第008話-1 彼女は燃上がらせ伐倒する
彼女は確認する。自分の仕事は村を守る事であり、ゴブリンの支配種を討伐することではないと。つまり、明るくなるまでゴブリンを村に近づけないようにすることが目的なのだ。英雄になる必要はない。
『油球と小火球の組み合わせ、上手くいったな』
油球が命中した後、一拍おいて燃上がる秘密は、油球に小火球を着け飛ばしているからだ。なぜ油にすぐに引火しないのか? 魔力を帯びているもの同士は直接接していないからだと言える。つまり、魔力を帯びている油が魔物にあたり弾けると、初めて油に直接火球が接するようになる……故に発火するのだ。とても便利である。
『上手くやれば、油の周りだけ火を纏わせて、ぶつけることも可能な気がするな』
「生き残れたら研究してみようかしら」
『明日にでも始めるとしよう』
彼女は肩をすくめて見せた。ここで生き残れたら、しばらくはギルドに足を向けることもないし、魔術の練習もお休みするつもりなのだ。
1体、また1体とホブゴブリンに油球を当て火だるまにする。それを続けて行くうちに、堀を渡ろうとするゴブリンどもが悩み始める。勢いを失ったゴブリンは冒険者や村人が見かける群れを失ったゴブリンのように弱くなる。
柵際に立ち、堀に近づくゴブリンに矢を射かける。ゴブリンの矢も飛んで来ないわけではないが、非力なゴブリンの粗末な弓と石の矢じりでは当たるはずもないのである。
城攻めは3倍の戦力を必要とすると言われるが、規模や施設にもよりけりだろう。ゴブリンに攻城戦用の装備があるはずもなく、立てこもられてしまった時点で奴らの思惑通りにはいかないことは明白なのだ。
『さて、次の手はなにを打ってくるかな』
「それほど手札があるわけではないでしょう。魔狼を突入させるか、落とした橋を再架橋して門をたたき壊して侵入するか……そのくらいでは?」
彼女は家の書庫に保存されていた戦乱期の王国の歴史書を読んでいた。その中には、攻城戦の記述もあり、どのような戦法があるのかをある程度記憶していたのである。
「1昼夜程度で落とせる戦力ではないわね。今の数倍のゴブリンがいたとしても、この村の城砦としての機能を考えると無理ね」
奇襲であれば、橋が残っており容易に進入できただろう。逃げ惑う村人を一方的に殺戮し思うが儘ふるまうことも容易であったと思われる。知恵があるとはいえ、それは支配種のそれだけであり、九割九分のゴブリンはただのゴブリンなのだ。
何が言いたいかと言えば、上手くいかなければ簡単に折れるし、調子にのれば見境なく興奮する、躾のされていない子供……悪餓鬼そのものだ。大声でわめき散らす姿はよく似ている。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
堀の手前で騒いでいるゴブリンが退いていく。おそらく次の攻撃が始まる。
「魔狼だ! 飛び込んでくるぞ!」
物見やぐらの弓手が声を張り上げる。残念ながら、堀の向こうにいる止まったゴブリンなら狙える程度の腕の持ち主たちにすぎない。助走距離を取り、高速で飛び跳ねる魔狼を弓で射殺すのは不可能だ。
魔狼は一気に飛び移るために堀からやや離れた場所から加速し始める。彼女の油球の射程外である。
『距離があるな』
「なら、飛び上がった瞬間に当ててやるわ」
いくつもの油球を宙に浮かべると、彼女は魔狼の跳躍するタイミングを待ち構えたのである。
柵越しに油球を当てるのには数が多すぎる。跳躍し柵の高さを越えたところで次々に油球(辛)を魔狼の鼻面に叩きつけていく。簡単に言えば、タバスコを顔面にぶちまけられたと思ってもらいたい。痛みが想像できるだろうか。目と鼻と口の粘膜に、カプサイシンたっぷりの油がしみ込んだのだ。想像を絶する苦痛だろう。辛さとは味覚ではなく、痛みであることを魔狼たちは学んでいたのである。
