第007話-2 彼女は宵闇に奏でる
その調は、風に乗り村の周りに広がっていく。古い叙事詩である。その物語は、国を守るため民を守るために攻め込んできた敵国と戦い死んだ騎士と、魔物に襲われる王都で最後まで民を救い続けた騎士の妻を讃えた詩である。
『なんでこの詩選んだんだよ……』
「昔から好きなのよ。自分の気持ちにぴったりなの。こんな生き方をしたいのよ」
彼女の遠い先祖のお話であり、魔剣の恋した女性とその夫の物語なのは偶然ではないのであろう。
『今度は死なせない……』
彼女がうたう声を聴きながら、魔剣はそう誓うのである。
村人が声を合わせ始める、士気が上がる、その声は遠く森に潜むゴブリンどもにも聞こえている。彼女は知らなかった。ゴブリンが数に頼んで押し寄せて来るのは、相手の心を折り抵抗する力を奪うためであり、弱気な相手にはとことん残酷になる存在であることを。
そして、ゴブリンどもは怯んでいた。ただの無力な農民を皆殺しにし、全てを奪うつもりが、奴らは自分たちを殺す気満々であるということを知らしめているのだ。
『ちょっといいか。今の形じゃ魔狼の首をポンポン跳ねるわけにはいかねえだろ』
彼女はそれはそうねと思うのである。数頭以上の仔馬大の狼の首は馬よりもずっと太く、斬るのは難しいだろう。背中にはゴブリンも乗っている。
『お前の詩の力で魔力が高まったのでな、少し大きな剣になろうかと思う』
「わかったわ。お願いね」
魔剣は少し輪郭がぼやけると、少しずつ長くなり始めた。そして、やや反りのある片手剣へと形を変えた。
『ククリってやつに似せた。先が重いから力を加えずに切れ味が増している。それに、魔力を通せば更に斬撃力が上がる。魔狼程度ならバッサリだ』
「それで、魔石を飲み込みたいわけね」
『御明察だ。ただ働きは性に合わねえ』
魔剣らしいと彼女は思った。彼女は守られているのだ彼に。彼の魂に。素直でないのはお互い様だ。
『そして、体に魔力を巡らせろ。疲れにくくなるだろう。動くときは筋肉を意識して魔力を巡らせる。身体強化だ』
「身体強化……ね」
魔法で体を強化するのは、気功術に似ているだろうか。体の表面を強化することもできるし、魔力を高める事で腕力脚力瞬発力持久力が高まる。今の彼女なら、濃黄の戦士の腕力と薄黄の剣士の瞬発力を兼ね備えるレベルで動くことができるだろう。
『基礎の力が大事だな。今のお前が薄黒なら、濃黄がせいぜいだ』
「なんでもお手軽に強くなれるわけではないのね」
魔術は魔法ではないし魔導でもない。無いものを生み出すことはできないのだ。あるものを魔力を用いて強化するにすぎない。
――― それでも、並の騎士程度には彼女は強化されている。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ゴブリンは夜目が利く。故に、暗い場所では人間は不利である。武器には毒が塗ってあることが多く、傷を負ったなら速やかに洗い流し毒消しを塗布しなければならない。武器は粗末であり、錆びたり折れたり歪んだ剣や槍、石斧などで武装していることが多い。
言葉というよりは、耳障りな音を発し、簡単な意思疎通を行う。その攻撃は野犬が群れで襲うようにじりじりと寄ってきては飛び掛かるように武器を叩きつけてくる。あまり質の高くない武器なので、しっかりとした革鎧程度で安全となるのだが、村人にそれを望むことは難しい。
とは言え、厚手の外套は毛布ほどの厚さと強度を持っているので、ゴブリンの弓矢や剣程度なら致命傷を和らげる効果がある。斬りつけられても出血が激しくならないように、腕や足をある程度帯状の布で縛る。あれば手甲や脚絆を着ける。靴よりは地下足袋のようなものが足元をしっかりさせる。
頭には鉢金替わりの鉢巻きを巻いておく。これも、不意打ちされた時に多少でも傷を浅くすることができる。腕力に不安はない。落ち着いて確実に怪我無く殺せるかどうかなのだ。
「どうやら現れたようね」
今日は月のない夜だが、星明りはそれなりだ。篝火も十分だし、先ほどから村で集めてもらった……油もある。魔力も込めて練り上げた油だ。
『さて、士気を挙げるには、先手のゴブリンどもを派手に仕留めねえとな』
「そんな大魔法、あなたから教わってないわよ」
『それもそうだな。そのうち教えてやる』
「ええ、また髪が伸びたらね」
『ああ。だから、教わるまでは死ぬなよ。……いや、……死なせんぞ……』
彼女はそれには答えず、くすりと薄く笑った。
恐らく100を越えるゴブリン、その大半は普通のゴブリンだが、明らかにサイズの異なる大型種もちらほら見かけられる。
『最初に狙うならあのでかいやつだぞ』
「ええ、あいつら卑怯者だもの。強いやつが逃げまどえば、途端に怖じ気づくのよ。では、始めましょうか」
村の中にゴブリンの接近を知らせる音が鳴り響き、見張り矢倉には火矢が突き刺さっては消えていく。水を含ませた茣蓙を泥を塗った板の上にさらに掛けてあるからだろう。これは、野伏の工夫だ。
『やれ!』
彼女は柵の向こうに近づいてくるホブゴブリンに向け魔力を込めた油球にちょっとした工夫をして撃ち放つ。油球は野球のボールほどの速度で闇夜を飛翔し、狙ったホブの頭部に命中、そして一拍おいてホブが炎に包まれる。
周りのゴブリンが奇声を発しながら右往左往する中、燃える大きなゴブリンが転げまわり炎を消そうとするところに、見張り矢倉から矢が放たれる。ゴブリンが見やすくなったおかげだろうか、数匹のゴブリンに矢が突き刺さる。
「いい始まり方だわ」
そう彼女はほくそ笑み、次の目標に再び油球を放つのである。
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