第004話-2 彼女は新しいダガーを手に入れる 

 実は、彼女は薬師としての仕事も多少している。それは、「薬師」として公式に活動していることが両親姉に対するけん制になるからであった。


 今日は薬師の組合に薬を卸しに来たのである。


「いつも丁寧な調合、ありがとうございます。こちらのお控えをお持ちください」

「ありがとうございます。またよろしくお願いいたします」


 調合した薬の売り上げは為替となっており、父にそのまま渡すことにしているのである。ポーションと比べれば僅かな金額であり、子爵家としても些少なものであるのだが「薬師」として仕事をしている証拠であるからそのまま渡すことにしているのである。


 ポーションを納める容器は薬師組合で扱っているのであるが、購入すると使用用途を勘繰られるので、最初の数回は購入したものの、今では冒険者ギルドから『支給』してもらっているのだ。 高性能のポーションを定額で買い取らせてもらっているせめてものお礼ということらしい。


 最初の数回購入した薬師組合には「魔力があればポーションに出来るかと思い作成してみたが、できなかった」と伝えている。薬師組合での話は子爵家にも伝わっているようで、先日の『あなたにも魔力があれば』という話しは恐らくそこから来ているのであろう。


『いつまで薬師の真似事続けるんだお前は』

「家を出て姿を隠すまでよ。やめる理由がなければ不自然になるわ」


 子爵家は代々王都の都市計画を担ってきた家であり、冒険者ギルドを除く各ギルドはそれなりに配慮しなければ営業許可やそのほかの許認可で嫌がらせを受ける可能性があるので、積極的に情報提供をするのである。


 冒険者ギルドは王国に存在するものの、国を跨いだ存在であり、王国・王家といえども内部の情報を知ることのできない独立した組織なのだ。


「そういう意味では、冒険者として隣の国に移るのも悪くないわね」


 元をたどればこの大陸は一人の皇帝の元、帝国として統治されていた時代が永らく続いていた。それが皇統が途絶え、王国として地方の領主が独立し、群雄割拠の時代がその後に続いたのである。


 その間、魔物の討伐は各領主の騎士団や兵士の仕事ではなく、冒険者ギルドの依頼によりなされていた。魔物討伐に戦力を投入している間に他国に侵略される危険性を考えて戦力を出し渋った領主のせいである。冒険者ギルドは帝国の時代から連綿と続く民衆のための組織であり、それぞれの領主に対して中立・独立不可侵という存在がこの間に定着したのである。


 もちろん、報酬につられ冒険者をやめ騎士や傭兵になる者たちもいるが、それは個人の問題であって、ギルドはあくまでも超国家的存在なのである。それができる理由は、魔物の暴走・スタンピードの発生や災害級の魔物が発生した場合、ギルドが国際的に冒険者を募ることができることによる。


 国を守るためではなく、国を支える民を守るための組織が冒険者ギルドなのだ。


『俺の生きているころから、冒険者ギルドは変わらねえんだな』

「……そうなの? あなたの生きていた……魔術師をしていたのはいったいいつのことなのかわからないから、何とも言えないわね」

『……そうだな』


 魔剣は一体いつの頃の魔術師なのかはわからないし、何故子爵家の書庫にあったのか、そもそもどういう存在なのかも彼女にはわからないのだから当然だろう。


 素材採取に用いる簡素な布袋(仕分けに使う)や手袋などを市場で調達していると、お昼少し過ぎたころになっていた。あとは非常食や包帯といったサバイバル用品の消耗品を冒険者ギルドの近くの店で購入して帰ることになりそうであった。


「とはいえ、ギルドのそばの店は落ち着かないのよね……」


 彼女を見知った冒険者たちが視線を送ってくるからである。それは、畏敬と感謝の念の籠った視線なのだが、13歳の少女には迷惑極まりない視線なのだ。


『こじゃれた店に入るのもたまにはいいんじゃねえか』

「あなたにしてはなかなか建設的な意見ね。素材集めと魔物の討伐をして王都の郊外を這いずり回るだけの人生もどうかと思うもの」


 華やかな雰囲気の、料理よりその場所のインテリアや給仕にお金を掛けているのが明らかなお店に彼女は入ることにした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 同世代の男の子のグループがそこにはいた。勿論、他にも若いカップルや母と同世代の女性グループもいたのだが、明らかに場違いな男子の集団。話題の内容が料理の量が少ない……と言ったことな時点で相当場違いなのは明白だった。


