第010話-2 彼女は肩の荷を下ろす……はずだった
ギルドの報告を終え家に戻ると、王宮からの使者を迎えると先触れがきており、彼女も母も姉も着替えて使者の到着を待つことになったのである。まさかそんな大事になるとは思っていなかった彼女は、少々面喰ってしまっていた。
母と姉は「なにかしら?」とか「名誉なことですわねお母様」などと話しているのであるが、恐らく当事者であろう彼女は憂鬱であった。
その後、父は珍しく早くに戻ってきた。先触れは父の職場にも訪れたのだそうで、使者を迎えるために戻ってきたのである。顔を合わせるとそうそうに父の書斎に呼ばれることになった。
「お前がなにをしたのか、簡単に説明してくれるか」
「はい、お父様」
彼女は騎士団に説明した内容をかいつまんで説明した。なぜなら、王宮から使者が来るとすれば、その内容に対してのことに相違ないからである。
「そうか。子爵家として代官の娘としてよくやった。譴責であれば先触れはない。おそらく、今回の件に関してお褒めの言葉を賜るのだろう」
使者にあって返事をするだけでいいだろうとは思ったものの、彼女には王宮に呼ばれた際に着るドレスがないことに気が付いたのである。姉なら社交に出ているので問題ないのだが、彼女は成人前であり、ドレスもさほどもっておらず、まして、王の御前に罷りでるためのそれなりのものなどもっていないのである。普段着や街着はたくさんあるのだが。
と、なにを着ていけばいいかと悩んでいると、使者の到着を告げる声が聞こえてくる。すでに二人以外は入口で使者の到来を待ち受けている。
使者に挨拶をし、応接間にお通しする。王の代理であるので当然上座に案内する。子爵家が揃い使者の言葉を待つ。
「陛下からのお言葉を伝える……」
使者曰く、王家の代官としての務めを果たした子爵家とその娘に対し、国王自ら謁見し、直接お褒めの言葉をくださるというのである。
『お!王様に会うのか。大変だな』
魔剣が呟くものの、とりあえず会えばいいのかとだけ彼女は思ったのだが、どうやら家族の様子が可笑しいのでそれとなく後で話を聞いてみることにしようかと思うのである。
使者が立ち去り、家族4人で少々遅いが夕食の時間となる。
「国王陛下との謁見か。相応しいドレスを仕立てなければならないな」
「そうですわね。デビュタントもまだですもの、用意がございませんわ」
「陛下のお言葉を直接賜るのであれば、叙爵もありえるよね」
「……えっ……」
少々異なるのであるが、本来部屋住みである次女が国王と謁見する機会などないのである。故に、身分的に次期子爵(姉の場合、婿を取ることで夫人となるかもしれないが)である長女はともかく、妹が国王陛下とあう場合、騎士爵程度にはしなければならないのである。
その昔、徳川将軍が御三家の部屋住みである紀州家の五男に会いたいと思い声を掛けたところ、2万石の大名として一家を持たせた上で謁見したという話がある。それが後の八代将軍吉宗だったりする。紀州家本家を継いだ兄たちが病死し、本来小大名で終わる分家の吉宗が本家を継ぎ、さらに将軍家を継いだのは運のよい男であったこともあるだろうが、最初に大名家を立てさせてもらえばこその話なのだ。
「一家を立てさせることになるのか」
「とはいえ、未成年ですもの。子爵家預かりなのではないかな」
父の言葉に姉が答える。13歳の彼女は成人までは子爵の庇護下にあるわけで、騎士爵家を持たせてもらうとしても、まだ先の話である。
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それから数日は、ドレスの仮縫いだ身につけるアクセサリーだ、美容に髪の毛のカットやらアレンジ、マナーの復習に謁見の際の儀礼的な練習を何度も繰り返させられ、村で過ごしたあの日同様、いやそれ以上に彼女は疲れ果てていた。
「なんで私がこんな目に……」
『しかたねぇだろ。簡単に王様に会わせちゃもらえねえんだよ。お前の扱いが子爵の家でも変わるから、それは覚悟しておいた方がいいぞ』
「そうなのね……」
