り出せるもの」


 王女様に、レンヌの名物のお話をする。勿論、蕎麦を使った菓子のことだ。


「……クレープですか……」

「私も話に聞いただけなのですが、薄く伸ばした生地に、いろいろなものを包んで食べるそうです。甘いものならお菓子に、塩気の多いものなら軽食になるのだそうです」

「パンを焼くよりも簡単そうね。それに、卵を加えて生地を作るのでしょう?きっとおいしいわよー」

「そうですねお母様。是非とも、味を見たいですわ~」


 王女のテンションは少し上がる。そして、レンヌの自然の豊かさに、海の幸の話もする。


「海も近いのですね」

「はい。大公様のお城から馬車で数時間ではないでしょうか。城のある町まで海から河をさかのぼることもできるので、船で下るのも夏は楽しいのではないでしょうか」

「……わたくし、泳げませんのよ……」


 彼女は心配なのだが、ここで一つ目の切り札を伐る。


「先日、私の姉がニースにまいりまして、仮の婚約者を決めてまいりました」

「ええ、噂に聞いていますのよ。その令息の方が同行しますの?」

「いいえ、辺境伯の姪が侍女に加わります。私と人攫いを捕まえた者です」


 王女様も王妃様も目のキラキラが一層高まったのである。うん、これは仕方がないのだ、彼女はそう自分を納得させるのであった。



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