第006話-1 彼女は思ったより村人に知り合いが多い

 この村に来てパーティーメンバーが驚いたのは、彼女の知り合いが非常に多いということだ。


「随分と顔見知りが多いようだが、ここにはよく来るのか?」

「収穫祭の時に、何度か父と訪れたことはありますけど、それだけが理由ではないんです」


 彼女は説明する。


 子爵家の使用人の多くはこの村の出身者であり、過去働いたことのある者を含めると、かなりの数が子爵家とゆかりがある。


 今の使用人頭は村長の長男である。村役人の子弟が数年ごとに入れ替わり、子爵家で奉公するのだ。これは、行儀見習いの一環であり、村役人としての育成にもなっている。お金が循環することもある。


 因みに、使用人の中で、執事は下位貴族の庶子もしくは当主一族の縁戚のものが多く、貴族の末端のものでもある。半平民とでもいえばいいだろうか。これが伯爵以上になると、男爵家当主が執事を務める場合もあるのは、以前に話のあった「大名」と「旗本」の関係で考えると分かりやすいかもしれない。


 侍女は貴族と直接やりとりをする関係から、執事同様貴族の庶子もしくは行儀見習いの貴族子女や富裕な平民の娘であることが多い。給与は小遣い程度で身の回りのお世話と話し相手となることが主である。


 これが、使用人、下男下女となる場合、いわゆる家事をする存在になる。例えば、貴族の寝室を掃除するのは侍女で、それ以外のパブリックスペースを掃除するのは下男下女と言われる使用人の仕事なのだ。


 とはいえ、村から数年やってくる若者たちにとっては、王都の貴族屋敷の一角に居室をいただき、王都で貴族様のお屋敷でお仕事をさせていただくわけである。給金も出るし、村にお金や都でしか買えないような美味しいお菓子や小物なども渡すことができる。


 なにより楽しみなのは、若い男女が同じ場所で暮らすことで、自然と村に戻った後、夫婦となることである。まあ、そういうTVの番組とかありがちだったりするが、まさにそれなのである。シェアハウスな何かだと思って欲しい。


 いま同行してくれている者のうち、一人は狩人として村から動かなかった者だが、片方は1年ほど前まで下男として主に庭仕事をしていた男なのだ。


「お嬢もお変わりないようで何よりです」


 彼は懐かしそうな表情で挨拶するのがだ、彼女は「胸は少し成長したわ。変わったのよかなり」と内心思っていた。まだまだである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 森に入り、足跡を追う。彼女は薬師の仕事をしながら後方を顔見知りの村人と歩いていく。その前には女僧がいる。


「お嬢のおかげで皆助かっております」

「家族のようなものですもの。気にしないでちょうだい」

「子爵様への御恩は返しきれないほどでございます」

「昔のまま、普通に話してもらえないのかしら?」


 『お嬢』とは呼ばれていたものの、屋敷の庭で遊んでもらったり、こっそりお菓子をもらったり、薬草の見分け方を教えてくれたのも彼なのだ。


「お嬢の薬のおかげで、村は助かっております。そんなことはできません」

「これはお願いなのだけれど、聞いてもらえないのかしら」

「……わかった。これでいいかお嬢」

「ええ、それでいいわ」


 前の女僧がクスクスと笑っている。確かに、彼女は人形のように表情も薄いのだが、感情は普通にある。特に、親しいものとはかなりなものなのだ。むしろ、濃いくらいである。


 なにしろ、子爵家において、姉が絶対であり、執事や侍女は彼女に対してかなりぞんざいな扱いをしていた。また、姉は貴族の跡取り娘らしく下男下女はいないもののように扱っていた。


 彼女は「自由に」していいとされていたので、誰彼かまわず相手をしてもらい、使用人は姉と違い自分たちを人間扱いする彼女に好意を持っていた。それは、図らずしも母の考える彼女の在り方に合致していたので何も言われなかったのである。


 素材採取もできたので、夜中にポーションでも作ろうかと思う。毒消しに解熱剤、化膿止に痛み止め……かなりの数が揃ったのは、しばらく誰も森に入れていないことの証左だろう。


『しばらくこれで素材には困らないな』


 魔剣は言うが、このあとすぐに入用になるかもしれないのだから、そうも言っていられないのである。





 15分ほど森の中に入り道が狭くなるころ、先頭の野伏と戦士が立ち止まり、あたりを確認し始めた。どうしたものかと足を進める。


「これを見てもらえるか」


 それまで狼の足跡だけであったのだが、かなりの数の人に似た何かの足跡が混ざっている。


「ゴブリンね」

「それと……これだ」


 大人の男性……戦士より一回りは大きい足跡が深く記されている。その周りにはやや小さいものの、彼女と同程度の複数の足跡……


「明らかに上位種。サイズ的にはホブが数体と……チャンピオンだろう」

「……キングではなくって?」


 ベテラン濃黄の戦士。もし今の足のケガがなければ、将来は青も狙えた程の戦士であった。もう10年も前の話だろうか。それなりに、レイド討伐も経験している。レイドとは複数パーティーによる大規模討伐を意味する。


「チャンピオンが複数のゴブリンを連れて巡回するというのは、群れの最上位ならまずない話だ。その上の者がいる。キングかもしかするとジェネラルかもしれない」


 キングがいる群が強化される一つの理由。それは、ゴブリンの群が知性をもつジェネラル・キングに差配され、統一的な行動をとり始めることにある。チャンピオンが率いる群であれば、もう少し村の周辺で異変がはっきりと起こるはずなのだ。


 濃黄戦士曰く、大規模な村を奇襲し、武器となる農具と「女」を攫うため潜んでいるのだろうという。既に、孤立した農民や狩人は周辺で刈り取られゴブリンの戦力を強化しているかもしれない。


「村を根こそぎ略奪した後、別の森に移動してまた別の村を襲うのだろう」


 人の女にゴブリンを産ませ、人の村から奪った農具や武器で武装する。大規模に略奪を行いながら王国内を移動していくのだろうというのだ。


「目と鼻の先なのにな」

「いや、目と鼻の先だからさ」

「どういう意味なのでしょう」


 彼女は気になり、言い返した野伏に質問した。野伏曰く、恐らくステージ2に進んだのであろうというのだ。


「最初は少数の群で王都周辺に集まる護衛の少ない行商人などを襲っていたんだろう。そして、武具を盗み、知恵をつけ少しずつ襲う相手を大きくしていった。最近、隊商も襲われているし、行方不明の旅人も少なくない。女性も含まれているのは……そういう理由だろう」


 ゴブリンの群が大きくなるのは、人の数倍早く成長することにも起因する。妊娠期間も短く、何度か妊娠した女性は体を壊して死に至る。そうでなくても、人間としては死んでいるようなものなのだが。


「数が一定数を越えたので、容易に討伐できない規模となり、次のステージに移った。スタンピードに近い略奪旅行の始まりだろう」


この王国内では例がないものの、辺境の小国が壊滅したり、辺境伯領で大変な事件となり王国の戦力が集められたという話は記録されている。すなわち、このままいくと村は消滅し、王国の歴史に残る大惨事がここから始まるということなのだろう。


「可能性の話だがな。そうならないために、王都に連絡を入れ、本格的に騎士団による威力偵察を行ってもらうしかないな」


 威力偵察。まとまった戦力による討伐を兼ねた偵察である。数十人といった騎士団で数か所から森に侵入してゴブリンを掃討しつつ相手を見極めることになるだろう。


 これが高位貴族領であれば、彼らの騎士団の仕事であるがここは王家の直轄領扱いなので、王都の騎士団の仕事になるのである。

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