第009話-2 彼女は星空を背に宙を舞う
村を襲ったゴブリンの軍団は、3つの大きな群れが集まったものであり、ジェネラルの群れは彼女に狩り尽くされ、チャンピオンの群れはちりじりとなって逃げうせた。では、残りのキング率いる本隊はどうなったのであろうか。
実際、キング率いる群れが村を襲うことはなかった。奴らの狙いは……先遣隊として村に向かう騎士団の小隊であった。巧妙に縄と網で罠を張り、動けないところを集団で叩き殺したのち、武具を奪い馬を持ち去った。死体は朝食、馬は夕食に供されるのであろう。
この結果、騎士団本隊が昼過ぎに村に到着するまで、彼女たちと村人は心休まることがなかったのである。そして、消えた村同様、消えた騎士団の存在もまた大きな問題ととらえられることになる。
昼過ぎに現れた騎士団は、隊長率いる小隊が臨時の駐屯所を村内広場に設置するとともに、残りの2個小隊で村周辺の掃討戦を行い、隠れているゴブリンを刈りつくすことになる。夜を徹して村を守ったものは女年寄りを避難施設に迎えに行き、交代で休息を取ることになった。
彼女と冒険者2名は騎士団の隊長と仮設の本部においてこれまでの経緯を説明をしていた。
「魔狼が王都周辺の森で確認されたところからということですね」
「仔馬ほどもある狼で、明らかに変異種というか、魔物に見えました」
「それを初心者の冒険者が一人で討伐したわけですね」
「たまたま運がよかったのだと思いますわ」
子爵令嬢の仮面をかぶり、彼女は楚々とした振る舞いで隊長の質問に答えていく。村人だけなら隊長自らが話を聞くことはなかったのかもしれないが、王都の都市計画を担う由緒正しい子爵家の令嬢であり、ギルドからの依頼で調査に同行した代官の娘であることから、この対応となったのである。
昨夜から身にまとっていた冒険者としての装備はゴブリンの血と彼女の汗と泥でまみれており、体を清めた後、普段着のワンピースに着替えてこの会見に臨んでいるのである。同席する野伏・僧侶・村長は……そのままの汚れた姿であるのは状況ゆえに許されるだろう。
彼女と村長をおもな報告者として、村で起こった出来事を時系列で説明していく。
「魔狼を騎兵のように使って堀を飛び越えてきたのですね」
「はい。逆茂木を配したり、油をまいたりして動きを止めまして、皆で足を傷つけて鈍らせた後、とどめを刺したのでございます」
本当は、油球を魔術で飛ばし、魔力で身体を強化した彼女が一人で斬り倒し殺しつくしたのだが、騎士団が到着する前に魔狼の皮を剥いだりゴブリンの死体処理はあらかた終わらせていたため、誰がどのように討伐したかは……彼女と村長たちの報告頼りとなる。
当然、子爵令嬢が魔術を駆使してバッサバッサと上位種のゴブリンや魔狼の群れを斬り殺したと報告するのは憚られるため、村人が協力して弱らせて仕留めたという事にしたのである。
「魔狼の群れを村人だけで……騎士団にスカウトしたいほどの手際ですな」
「ええ、本当に皆よくやってくれました」
「いえいえ、お嬢と冒険者の皆さんのおかげでございます」
村長は、ゴブリンと言えども時間をかけずに討伐するために、二人一組で牽制役と止め役を決めたことを説明すると、隊長はなるほどとうなずく。
「騎士は1対1の状況を望みますが、冒険者は魔物討伐ではよく使う手なのでしょうな」
二人の冒険者に話を振ると、二人は軽くうなずき同意する。話を促すわけではなく、あくまでも同意を求めたにすぎないのであろう。騎士団の騎士は一代限りとはいえ騎士爵の位を持ち、隊長クラスであれば半数は下位貴族の子弟か次期当主であったりするのだ。騎士が同心、隊長は与力の家系とでもいえばいいのだろうか。
町奉行・与力は旗本=下位貴族の家系、同心は代々同心の家系なのだが、世襲ではなく個人個人で一代限りの役職という事になっているのは騎士に似ているのである。実務を遂行するためのに必要な能力があるか否かが優先で血筋は関係ないという事もあるのだろう。
下位貴族である隊長は見目麗しき子爵令嬢である彼女には配慮したとしても、冒険者と懇意にするつもりはないのである。彼の立場はわからないのであるが、もし村が無事であったのならば、この御令嬢はこの後しばらくの間王都で大いに有名な存在となり、恐らく、王の臣下としての責を年若くして全うしたものとして称賛されることになるのである。
そうでなければ、王家の威信に傷がつくことになりかねない。信賞必罰が必要なのは支配階級において当然なのだ。ゆえに、彼は派遣された機会に彼女と知己を得ることを良しとしたのである。
「大変お疲れ様でございました。では、馬車を用意いたしましたので、このまま王都にご帰還ください。夜の到着となりますので、ギルドへの報告は翌日で問題ありません。お屋敷までご案内いたします」
騎士隊長は彼女に笑顔でお礼を伝えると手を差し伸べた。そして、二人の冒険者を伴い、騎士団の用意した馬車に案内するのであった。なんとか馬車に乗り込むまで、彼女は令嬢の仮面をかぶり続けることができた。
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