第007話-1 彼女は宵闇に奏でる
さて、ここまでくると彼女と出会うまで、『魔剣』がなぜ書庫に収まり続けたかという疑問もあるだろう。気にならない方は先に進むと良い。
魔剣の魔術師が寿命を迎えるころ、彼女が守り抜いた子供は既に亡くなっていた。特別短命であったわけではなく、魔術師が人の余命の倍ほども生きたから当然であった。
彼女の子供は男爵に叙爵された。父も母も街と民を守って死んだことを尊んだ当時の王が宰相を後見人として育てさせることにしたのである。その両親のおかげで、彼は庶子ではあるが辺境伯の娘を妻に貰うことになった。彼は魔力をほとんど持たなかったのだが、妻である辺境伯の姫は強い魔力を持っていた。
二人の子供のうち一人は辺境伯の騎士団長として招かれ、跡取りの息子は父の後を継ぎ、その頃まだ小さかった王都の都市計画を扱う家柄となった。
祖父の武名を辺境伯騎士団長として、祖母の民と街を守る魂を王都の都市計画を担う男爵家として継いだと言えよう。
さて、辺境伯の妻の子供たちは当然魔力持ちであり、当時は母自らが魔力の扱い方を教えたため、書庫にやってくることはなかったのである。魔術師はこの辺境伯の姫であった夫人とも年の離れた友人となり、会えば彼女の今は亡き義母の話をするのが恒例であった。そして、魔術師が亡くなる時に、自分の形見である魔術書を子爵家で保管してもらいたいと願ったのである。
魔術師として、また魔導士としても優秀であった夫人は、喜んで魔術師の遺品である書物を当時の男爵家の屋敷に収めることになる。つまり、彼女が足繁く通っていた書庫は元々、魔術師の蔵書置き場であったのだ。
魔剣はひたすら待ち続けた。護るべき彼女が現れるのを。それは、まったくの偶然であり、男爵家が子爵家となりかなり経ってからのことであった。既に、武名は忘れ去られ、子爵家の家名ばかりが著名となってきたころ、その女は子爵の妻となった。
女は美しかったのであるが、伯爵令嬢としては非常に少ない魔力しかもたず、魔術もほとんど使えなかった。故に、侯爵家の夫人となることができず、魔力を必要としない王都を守る子爵家の夫人となった。それが、彼女の母である。
自分がなしえなかったことを姉に、自分と同じことを妹に強いているのが彼女の母であった。故に、魔剣は再び彼女と再会できたと言えよう。
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泥塗・板立て・逆茂木づくりが終わり、夕食を軽めに済ませる。女と年寄りが立ち去り、戦えるものだけが残っている。
篝火を焚き、村内は昼間のよう……まではいかないがかなり明るい。数をケチれば影をたくさん作り、返って死角が増えるのだ。見張り台には数人の弓の使える村人を残し、彼女と女僧に野伏と村人はゴブリンとの戦いに備えた話を進める。
明日の朝を迎えることが無事できれば、王都から援軍が来るはずなのだ。馬車を見たゴブリンの支配種は今夜、必ず攻めてくるだろう。明日はないのだ。
村人と冒険者の違い。それは、ゴブリンとゴブリンたちを分けて考えるかどうかである。例えば、火事で死ぬ人より水難で死ぬ人が多いのは意外と知られていない。火は誰でも警戒するが、水はそこまでではない。量が多く、勢いがつけば水は火より恐ろしいのだ。
――― ゴブリンは怖くない、しかし、ゴブリンたちは怖ろしいのだ。
「ゴブリンを殺す時は二人一組」
「……ゴブリンなのに?」
「ゴブリンだからだ」
力が弱くとも、頭が悪くとも奴らは狡猾だ。それに、数が多ければ短い時間で止めを刺さねば、次のゴブリンに襲われる。ゴブリンの怖さは数にあるのだ。
「一人が長柄の武器、槍なら文句なしだが、なければ長鎌かフォークね」
「長い棒ではダメか」
「駄目だ。押さえつけられない」
一人が押さえつけ、一人が鉈などで頭を叩き割る。逃げ回れれば反撃も受けるし時間もかかる。二人一組で速やかに確実にゴブリンを殺す。流れ作業だ。
