第008話-2 彼女は燃上がらせ伐倒する
堀の向こう側では村に進入できそうとわかったゴブリンどもが踊り狂っている。そして、その真ん中に音も立てずに着地した彼女は魔剣を一閃する。前傾した姿勢での肩の高さがゴブリンの首の高さとなり、2体3体と首を斬り飛ばされたゴブリンが後ろに倒れていく。
ゴブリンを倒した後は、魔力で気配を飛ばし、反対方向に気配を消して移動する。めざすは丸木橋の手前のチャンピオン……のアキレス腱だ。
興奮するゴブリンどもをしり目に、燃え広がる炎をものともせずオーガと見間違えるほどの偉丈夫であるチャンピオンが丸木橋を渡り始める。
『肉が焦げてるんじゃねえか』
「欲で頭がいっぱいなのかもね。見た目は立派でも中身はゴブリンですもの」
チャンピオンは彼女の2倍近い背丈を持ち、大鉞を持っている。魔力で脚力を強化、一気にチャンピオンの背後から足首に切りつける。丸太の上を一歩ずつ前進していたチャンピオンの右足のふくらはぎが大きく切り裂かれる。
『魔力通してなきゃ斬れなかったかもな』
金剛力士のごとき筋肉をもつチャンピオンは膝をつき、燃えた丸太がその肌を焦がす。慌てて堀に落ちるチャンピオン。片足が不自由になったせいもあり、簡単には堀から上がれるとは思えない。
「こういう時に数を減らすのよ!」
魔力で強化した足で丸太を斜めに蹴ると、丸太は音を立てて堀に落ちていった。何やらわめき声が堀から聞こえてくるのだが、丸太が落ちたチャンピオンにでもぶつかったのだろう。いい気味だ。
気配を消し、首を跳ね飛ばす。ゴブリンの数はそれなりに減っているが、まだ七割方残っているだろう。なにしろ、殺すためには村の中に呼びこむか、堀の際で弓で殺すしかないのだから。彼女は専守防衛も善し悪しだと思いはじめていた。
「大魔法でも使えれば……」
『生き残ったら教えてやろう』
「約束したわよ」
魔剣に軽口を聞かれちょっとリラックスした彼女は大物を探す。チャンピオンは前衛にいたものの、キングやメイジ、ジェネラルはいまだ不明だ。
『おい、あれはなんだ』
魔剣に言われ視線を向けると、大きな岩が飛んでいき、村の見張り台に命中する。柱が何本か折られたものの、かろうじて倒れずに済んだようだ。慌てて見張りの村人が地上に降りていく。そして、視線の先には体を輝かせた鎧を着た巨大なゴブリンがいた。
『ジェネラルかぁ』
「多分そうね。魔力もち……身体強化かしら……」
魔力を纏うゴブリン。先ほどのチャンピオンがあんこ型力士とすれば、こちらはいわゆるマッチョなのである。その体を更に魔力で強化し、腕力で一抱えもある岩を投げたのだ。おそらく、それを持ち込むのに時間がかかり攻撃参加が遅くなったのだろう。
『なんで一斉に攻撃できるように準備しねえんだよ』
魔剣がぼやくほど問題でもない。今夜の攻撃は急きょ決まった。ゆえに、適当な岩を探すのに時間がかかって間に合わなかっただけだろう。岩は他にもあり、柵が破壊されれば、丸木橋も別の場所にかけやすくなることを危惧すると、この投石は阻止すべきだ。
彼女は魔力を込め、牽制の水弾を放つ。水球より圧縮された高速の水の弾丸。ダメージは与えられないかもしれないが、第2の投石を妨げるくらいの効果はある。
水の弾丸は金属の胸当の下、むき出しの腹に命中し、それなりの打撃を与えられたようで、ジェネラルはこちらを視認し、咆哮を上げる。まるでオーガのようだ。オーガなのかもしれない。
身体を魔力で強化し、こちらに向けて走り出すジェネラルも彼女も魔力を帯びてキラキラと輝いているのである。
『あの胸当……騎士のもんだな』
騎士を襲った? いや、それなら王都の騎士団が討伐に出るのではないか。そう考えていると……
『ありゃ、滅びちまった王国の騎士団の紋章だな。こっからちと離れた場所だな』
「じゃあ、そこからの『わたり』でしょうね」
魔力を使いこなす『わたり』の上位種とは……この群れの支配種はどれだけの能力を持つのか彼女は不安になった。
目の前のジェネラルは騎士の剣を片手で振り回す。もう片方にはこぶしを握っている。彼女は剣の間合いに入らず、正対しながら円を描いてジェネラルをけん制する。あまり長くこの場にとどまると、雑兵が集まって来るかもしれない。それはとても危険だ。目の前のジェネラル以上に。
『お前、勘違いしてないか?』
「勘違い?」
『力比べしてどうすんだよ!』
魔術の力ですっかり慢心していたのかもしれない。魔剣が最初に彼女へ教えた術が何であったのか思い出したのだ。『隠蔽』と、魔力を飛ばして気配をさせることだ。すっかり頭から消えていた。
距離を取り剣を構え、彼女は気配を消していく。そして、魔力をジェネラルの右手に飛ばす。ジェネラルは魔力の方に振り返ると同時に、彼女は反対に移動し、背後から油球を飛ばす。命中し着火し燃え上がる。
『Gyoooooo!!!!!』
声にならない声が周りに響き渡る。群れの絶対的強者の悲鳴に周囲のゴブリンが動揺する気配が伝わってくる。
「まだまだ!」
気配を飛ばし、転がりのた打ち回るジェネラルをけん制しつつ、再び接近し切り付ける。
『ははっ、体のなかからポカポカだ。まるで鉄板焼きだな、おい!』
金属の胸当は油が燃え上がったことで加熱され、今はジェネラル自身を守るのではなく攻撃しているのである。そして、その周辺の肉が焼け爛れるのである。考えたくもないはなしなのだが。
「まだまだ油はあるから、遠慮しないで受け取りなさい!」
2発3発と油をぶつけられたジェネラルが何度も着火され、そのたびに叫び声をあげ転げまわる姿にゴブリンは心を折られていくのである。
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