第011話-2 彼女は国王陛下の謁見を受ける


 王都近郊で発生した魔物の暴走から村を守った英雄という事で、国王自らが謁見し褒美を与えることとなったわけだが、いま彼女は跪いている。


 やっと話は戻ってきたのである。いま、彼女は子爵と並び王の御前で膝まづいているわけだが、背後には濃黄の冒険者たちが跪いているのである。


 なぜなのか。王としては冒険者ギルドとの関係をよくしておきたいし、褒美も与えたい。


 とはいえ、一介の冒険者と直接言葉を交わすわけにもいかないため、なぜか彼女がその場に同席することになった。正直、当主である子爵でも国王との直答はほとんど経験がないはずなのである。王が声を掛け直答を許されることになっていた。


「子爵令嬢、そなたと彼らのおかげで王の民の命を守ることができ、我が面目も保たれた。礼を言う」

「もったいなきお言葉でございます。臣として当然のことにございます」


 彼女は深々と礼をする。この場で立ちあがることを許されたものは謁見されるものとしては貴族令嬢の彼女のみであり、他の冒険者は膝をつき視線を上げる事すら許されない。当然無言である。


「聞くところによると、女性の冒険者もいたそうだな」

「おそれながら、その通りでございます」


 国王は事前に褒美の希望を聞いた際、他国の騎士の娘が出奔し冒険者として今回の事件の解決に貢献したと知り、関心を持っていたのである。近衛騎士は女性の場合警護役を務める事が多く、実戦の経験は皆無である。身分は低いとはいえ、騎士家の娘であればどうであろうかと考えたようなのでだ。


「希望があれば近衛に取り立てることも叶えようかと思う」


 謁見に列席する多くの貴族たちが驚く。他国の騎士家の娘を近衛に……とはいえ、これは断るのが筋なのだ。女僧は小声で何かを伝えると国王から「直答を許す」と声がかけられた。


「国王陛下のご厚恩、誠に感謝に堪えません。身に余る光栄とは存じますが、そのお話はご検討を願います」

「そなたの様な身を盾に命を守るものを我が娘の近侍にしたいのだが、それは叶わぬか」


 国王はそれなりに本気なようだ。さてどうなるものだろうかと考えていると女僧は再び答える。


「私が守りたかったのは守るものなき民でございます。陛下の周りには私が及ばぬ優れた騎士殿たちがおられます。そのお気持ちだけで十分でございます」


 近衛の面子を守り、自分の意思を伝える。ならばと国王は褒美を変える。


「では、我が民を守るため騎士爵に任じるとともに、そなたに騎士学校への入校を命ずる。また『魂の騎士』の称号を名乗ることを許す……ではどうか」


 騎士爵は当代限りの爵位で、子供が騎士となれば騎士爵は繋がっていく。御家人・同心株のようなものだ。また、騎士学校は幼年学校と並び騎士としての教育を受けるところだが、既に従騎士となっている者の中から騎士となる者を選抜して教育する実践的な機関であり、平民出身者が多数である。また、教育期間も半年程度となっている。


「騎士となるのもよし、爵位を持ったまま冒険者を続けるのも良し。そなたの『魂』が望むままに生きよ」


『魂の騎士』とは、いくつかある名誉騎士の中でもその行動で心のありさまを示したものに与える称号である。女僧の場合、守るべきもののいない民を守るという『魂』を示したとされたのであろう。


 他の3人の冒険者には年金と短剣が授与された。それでも、冒険者として異例のことであった。ある意味冒険者は賤民なのである。


「子爵令嬢、何か望みはあるか」

「ございません。臣としての義務を果たしたまででございます」


 本人はいたって本気なのだが、13歳の少女の義務としては過大なのだと誰しもが思っている。


「臣下としては正しいのであるが、そなたの年齢にはそぐわぬな。そうだな、ドレスや宝石はどうであろう」


 社交の場に出ない彼女にはその手のものは不要である。とは言え、ありがたく押し頂くべきだろうかと考えたのがまずかったようである。


「デビュタントもいまだであろう。そうだな、デビュタントの際にはその衣装一式をそなたに与えよう。エスコートは我が息子を差し向けることにしよう。それでどうであろう」

「……もったいなきお言葉にございます……」


 彼女は全力で焦っていた……


『おいおい、ヤバいじゃねえか』


 魔剣が呟く。デビュタントのエスコートは成人式替わりであり、介添は本来、父か親族の男性なのである。そのエスコートを王子がするということは、子爵家の次女に過ぎない彼女のことを王は「親戚の娘」くらいに考えていると示したことになる……激しく不味いのだ。


