第025話-2 彼女は王妃に呼び出される
「……というわけなのよ~」
「素晴らしいですわ。妹なら、王女様の護衛も問題なくこなせますわ」
「ははは、『妖精騎士』の護衛なら、敵地同然の『何を言うのかしら。今は親戚同然でしょう。口を慎みなさい』……王宮のように安心です」
王妃様は今回、彼女を護衛にするつもりである。まあ、騎士爵として、受けねばならない指名依頼なのだろう。タダではないのだよねやっぱりさと彼女は納得することにした。
「大丈夫でしょうか……」
王女様、私も心配ですと同意する。今回は、騎士団も近衛中心にある程度同行させることになっているので、山賊の心配はなさそうであるが、正直、近衛の女性だとかなり年齢差があり、また警護はともかく、侍女としてはそれなりに不安なのだそうである。
「侍女の真似事は難しいかもしれませんね」
「いいのよ、しばらく王宮で見習いとして来てもらうから。子爵にはお話ししてあるのよ」
知らない間に、親同士というよりは、臣下に命令をしていたのだそうです。子爵、男爵は王家の直臣なので、命令は遵守しなければならないし、まして彼女はただの令嬢ではなく騎士爵でもあるのだから逃げようがない。
「ご一緒いただけるなら……安心です……」
「……不肖の身ではございますが、誠心誠意務めさせていただきます……」
「あら、良かったわー。それに、悪い話じゃないのよー、短い期間でも王女付きの侍女をしたというのは立派な淑女の経歴ですものー。少なくとも伯爵夫人以上にはなれるわー」
なるほど、そういうことですかと彼女は理解した。恐らく、王女の側近を育てたいのであろう。彼女は遠からず大公妃となる。その時に、相談相手となったり、支えてくれる存在を選んでいるのだろう。
「重責だけど、やらないとね。子爵家のためにも、あなたの将来のためにも」
小声ではあるが、姉が真面目な声で伝えてくる。まあ、侍女を永遠に遣れという意味ではなく、王女の近しい存在として、王家を支えるのも子爵家令嬢の仕事ということなのであろう。
「ええ、承知しているわ」
彼女は不安に思いながらも、ニッコリと淑女の笑顔で答えることにした。
彼女には一つ策があった。一人で侍女を務めるにはいろいろ問題がある。故に、仲間を集めることにした。
『まずは私ですね主』
「ええ、使い魔として王妃様には紹介するわ。一先ず、旅の間は王女様付きの猫よ」
『ふふ、考えたなお前。それなら、王女の危機を察知した時に、とっさに対応もできよう』
使い魔というよりは、番犬ならぬ番猫として教育してある特殊な契約の精霊であると伝えるのである。欲しいと言われても、契約を解除することは出来ないと念を押すつもりである。
事実、猫は彼女を守るためにこの世に残っている存在なので、王女と契約することはできないのであるが。
「今一人は、伯姪を誘うのよ」
『あのものであれば、頼ることもできよう』
『身分的にも侍女でおかしくないでしょう。こちらで縁づくにしても、王女様と昵懇というのは、側近の法衣貴族にとってもプラスの査定でしょう』
伯姪は彼女とは太陽と月のような関係であり、王女様を元気づけたり、楽しませたりできる存在になり得るだろう。王都での婚約者探しにも大いに貢献してくれる。ならば、辺境伯家にも子爵家にも文句はないはずだ。
なにより、彼女がそれを望んでいるのだ。
城から下がり、王妃様からの依頼が正式であることを確認すると、彼女は子爵に伯姪を共に侍女にすることを提案した。
「そうだね、いい提案だ。まだ会った事は無いが、辺境伯領で起こった事件を二人で協力して解決したと聞いている。それに、王都での人間関係を大きく後押ししてくれる縁を結べる」
娘の心配もしろよと内心思いつつ、笑顔で同意する。とは言え、手紙を書き準備をしてもらうとしても、辺境伯一行がこちらに来るタイミングは丁度、王女とレンヌ公領へ向かう時期であり、事前準備ができない。
「その点は、辺境伯家で彼女に侍女の教育を施してもらうことにするさ。なに、行儀見習いだと思えば、夫人にお願いしても問題ないさ」
確かに、辺境伯夫妻か御隠居夫妻にお願いして、侍女の仕事を覚えてもらえばいい。恐らく、夫妻も本人も楽しんで教え教えられるであろう。なかなかそれもいい提案に思える。
「侍女の衣装は王宮でお仕着せがあるから問題ないだろうが、化粧は覚える必要があるだろう」
子爵の言う通りではあるのだが、母も姉も貴族の夫人・令嬢のメイクはわかるものの、いわゆる勤め人メイクは知らないと思われるのである。
「そうだね、知り合いにお願いするとしようか」
「……ありがとうございます……お父様」
父の知り合いに、侍女をしていた方がいるのかと思い、彼女は意外な縁があると思ったのであるが……
「母上に頼むのだよ。久しぶりに会ってきてもらえるか」
「かしこまりました……」
前子爵夫人。今は離れた王都の中もアパルトマンに一人の使用人と共に暮らしているのである。そういえば、祖母は若い頃王宮で侍女をしていたと聞いた覚えがある。まあ、厳しい人だとは思っていたのだが、納得いく理由である。
「ついでに、侍女としての心得も教わっておきなさい。そうだね、1週間ほど同居して教わればいいね」
「……ありがとうございます……」
という事で、彼女は子供の頃から苦手である、祖母の家にメイクを習いに行くだけではなく、侍女見習のブートキャンプに行くことになった。恐らく、王妃様からお話があった時点で、父の腹の中で閃いていたのであろう。姉の策士ぶりが目立つものの、父はその大本でもあるので、こういう時に容赦がないのは昔からなのである。
「『代官の娘』の話も聞きたがっていたから、丁度いいね。久しぶりにゆっくり話しをしてくるんだね」
そういえば、祖母もその話に関しては……いや、考えるのはやめておこう。嫌なことはその時だけでいいのだから。
翌日、既に内々に依頼はしていたことであるから、子爵は出勤前に彼女を馬車に乗せると、彼の母の待つアパルトマンへと娘を連れて行くのであった。急いで用意した1週間分の用意と、町娘が着るドレスをカバンに収め、猫をつれてである。
「……猫もかい?」
「ええ、王女様との旅に同行させるつもりですので。少し、知らない人にも慣れさせようかと思いまして」
「それはいいね。ニース領までの長旅の時も癒されたと聞いているしね」
実際は、あの厳しいおばあ様の盾になってもらいたいという思いもあるのだが、それは言わぬが花であろうか。
大通りから少し離れた市場と商業地区にほど近い比較的裕福な市民が居を構える一角に、祖母の住むアパルトマンはあった。これは、裕福な商人や独身の貴族がフロア毎に借りている物件で、祖母の部屋は2階である。家賃は高いが、階段を何段も登るのは年齢的に大変なのだろう。
門衛に声を掛け、訪問の旨を告げる。話は事前にあったため、特に誰何されることもなく中へ通される。彼女はこれから数日お世話になる旨を門衛に伝え軽く会釈をした。
大きなカバンを持ち、階段をのぼる。ドアの前に立ち、ノックをして訪問した旨を告げると中から、厳しくも懐かしい声が聞こえてきた。
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