第027話-1 彼女はレンヌへの旅の準備を整える

「久しぶりですね。今日はどのようなご用件で」


 武具屋に顔を出すのも1月ぶりだろうか。


「いま手に入るサイズの魔法袋はどのくらいの大きさですか?」

「そうですね、前回見送られたものの半分ほどの大きさであれば、手に入ります。魔力消費を抑えているので、お値段は同じくらいになります」


 かなりの金額だ。金貨で50枚ほど。これで貯蓄が綺麗になくなりそうな勢いである。手持ちのポーションを処分して、換金したいものだが、レンヌへの旅で使う可能性もあるから、作りこまねばならないだろう。


「それをお願いします」

「今日、そのままお支払い可能でしょうか」

「支払いは問題ありませんが、一先ず、現物を確認させていただいてもよろしいでしょうか」


 店員は頷くと、奥に入っていき、いくつかの魔法袋を持ってきた。


「サイズと性能は皆同じです。外見の好みによりますね」


 彼女はたすき掛けに出来る縦長のものを選択することにした。兵士の背嚢タイプのものよりも、こちらの方が扱いやすそうである。


「剣を左に、袋を右にって感じですね」

「装備してみてもよろしいでしょうか」


 どうぞ、と店員は促す。剣と反対に肩から斜めにかける。もしかすると……


『悪くねえな。剣も中にしまって、バッグからの抜き打ちか』


 バッグの紐の長さを調整して、剣の柄の位置にバッグの口が来るようにすると、抜き打ちができる。


「確かに、あなたの使い方なら、この方がいいでしょうね。剣も見えない方が自然ですし」


 サクスは身につけているので、完全に丸腰ではない。1本は魔剣だし。25㎥の容積のバッグなら、様々な装備が収められるし、予備の食料や水、包帯や野営設備も収納できるだろう。生き残れる確率が上がる。


『侍女服なら今のが限界だがな』


 それはそうなのだが、身一つで逃げ出すなら、王女と伯姪と三人で王都まで逃げ延びたいのだ。そうならないに越した事は無いのだが。


「三人が寝られるテントと出来れば結界が欲しいわね」

「魔力を補充すると繰り返し使える方がいいよね」

「ええ、それと火種になるような魔道具はここでは買えないわよね」

「……魔道具は、知り合いを紹介しよう。多少は融通を利かせてくれると思うから、当たってもらえるかい」

「ありがとう」


 という事で、テント含めて魔道具屋を紹介してもらい、とりあえず魔法袋(25)を購入することにしたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 祖母の家で侍女の練習を繰り返し、1週間の期間が過ぎようとしていた。


「ギリギリ合格点だね。あとは、侍女頭に教わりな」

「ありがとうございましたおばあ様」

「ああ、元気で戻っておいで。戻ったら顔を見せな」

「はい。お世話になりました」


 頭を下げ、彼女は祖母の家を出て冒険者ギルドに向かうことにした。


『主、魔道具屋は後回しなのでしょうか』


 今日は帰る日なので、猫も同行している。


「ええ、ギルドでレンヌの情報を確認してから決めようかと思っているわ。装備を買いなおすのも二度手間でしょう?」


 森と湖に囲まれている魔物が多い領域であるなら、装備も変わるかも知れない。


『防水とか気を付けねえとかもな』

『野営の装備が重くなりますね』


 身体強化で重いのは気にならないのだが、背の高さは如何ともしがたい。


「テントは筒形の背の低いものでもいいわよね」

『最低限の湯沸かし程度できるコンロなら、そのテントの中でも使えるだろう。本格的な煮炊きは外でする感じにすればいい』


 などと、装備についても想像を巡らせるのである。





 ギルドでは、マスターがレンヌ支部の情報をまとめてくれていた。


「お前さんの言う通りだったな。ゴブリンはそこそこだが、オークの集団が移動しながら荒らしているようだ。カヌーで移動するらしい」


 10-20匹ほどの集団で略奪をしながら移動しているらしい。街道ではなく、水路を使うので、追跡が難しいのだそうだ。


「それから、野盗も多いな。隊商護衛の相場は王都の倍以上だ」


 危険度は3倍程度だろうか。王都周辺がかなり安全なので一概に比較出来ないが、オークの件含めてあまり治安がいいとは言えない。


「王国に近い側に主要都市があるので、その先に行くと危険という感じだ。なので、領都周辺は安全なんだろうぜ」


 それは事前の情報と合致する。半島の付け根の部分に街が集中している。その奥には人も少なく、危険度も高いということか。もしかして、王国の兵士が野盗に化けて侵入しているのかもしれない。協力している村落も無いとは言えないだろう。


「王女様、安全とは言えなさそうです」

「ああ、領都にいたほうがいいだろうな」

「そうできれば……いいのだけれど……」


 何らかの提案がなされ、安全な場所から引き離されるリスクは……覚悟しなければならないだろう。その為にも、事前の情報収集と準備が必要だ。騎士団がいても、レンヌ公爵がどう考えていようが自分たちだけで生き残る手段を確保しなければならない。


『主、命に代えましても、お守りいたします』

『あほか、死んだら守れねえだろ。死んでも守るのかお前は』


 妖精も死ぬのかと、疑問に思わないわけではない。自分一人では難しいだろうが、魔剣と猫に伯姪もいれば、何とかなるのではないかとも思うのだ。


「レンヌはそこまでひどくはないだろう。俺の所見だけどな」

「理由を教えていただいてもよろしいでしょうか」


 レンヌ公と王国は敵として長い間対峙し戦った。そして、これ以上は独立を維持し続けることに意味がないと判断した。血を流し、双方に遺恨はある。とはいえ、落としどころを明確にして今後は手を取り合うと決めた。だから、すぐにではなくても、見ている方向は同じだと思えるのだという。


 確かに、その通りかもしれない。自分自身に置き換えるとすれば、王国と子爵家があり、姉がいた。姉の継ぐ子爵家を盤石にすることが、王国を支えることになる。その為にすべきこと、最初は王都の豊かな男爵家か大商会に嫁いで子爵家の経済的基盤を確立することだった。今は……王家と子爵家と辺境伯家の紐帯を強くするために騎士として貢献することにある。


 立場が変わってもそこは変わらない。大公家もそうだろう。領主として、その民と歴史と文化を守るためには王国の一部となり、緩やかに交じり合う事を選択したのだ。


「もし、『薄赤』のメンバーに声を掛けるなら、早めに頼む。王都に残った

数少ない高位パーティーだ。まあ、女僧がいるから仕方ないんだろうけどな」

「ええ、王妃様にご相談してからお返事させていただきます」


 彼女は、ギルマスに応えると、席を立った。


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