『さあ、俺に魔石を喰わせろ!!!!』
ククリに変形した魔剣を持ち、魔力で加速する。何頭もの魔狼が敷地で暴れているのだが、当たるを幸いに魔力を通した剣で切り払う。まずは前足、後ろ足を切り落す。三本足の獣など、まともに動くことはできなくなるからだ。
魔狼から転げ落ちたゴブリンが走り出すが、二人組の村人にたちまち追い詰められ叩き殺される。彼らは何かがおかしいと思っている。そうだ、いつもは俺たちが追い詰める方で、あいつらが逃げ惑い追い詰められるはずなのにと。
「いぃやあぁぁぁ!!!」
彼女の甲高い声が村の外まで鳴り響く。とある幕末の剣客集団の生き残りが後年語っていた話に、真っ暗闇の中で味方の大将の大きな掛け声を聞くたびに安心したという逸話がある。裂帛の気合いと共に聴こえる魔狼の断末魔の叫び声。あれほど恐ろしいうなり声が、次々と悲痛な鳴き声に変わっていく。
一つの掛け声のたび、一頭の魔狼が息絶えていく。その数、十と四。同じ数のゴブリンを村人がしとめる。
『魔狼の皮はひと財産だ。大事にしねえとな』
「そうね。これが終わったらギルドで売却して、祭りを開きましょう!」
彼女が大きな声を上げると、周りの村人から賛同が相次ぐ。このままいけばなんとかなりそうな気がしてきたのだが、その空気は大きな爆裂音でたちまち掻き消えてしまう。
ふたたび爆発音がする。
『なんだ、いまの音は』
見ると、落とした橋のあった門の木の扉が大岩で破砕されている。チャンピオンによる投石で破壊されたのだろう。門周りの村人がパニック状態に陥る。どうやら、丸木橋を渡して突入してきそうな気配である。
彼女は傍にいる女僧に声を掛け、村長と動かせる村人を門前に集めるよう指示すると門に向けて走り出した。
『ヤバいな』
「考えがあるわ」
門の前に辿り着き一喝する。
「逆茂木を壊れた門の前に集めなさい。槍を構えて威嚇して門の中にゴブリンを飛び込ませないように」
壊れた門の向こうを見ると、ゴブリンが丸木を渡しているのが見える。あれが渡れば、丸木の上を疾走し、門の中に飛び込んでくるのだろう。その先頭はチャンピオンかも知れない。武装したチャンピオンはオーガに匹敵する戦闘力だ。
つまり、チャンピオンが侵入してきた時点で敗北濃厚となる。
「でもお嬢、今のままでは……」
言葉を最後まで聞かず彼女は油球を放ち、それに炎がつく。何発か丸木橋に着弾すると、木はバチバチと燃え始めた。
橋が燃えていることで落ち着きを取り戻した門周りの村人が逆茂木を集めていると、村長たちが現れる。今の状況を確認し、村長にこの場を任せることを伝える。
「……お嬢はどうされますか」
「橋の向こう側でゴブリンを狩りとってきます」
周囲の村人から呻き声が聞こえてくる。やめさせようと村長をはじめ知ったものから引き留められる。
「勝算はあるのフェアリー」
「もちろんよ。私は魔術が使えるだけではないもの」
彼女は気配を消して見せる、そして、気配を飛ばし皆が気をとられているうちに、門からやや離れた柵に向かい走り始めた。
『身体強化で何とかなるか』
「ならなければ堀に落ちて濡れ鼠ね」
彼女が身体強化のために魔力を巡らせると、体の周りに魔力の輝きが広がる。オーラとでもいうのだろうか。人によっては後光がさしているように見えるかもしれない。
一気に加速すると飛び上がり、柵となっている柱の最上段を踏み台として一気に堀の向こう側に飛び移る。背後から村人たちの歓声が聞こえる。その姿は、まさしく妖精のようであったとのちに聞かされることになるのだ。
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