第011話-1 彼女は国王陛下の謁見を受ける

「それでは、これにて子爵令嬢は騎士爵となる」

「……謹んで拝命いたします……」


 カテシーを深々と行う彼女の前にいるのは、時の宰相・侯爵様である。残念ながら姉と釣り合う年齢のご子息はいらっしゃらない。


 因みに、剣を立て誓いの言葉を述べたのち、肩ポンされてビンタされるのは騎士爵の叙爵ではなく、騎士となる時の誓いの儀式である。どこぞの国のナイトに叙せられた人たちも、クイーンにビンタされたりはしないのと同じである。


 一人一人ビンタすると、する方の手が大変なこととなるので、多数の騎士が同時に任ぜられる場合、代表者のみであるのは言うまでもない。


『さて、これで晴れて騎士爵様だな』

「全然嬉しくないのだけれど。おいてくれば良かったわ、この禍禍しい短剣」


 国王陛下との謁見の前、宰相閣下から騎士爵の叙爵を受ける。これが男爵への叙任であれば、国王陛下自らとなるのだが、今回は助かった。


 未成年であるので実父である子爵がエスコートする。


「お前が爵位を賜るとはな。わからぬものだ」

「その通りですわ、お父様」


 姉よりは可能性はあったろうし、長子でないから叙爵したということもあるだろう。継ぐものがないからくれたのだ。そう思いたい。


『そういえばなんだか、俺の偽物が出回ってるみたいだな』

「あなたの偽物ではなく、あなたの鞘の偽物ではないかしら」


 彼女はふうっと溜息をつく。最近王都では、若い女性の間でモフモフとした毛皮のポーチが流行している。本来それは、ダガーの鞘であったのだが、誰もそうとは思わないのだ。とある舞台でヒロインが身につけている印象的なその小道具は、ドレスにもワンピースにもよいワンポイントとなるので、未婚の女性は喜んで買い求めたのである。


 因みに、既婚者が二の足を踏んでいるのは「少女趣味」と受け取られるからだろう。また、下町では小さな女の子が毛皮に似せたそのポーチを身につけ、ゴブリン役の男の子たちに見得を切る遊びが流行っていたりする。彼女は悪くない、商売人と吟遊詩人と舞台の脚本家と絵本作家が悪いのだ。


 正直、みんなでモフモフしたポーチをドレスやワンピースと一緒に身につけるのはどうかと思うのだが、振り返ると流行というのは謎なものであるのだ。


 この世界では、絵姿や子爵の家名を利用するのであれば権利が発生するのであるが、毛皮の鞘や絵本にされたり物語のモデルになる程度ではなんの権利の侵害にもならない。故に、「代官の娘」をテーマとする商材が今の王都には溢れかえっているのである。





 多数のゴブリンを討伐したものの、森に潜むキングの存在は確認されておらず討伐もなされていない。近年増えていた旅人の行方不明者や商人の被害に関して看過することができないとして、王と騎士団は幾つかの対応を行うこととした。


 一つは、騎士団の街道巡回の実施だ。これは、分隊規模の訓練を変更し、主だった王都周辺の直轄地である町と拠点集落の間を街道沿いに移動しつつ警邏する行為だ。今までは、定期的移動演習を行っていたものの、その規模を分割し、日常的に街道を巡回する。

 

 王国内の街道を町から村へ、村から町へと巡回し、その場所には駐屯地を設けるものとした。ここは、予備の武具や換え馬を用意することにし、変事の際に利用することも検討する。また、その拠点集落(町はある程度の施設が整備されている)の防御施設も見直されることになる。


『村の負担大きそうだな』

「租税の減免なんかで対応するみたい。仕事も増えるし村の安全が高まれば人も集まるでしょ? 騎士団相手の商売も増えるのだから悪くないわ」


 騎士団相手の行商人が増えれば周辺から買い物に来る人も増えるし、宿屋や飯屋も必要になる。安全性の高い場所に人が集まるのは悪いことではないかもしれない。


 いま一つは、騎士と従士を増やす事である。この件は、初期投資として人件費が増えることが問題と考えられるのだが、王国内の王都周辺の治安が改善され、人口増加、物流増加による税の増加で補えると考えられている。また、商業ギルドや大商人からの『自主的』な寄付も集められており、ある意味競争が発生しているのである。


「提灯つけたものがいるのでしょうね」

『その辺、この国の王は機を見るに敏だな』


 恐らく、前々から対策は考えてあったのだろうが、機会をうかがっていたのであろう。実際、王都周辺で危険なことが発生し、その対策を打つ必要はあるのだから。


『お前の存在が財布のひもを緩めてくれるしな』

「私にも子爵家にもなんの見返りもないのよ」

『一過性でなければまだまだこれからだろう』

「……どういう意味かしら……」


 彼女が『騎士』爵になったことで、彼女の捉えられ方は一段と拡大されて行くのであるが、本人はまだ自覚していないのだ。




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