国王陛下が子爵家の成り立ちを思い出してしまうかもしれないのだ。国と民を守るため亡くなった騎士と妻の家柄であることを。そのことを大切にするのであれば、伝説を再現した彼女の存在を放っておくことはできないからだ。
『今は良いが、デビュタントの後は大変だと思うぞ』
「商家は無理かしらね……」
『国王陛下のお目見えである騎士様を妻に迎えるには家格が低すぎるな。最低でも伯爵だろうな』
「……それは姉さんが望んでいることじゃない……」
彼女の母と姉の願いは、辺境伯か侯爵の正妻である。それが、姉を支える資金源づくりに活躍するはずであった妹が収まってしまうのは面白くないと思われるかもしれない。
「なるようにしかならないわね……」
『そうだな。とは言え、冒険者は続けられるだろうな』
「何故かしら。騎士爵になるのよね?」
騎士爵と騎士は異なる立場である。騎士でも爵位を持たない者はいるし、その逆も大いにある。騎士爵というのは、王の家臣として目覚ましい活躍をした平民を叙するものであり、一代限りなのが基本だ。親子で騎士爵だとしても、個人が叙されているのだ。
『騎士爵には少ないが年金がつく。まあ、その為の叙勲だな。それと、一応王の家臣となるので、簡単に他国の臣下になることができなくなるな』
「なら、冒険者として他国に行く分には問題ないわね」
『ああ。むしろ、粗略に扱うと国際問題になるから、騎士爵の身分はわりと扱いやすいな。男爵以上だとそれなりに王国に貢献しなきゃいけねえ。家督が相続できるし、騎士爵とは桁違いに人数も少ないしな』
実際、宮廷魔導士・魔法士辺りは全員騎士爵以上となる。王に忠誠を誓うことになるからだ。まあ、優秀な人材が他の国に流出させないための一つの方法論だろう。
『今だとどのくらいだろうな、年間』
およそ1か月あたり小金貨5枚=50万円程度のようだ。本職の騎士の場合、自分の装備・馬・馬番までが自腹である。それを管理するための費用と言える。それに、騎士団に所属すると同程度の給与が支給され、その分が生活費となる。従士は、騎士見習いの中から選ぶこともできるが、自分の子供や知り合いの子供を従士とすることが多い。槍持ちのようなものだ。
「成人すればかしら」
『いや、12歳以上になれば子爵家と別管理しなければだろうから、お前の財産だな。騎士爵だが騎士の装備をする必要はないから、単純にお前の生活費だ』
ポーションの販売だけで子爵家の基礎収入額を確保している彼女だが、表立って堂々と使える騎士爵の年金は大変ありがたい。
『とはいえ、お前みたいな少女が騎士爵持ちは珍しいから……色々呼び出されることは増えるだろうな』
「そうよね……」
考えるだけでも、王女や王妃様の護衛に私服での警備活動、潜入捜査に外国からの来賓の護衛など、少女であるからできる騎士爵の仕事がたくさんある気がする。
『なにより、話題になっちまってるだろ……あの話』
「ええ。残念ながらその通りね……」
とはいうものの、馬術も護身術も薬師としての仕事も役に立つ。それに、自分の財産が別となれば、事業を始めることもできると思われる。だから、これはチャンスなのだと……思いたい。
『村に迫るゴブリンの群。立ち向かう一人の少女の物語!』
「辞めて頂戴。荒唐無稽な話なのだけれど、実際はその通りなのよね……」
騎士団の調査とは別に、吟遊詩人やら演劇の脚本家、作家が大挙してあの村を訪れ、村人たちに話を聞いているのである。騎士団の報告と実際の村人の話を組み合わせ、そこにエンターテイメントな話を加えると……
「私、飛び回りながら妖精のようにキラキラしてたみたいなのだけれど」
『そりゃ、魔力が溢れ出てるからな、夜なら見えることもある』
「ますます、ギルドでフェアリー呼ばわりされちゃうじゃない」
彼女はこの時点で知らされていないのだが、チャンピオン・ジェネラルの討伐達成で、薄黒から濃黒、さらに特別運用で薄黄の冒険者となっているのである。
――― 満で13歳、数えで15歳。冒険者ギルドは数えでもOKなのだ。
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