第005話-2 彼女は『薄黒』の冒険者


 馬車での移動は比較的ましであった。街道沿いであれば石で舗装された道路であり、ごつごつとした感触はあるものの、子爵家の関係者が移動する馬車であることから、それなりの格式の馬車であるからだ。


 御者台にはリーダー、車内には女僧が、後部のデッキには剣士と野伏が交代で座り、もう一方は先行して騎乗で護衛している。


「フェアリーは乗馬はできるのですか」

「はい。必要だろうということで、習っております」

「それは……『家族内での役割分担とでも申しましょうか』……なるほどです」


 なにがなるほどなんだと魔剣は思わずにはいられなかったが、彼女が僧侶としての存在がそうさせているのかと考えるに至った。貴族出身の僧侶が多いのは、あとを継げない貴族の子弟が行き着く先として、騎士か魔術師か聖職者あたりが妥当であるからだろう。読み書きと教養と魔力の有無は貴族の子弟であれば当然問題にならないからだ。


 しかるに、彼女が雑談めいた話をしつつ、彼女のプライバシーを探ろうとするのは彼女の性格ではなく習いグサなのだと思うのである。悪気はないのだろうが。


「冒険者の僧侶の方は珍しくないのでしょうか」

「珍しくはありませんが、女性の僧侶の冒険者はほとんどいないと思います」

「……ではなぜ……」

「私の実家は騎士爵なのです……」


 彼女は騎士爵家の一人娘で、自分自身が騎士となり家を継ぎたかったのだそうだ。ところが、父親は女騎士ではなく騎士の妻となることを望んだ。


「良い機会なので教会に通い神学校で勉強させてもらうことにしました」


 彼女曰く、聖職者で魔力を有している貴族階級出身者であれば、容易に回復魔法を得ることができる。騎士階級では魔力持ちは必ずでもないが、彼女は運良く魔力を持つことができたのである。少ないながらもだ。


「父は喜びました。命がけで戦ってたとしても、騎士のケガを回復魔法で癒すのはかなり難易度が高いのです」


 高位貴族は聖職者への寄付を募るか、親族の高位聖職者に依頼し綺麗に怪我を治してしまう。それに、高位貴族は騎士ほどケガをすることはないのであるから、そもそもあまりないはなしなのだ。


「妻が回復魔法で傷を癒せるとなれば、優秀な騎士が婿になってくれるだろうと言われ……なんだか腹が立ちました」


 彼女が女騎士であれば、騎士団でもかなり高位の存在になれたであろう。回復魔法が使える「騎士」は聖騎士とも言われ、本来は教会に所属する近衛騎士に匹敵する存在なのである。


「結局、父にとって娘とは子供ではなく、優れた『息子』を手に入れるための道具に過ぎないのだと思い……国を出ました」


 女僧さんはこの王国出身ではないのだそうだ。そんな人がいれば、国中の噂になっただろうし、ギルドでも大きな話題になったんじゃないかと思う。


『いろんな父親がいるもんだな』

「そうね」


 隣の男爵家では息子が魔導騎士となる資格があると分かった途端、父親は「早く息子の代にしたいものだ」と、早々に隠居する旨を妻に伝えたらしい。騎士として優秀な男爵だが、魔力の少なさはその指揮能力や人柄だけでは如何ともしがたかったようである。


「リーダーはその辺わかってくれて……なので、私は冒険者をしつつこうやって騎士の真似事をさせていただいているのです」


 女性の回復役がいて、護衛もできるとなると、黄階級の中堅下位とは言え下位貴族・富豪の夫人や子女の護衛が多く回ってくるのだそうだ。


「命を狙われる暗殺者からの保護みたいなものはありません。旅のお供のような仕事であちらこちらへと行くことが多いですよ」


 高位貴族なら暗殺の危険性がある半面、自前の騎士団や護衛役が付くから冒険者との接点は薄い。故に、対象はその辺りなのだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 村に到着すると、中心の広場に馬車は通され、村の代表らが出迎えてくれていた。訪問者の最高位は彼女である。13歳で最年少にも関わらずだ。


「ようこそお嬢様。村長でございます」


 彼女は内心困ってしまったものの、貴族の仮面を被り笑顔で応対する。


「お久しぶりでございます。今回は父の名代として参りました。どうやら村の周辺で異形の狼の姿を見かけたのだそうですね」

「はい。家畜の被害も出ておりますので、村の住人に被害が出る前に何とかしたいと思いまして、ご相談させていただいたんでございます」


 本来、王都周辺の国王の直轄地での魔物の駆逐は王都の騎士団の仕事なのである。ところが、国王は子爵男爵家に代官として差配を任せているため村の指導者層が陳情する先が代官のところにならざるを得ない。


 とはいうものの、代官は村に損害が出てから騎士団に対応を依頼することはしてくれるのだが、何もないのに予防的には対応することができない。あくまで、魔物の被害が出てから対応するだけなのだ。


 結局、村は冒険者ギルドに魔物の調査を依頼し、可能であれば討伐してもらい、不可能であれば調査内容を冒険者ギルド経由で騎士団と王に報告することになる。なので、来るはずのない子爵家の令嬢が冒険者とともに村に調査をしに現れたのは大きな驚きとなったのである。そして、パーティーはフェアリーが正真正銘の子爵令嬢だと確定し……少々やりにくくなったなと思ってしまうのだが、まあ、仕方がないだろう。


 今回の調査を行う冒険者は自己紹介を行い、村の責任者たちがそれに対応して挨拶をする。一通りの顔合わせが終わったのち、魔狼らしき異形の獣を見かけた場所、家畜の被害があった場所、それにおかしな

足跡のあった場所を確認することになった。





 村は外周を水堀で囲んであり、その内側を2mほどの高さの丸太と横木で柵を設けている。大型の獣の侵入を防ぐ目的であり、野盗の類を侵入させない為の施設でもある。また、水堀は溜池の要素も兼ねている。


「柵の補修は進めていますか」

「はい。魔獣らしきものが見られてから、直ぐに問題個所を把握して改修し始めました。ですが、森の奥に入るには不安があるので木材が少々不足しています」


 今回の調査のついでに、冒険者がいるついでに森の木を切り倒したいと言外に言っているのかもしれない。それは、リーダーの濃黄戦士の判断に任せることになるだろう。


 森の出口付近には、確かに複数の大きな狼らしき足跡があり、いくつかに分かれ村落の外周へと移動していくことが確認された。とは言え、足跡の数と比べ、明らかに被害が少ない。


「最近森の中には入っていないのだな」


 リーダーの戦士が確認すると、同行する複数の村人は同意する。村が見える範囲までしか中には入らず、周辺だけで済ませているのだという。森で採取できる様々な素材を得られず困っているのも相談する理由になっているのだ。


「では、警戒して足跡を追うことにしよう」


 5人の冒険者に案内人の2人を加えた7人は、足跡を追い森の中に入ることにしたのである。


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