「何度も言う。ゴブリンは弱い。だがしかし、ゴブリンたちは決して弱くない。何匹も殺し続ける用意と覚悟が必要なの。いいですね」
そして、さらに薄黄野伏が話を継ぐ。
「大きな群れにはオークやオーガ並みに強力なゴブリンがいる。それは俺たちが倒す。間に合わなければ無理に戦わず、複数で牽制しながら時間を稼ぐことに専念してくれ。とにかく、死なないこと。誰かが死ねば、傷つけばその隣の奴が危険になる。それは村全体の危機につながることを腹に入れて務めろ」
「「「「応」」」」
気の合う者同士ペアを作り、村長が配置を決めていく。一晩寝ないくらい問題ない。そうでなければ、永遠の眠りが待っているだろう。
この世界のゴブリンは悪さをする小鬼というテンプレートな存在であり、特に詳しく説明する必要はないかもしれない。スライムやジャイアントコックローチは寒冷な気候と相まってあまり見かけられないのだが、彼女の住む王国にいないだけなのかもしれない。
冒険者の主な仕事は、いわゆる傭兵の仕事と害獣駆除の猟師の仕事が主であり、魔物と言えども人型のものを沢山討伐することは少ない。それは、騎士団や兵士の仕事であるからだ。
つまり、経験のある中堅冒険者と言えども、少数で多数の人型の魔物、兵士の様な小鬼を何の訓練も受けていない者(とはいえ、徴兵制度はあるので、定期的な訓練を王国直轄領の農民は受けているため、街に住む住民よりはましなのだが)を率いるのはなかなかに難しい。
「明日の朝まで生き延びないとだものね」
『今更後悔か』
後悔はない。死んだとしても悪い死に方ではないだろう。今日の夜にでも手紙は王宮に達する。その時点で自分が死んだとしても、ある程度目標は達せられる。とはいえ、皆には生き残ってもらいたいのだ。
「あなた、ゴブリン討伐の経験はあるのかしら」
『……多少な。王宮で魔術師しているときに動員されたり、冒険者ギルドの応援に弟子を連れて参加したこともあるな』
魔術師が生きていたころは王国の勃興期であり、魔物を狩る者が少なく、ちいさな農村中心に、魔物に蹂躙されることも多かったのだ。彼の恋した幼馴染の騎士の娘もそんな中で命を落としているのだからなおさらだ。
「今の段階で打てる手は……」
『十分だ。火矢対策に潜入対策。二人一組で抑えて止めの役割分担。農民なら兵士の訓練を何回か受けているだろうし、徴兵されて軍役に付いた経験者もいるだろうからそれで十分だ。とはいえ……』
ゴブリンのメイジは火球くらい放つだろうし、弓だってそれなりに脅威だ。魔狼に、ゴブリンの将軍やチャンピオンならオーガ並みに強力だし、ホブでさえオーク並……つまり並の騎士程度の能力はあるのだ。
『まあ、村に入られたらやばい。それなら、最初に橋を落としたのは正解。後は柵を乗り越えるタイミングで抑えて止めを刺す。魔狼のライダーなら堀を飛び越えられるだろうから、それはお前が仕留めるしかないな』
「そうね。任せておきなさい」
既に一度、魔狼は倒しているので問題はないだろう。あとは数と、村人はパニックにならないことを祈るだけだ。
『なら、お前のハープを使えばいい。勇気をもたらしてやれ』
「いい考えだわ。私たちが怯えていないことを、性悪小鬼たちに知らしめてあげましょう」
彼女の声には力がある。それは、質の高い魔力に裏打ちされたものだ。魔力が強ければよいという事でもない、守りたいものがあるから、その力は注ぎ込まれるのである。
教会の司る回復魔法は、助けたいという強い願いを込めなければ発動しない。魔力を持っているだけ、それが強いだけでは回復魔法は発動しないのだ。祈りとは強い願いのことであり、祈る力がなければ回復魔法は発動しない。ただのお願いとは違うのだ。
――― 彼女の奏でる唱は祈りに似ているのである。
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