 つまり、彼女の婚姻に関しても当然王が口をはさむし、貴族の結婚自体、国王の承認が必要となる。それが欲しいのは……彼女の姉なのだ。おそらく、辺境伯や領地の広大な侯爵家あたりから多数の申し込みが殺到するし、国王の後ろ盾がある娘と見なされれば姉とは異なり、こちらで好きに選べることになるだろう。


 今回のように、民の先頭に立ち、わずかな冒険者を指揮して魔物を撃退し時間を稼ぎ、騎士団の救援を間に合わせるということが、並の貴族の夫人にできることではないからだ。人材不足の地方の大貴族からすれば、少々の派手な魔法が使える社交好きの美女より、実績があり国王の覚えめでたく民にも詠われる「フェアリー」の方が何倍も価値がある。


「では、そなたのデビュタント、楽しみにしておくとしよう」

「光栄にございます陛下」


 話は済んだとばかりに鷹揚に応じる国王の前で、膝をつかんばかりにカテシーをする彼女は、本当に膝から崩れ落ちそうなのであった。




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「おかしいわ……うそよ、こんなこと……ありえないわ……」

『いい加減諦めて戻って来いよ』

「はあぁぁぁ……」


 姉と母からすれば代われるものなら代わって欲しいくらいの国王陛下からのお言葉である。とはいうものの、デビュタントまでは婚約もアプローチも恐らく国王の手前表立っては何もできないだろう。それに、子爵と母も娘の嫁ぎ先は国王陛下から打診がある事を考えると……むしろ探せないのである。


『大貴族との婚姻は確定。但し、それまでの行動は自由と割り切るしかねえな』

「そうね。そうよね……」


 いまだ軌道修正は可能なのである。例えば、侯爵なり辺境伯の家業の中から商会を立ち上げることを認めてもらい、王都で自らが領地の物販を行う店を経営するとかである。ある意味、トップによるセールスレディ活動とでも言えばいいのだろうか。


「薬師の学校とか……辺境に作るとかね」

『ああ、そりゃいいな。王国内外から学ぶものがくれば、コネクションにもなる』


 いまだ先の話ではあるが、可能性的に王国内を旅して、良さそうな領地を差配している家に嫁に行くのがよさそうだと彼女は考えることにした。公然と旅行ができるだろうし、ギルドの依頼があれば積極的に受けようかと思うのである。


「とはいえ、しばらくは王都で静かにしていなければならないでしょうね」

『しょうがねえよ。ブームが去るまでは大人しくしていようぜ。魔術の練習でもしてだな』

「ええ、そうするわ」


 とはいえ考えようによっては悪くないの。彼女の名声のおかげで、彼女とは婚姻は無理でも、姉との婚姻が可能なやや年齢が上の貴族子弟は相当数いるのである。


「姉さんが母さんの希望するような家柄に嫁ぐことができるなら、このくらいの変化は仕方ないと受け入れないとかしらね」

『そうだな。お前のことを蔑ろにしてきた執事や侍女がどう変わるかも気になるしな』


 魔剣はそういうものの、自分にとってはどうでもいいことなのである。自分の部屋を整えるのは、侍女ではなく気の合う使用人に任せているし、食事を作るのも洗濯するのも掃除するのもみな使用人で、彼女の味方なのである。


 村に赴き、村人と生死を共にする覚悟で乗った話を聞き、最初は大いに心配し泣く者もいたと聞いている。そして、翌日、騎士団とともに馬車で送られてきた彼女を、夜半にも拘らず使用人たちは全員門前で出迎えてくれたのである。深々とお辞儀をして。


「あれから皆の扱いがね……」

『妖精から女神様扱いはちょっときついかもな』


 表向きは今まで通り接してくれているのであるが、どこか拝み奉られているような雰囲気なのである。やめてほしい。





 彼女はいまだ知らないのである。王から騎士爵を賜った子爵令嬢・代官の娘が大ブレイクしていくことをである。そして、王だけではなく王妃や王子、王女やその学友である高位貴族の子弟からも関心を持たれてしまい……様々な面倒ごとが押し寄せてくることをである。


 とはいえ、彼女は少しは世界を変えられたのであろうか。変えられたかどうかはこの先少し経ってみないと実感できないのかもしれない。


 王宮から下がり、家族や使用人の変化に戸惑っている屋敷の中などというのはまだ生易しいのである。冒険者ギルドや他国の貴族王族にまで関心を持たれている何てことは……ちらりとも思わない彼女であった。



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