第026話-2 彼女は祖母と再会する

 さて、レンヌはどんなところなのだろうか。大公家には連合王国の姫と王国の姫が何度か嫁いでいる。海を挟んだ連合王国の影響をそれなりに受けていると考えてよいのかもしれない。王国にとってはずっと敵であった国だが、彼らにとっては王国と連合王国は同じ程度の距離感なのかもしれない。


「レンヌはシードルで有名だね。リンゴ酒さ」

「美味しそうですね」


 彼女は、果実の入ったワインにハマっていたが、リンゴのお酒は興味をそそられるのである。


「口当たりがいいし、さっぱりしているね。まあ、飲み過ぎには注意さ。気が付いたらフラフラさね」

「気を付けます」


 危ない危ない。王女様にもご注意申し上げねば。過ちがあったら……ないか。いかに美少女とは言え幼女だもの。


「土地が貧しいからね、菓子も小麦じゃなくって蕎麦を使うものがあるね」

「蕎麦の菓子ですか、想像できませんわ」


 蕎麦の菓子……ガレットとかクレープと呼ばれるもので、前者は塩味、後者が甘いお菓子風なのだそうだ。


「それに、王国とは元々ルーツが違うのさ」


 王国に住んでいるのはゴール人の系統、レンヌに住むのは連合王国にも住んでいたブルト人であるのだそうだ。連合王国にはその後、様々な周辺からの移住者が入植したため、「連合」と名乗るほどルーツの違う民族が混ざって住んでいるのだが、ブルト人は海を挟んだ両岸に住んでおり、その民族性から連合王国と近しいのだ。


 内海とは異なる海には、オマルエビや貝類を使った郷土料理も豊富である。


「大きな真っ赤なエビさ。ハサミなんて人の手のひらほどもあるんだよ」

「見たこともないですね。美味しいのでしょうか」

「ああ、好き嫌いはあるだろうけど、深い海の味さ」


 あの内海とはまた違う海が見ることができるのだろうか。彼女は少し楽しみになってきたのである。


「どうだい、少しは楽しみになってきたのかい」

「ええ。最近、ニースで海を見ましたので、どう違うのか気になります」

「まあいいさ。それで、王女様だって不安だろうから、どう違うのかってことと、その場所その場所で食べるものが違い、それぞれ楽しみ方も違うってことを知ってもらい、楽しんでもらえばいいのさ」


 祖母曰く、違いが争いの元になるのだが、違いを認めることが相手を理解し慈しむことにつながるのだというのである。


「違うことは楽しいことさ。そうじゃないかい?」


 つい最近まで、何故姉と自分は違うのだろうと悩んでいることがあった。今は、違っていることに感謝したい。姉の性格、生き方、在り方と、自分は全然違うのだ。だから、違う育てられ方、役割を与えられたことで比べられず、自分は自分のままでいいと今思えるのである。


 王都とレンヌは違っていいのだ。そして、その違いを知る人が、二つの街を繋げればいい。ニースと王都を姉と令息がつなぐように、王女が王都とレンヌを繋げるようになれば……二つの街の民は幸せになれるのではないだろうか。


「美味しいものを食べたら、幸せになれる。人間なんて単純なもんさ。だから、美味しいお茶を淹れ、美味しいカナッペを作れるようになりな」

「はい!」


 祖母は多分、これが言いたかったんだろうと彼女は理解した。難しいことを王女様に自分に周りに望む事は無いと。美味しいもので心をつないでしまえばいい。それは、争った時代を知らない若い人間なら、容易にできるそう思うのだ。




 さて、レンヌは深い森と湖も多いらしい。王都周辺とはかなり地形が異なるようなのだ。ということは……


「魔物が多いね。気を付けな」

「森や湖で隔てられていると、潜んでいる魔物も多そうです」


 組織的に人を襲うオークの類もいるのではないかと想像できる。冒険者ギルドでレンヌの情報を集められないかと考えてみたりするのである。


 近衛はどの程度魔物に対応できるのか不安である。オークなら人型であるから問題ないかもしれないが、魔狼や動物型のものは厳しいのではないかと思う。


「王女の護衛に関する情報提供と言えば、ギルドも協力するだろう。レンヌにも支部はあるはずだから、時間を見つけて依頼しておいで」

「そうします」


 冒険者なら魔物から王女を守るのも仕事として大切だろう。討伐依頼から、凡その魔物の系統も把握できるに違いない。


「王宮にはもっとたくさんの資料があるだろうね。元敵国だろうし、王女様の輿入れのための準備に必要な情報もあるだろう」


 王宮の資料は王宮の資料で、彼女が利用できそうなものがどの程度あるのか不明ではある。あとは……


「姉さんに社交の場にレンヌの貴族が出ていないかどうか聞いてみます」

「時間がないから、今回の護衛の件では役に立たないかもしれないね。だが、この先、レンヌに知り合いを育てるという意味では価値がある。お前の姉もレンヌに知り合いができれば、婿さんの実家の役にも立つだろう」


 外海と内海では海の文化も違うだろう。交易するなら、面白いことも起こるのではないだろうかと彼女も祖母に同意する。


 季節的には一番暑い時期になるのだが、レンヌはどうなんだろうか。それに、領都の環境も知りたいものだと彼女は思う。


 因みに、レンヌ大公領には複数の領都が存在する。いくつかの名家が大公を務めていた時期があり、その為、大公が変わると領都が遷るのである。現在の領都は半島の西端、ロワレ川が海にそそぐ手前にある丘を中心に建設された古の帝国の時代の街が発展した場所にある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 冒険者ギルドに立ち寄り、レンヌの件を相談してみる。とりあえず、受付ではなんなんでということで、ギルマス室に案内される。


「おう、またまた活躍したみたいだな。早速、吟遊詩人が新しい話を広めているぞ」

「……お恥ずかしい限りです」


 やはり、妖精騎士に関しては山賊討伐と誘拐商人の話が広まっている。


「それより、どうだった辺境伯様との立ち合いは」

「前伯様です。御強いですね。恐らくマスターより」

「はっ、まあ、仕方ねえよな。近衛騎士団長並みだってんだから、刃が立つとも思えんな」


 そんなジジマッチョといい勝負をしてしまった自分はどうなるのかと思わざるをえない。正面切って戦えば、歯牙にもかからないのだろうけれど。


「実は、内密でお願いしたいのですが」

「騎士団から話は聞いている」

「……そうですか……」


 隠すより、堂々と知らせて動くのを確認したいのだという。この話は、大公家も王家も乗り気なので、邪魔する勢力を早めに駆逐したいのだそうだ。恐らく、連合王国辺りがチョッカイを掛けてくると予想しているのであろう。


「大役だな」

「ええ、残念ながら、外堀から埋められています」

「適任者が他にいないだろうしな。騎士爵様だから仕方ないだろう。とは言え、冒険者ギルドも協力は惜しまねえとなった。グランドマスターのお墨付き、持って行ってくれ。情報収集はもう少し時間を貰えるか、向こうからの報告待ちだな」


 彼女は、討伐依頼のある魔物の情報や、護衛依頼の件数と相場あたりも知りたいと伝えた。王都のそれと比較することで、危険度が算定できると考えたからだ。


「王都近郊は最近治安改善しているから、そこと、森と泉に囲まれたレンヌを比べるのは酷だろうけどな」


 ギルマスの所感はもっともなのだが、王女の安全を考えると、打つべき手を考えねばならないと考えるのである。


 彼女と、伯姪と王女様の装備を考えると……魔法袋を早急に大容量のものに変えたいと思うのであった。野営の装備含めて、念には念を入れて確保しようと彼女は思ったのである。




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