『ガキが来る店じゃねえだろ』

「あら、私も十分ガキなのだけれど」

『女性連れでない時点でダメだろこの店。それこそ、ギルドの周りか職人街の大衆食堂にでも行けば量だけは沢山出てくるぞ』


 彼女がそこにいかなかった理由は、視線以外にも味はいまいちにも拘らず量がとても多いというものがある。客層的にはそれが正しいので、自分で選ばなければいい話なのだ。


 その数人の少年の中に、見知った顔があるのに気が付いた。そして、それは向こうも同じようであった。席を立った少年がこちらに向かってくる。


「やあ、随分と久しぶりだね」


 さわやかな笑顔に明るい茶色の髪を短く切りそろえたその姿は、何年か前の面影は見当たるものの、立派な若者になりつつある隣の家の男爵子息に違いなかった。前に見たときは10歳になる前であったろうか。


「ええ、お元気そうで何よりね。今日はお休みなのかしら」

「そうなんだ。遠征の振替休日で街に出たものの、友人のお姉さんのお奨めの店ということで足を運んだんだがな」


 恐らく、そのお姉さんは弟が女性とくるのにいい店という意味で紹介したのだろうことは推測できた。


「この手の店に男性だけで来るのは明らかに浮いているわよ」

「そうだね。そろそろ退散するよ。そういえば、お姉さんはお元気かい」


 彼が一番最初に聞きたかったであろうことを、会話の最後に伝えてきたのは、彼なりの配慮であると言えよう。故に、彼女は過不足なく伝えることにした。


「ええ元気よ。週末の王太子主催の夜会で婚約者を見定めるために両親と作戦会議の真っ最中ですもの。とは言え、申し込みはあるものの姉さんのおめがねに適うご子息様はいまだいないわ」


 男爵子息はお元気でと伝えると席を離れていった。その表情は安堵したようでもあり、姉と彼の年齢差は如何ともしがたいということを示している様な気もした。


「年が逆なら可能性も多少あったでしょうけどね」

『無理だろ。子爵家に魔導騎士の婿は必要ない。家格の高い血筋の良いそこそこイケメンの婿が欲しいだけだからな』


 その通りなのだが、そういうことでは割り切れないのが人の気持ちなのだと彼女は思った。





 夕食の時間、街で隣家の男爵子息と偶然会った話をした。母は「元気そうで何よりですね」と男爵夫人と顔を合わせた時には伝えると話していた。姉は「そうなんだ。幼年学校の寮から長期休暇にもあまり帰らないようだから気にしてたんだよね。けど、男の子ってそんな感じなんだろうね」と懐かしそうに口にしながらも、既に関心の外であるような口ぶりであった。


 確かに、姉の狙う侯爵家の次男三男と比べると、男爵子息では相手としては不足なのだろうとは思う。とは言え、我が子爵家ももとはと言えば騎士の家柄であり、侯爵家と縁続きになろうと足掻く姿は御先祖様からするとどうなのかと思わないわけでもないのである。


「民の為に戦い、命を落とした功績を称されて叙爵したのに……なんだか勘違いしているように思えるのよね」


 彼女は思う。


『いいさ、お前の生き方がお前らしくあればな。その為に俺も協力するし、おかしいと思えば忠告くらいしてやるさ』

「そうね、あなたは随分と人生の先輩のようだから、そうしてもらえるかしら。誰かしらそういう存在が必要なのでしょうから」

『師匠と呼んでも構わんぞ』

「……それは無理。ごめんなさい……」


 魔剣はおいおいというものの、彼女はくすくすと笑って話を聞き流していた。


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