第004話-1 彼女は新しいダガーを手に入れる

 短剣・ダガーとは両刃の剣で断面が菱形に近いものをいう。片刃のものはナイフであり、厚みも薄いのである。生活に使う刃物にはナイフのようなものが適しているのだが、木の枝を払ったり、魔物を解体するには身の厚いダガーが適している。


 最大の違いは鍔の有無であろうか。力を入れて突刺したとき、鍔のない刃物では心もとないだろう。短剣は刺突武器であり、切り裂く力はかなり低いのだが、彼女は魔術でダメージを与えるか気配を消して近寄り止めを刺すので、大きな剣は不要である。


「あまり武骨なものでないのが好ましいのですが」

「女性であるし、これから成長することを考えると、すこし大振りでもかまいませんよね」


 彼女は『成長する』という言葉にとても気をよくした。どこがとは言われなかったが。


 いわゆるショートソードと呼ばれる片手剣でも1㎏程度の重さはある。短剣はせいぜいその半分程度であり、大きさも30センチ程度でやはり半分くらいなのである。


「鉈の様な形状だと片手剣と変わらないし、お嬢さんの欲しいものではないだろうしね。この辺りが妥当だと思うよ」


 その刃にはモザイク状の文様が浮かび上がっている。異なる金属を積層鍛造して出来上がる文様は俗に「ダマスカス鋼」など呼ばれることがある。


『これは、ミスリルと鋼の合金だな。俺ほどじゃないが、魔力を通すぞ。形も気に入った。これにしろよ』


 いくつか並べられたナイフの中で、モザイク模様の短剣を選ぶ魔剣。狼の皮の鞘にふさわしい異形な感じの文様だと思わないでもない。


「なんだか、呪いがかかっているような禍禍しい感じがしますね」

「ははは、まあ、普通の刃物を見慣れている人からすればそうかもしれんね。これは、異なる金属を組み合わせているので粘りがあるし、錆びにくいということもある。採取や解体で使うなら普通の鋼より無理が効くと思うよ」


 魔剣があれば必要ない可能性もあるが、何らかのトラブルで手元から失われた時、安物では困ると思いなおし、彼女はその不思議な文様の浮かぶ短剣を購入することにしたのである。


「皮を加工するのはギルドで済ませているみたいだから、加工するだけなら時間はさほど必要ないかな。三日ほどもらえるかい」

「承知しました。よろしくお願いします」


 彼女は良い買い物ができたと思い、家路についたのである。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「そうなのか。子爵家の令嬢としてよい心がけだ。村を訪問することを許可しよう。あとで書面を作成するので持っていきなさい」

「あなたも、家の為にいろいろ考えてくれているのね。嬉しいわ」


 両親はそう告げているのだが、内心は週末の王太子主催の夜会に参加する若い高位貴族の子息のことで一杯なはずなのである。


「あなたはゆっくりしてくるといいよ。家のことは任せておいてちょうだい」


 姉は顔も向けずにそういい放つ。足元ばかり見ている自分と、上ばかり見ている姉では見えている世界が違うのだから当然だろう。それでも、子爵家の一員としてなにか貢献しようという意図があるものと考え、声を掛けてくれているのだ。


「では、三日後に出立します。準備の為に街に行くことも許可をお願いします」

「ええ、村では薬も不足しているでしょうから、この機会にあなたの調合した薬を与えてあげなさい」


 母は自分とは関係ないという顔をしながらも、言葉の上ではそう労う様な言葉を掛けてくれた。





 部屋に戻り、着替えと冒険者の装備を魔法の袋に収める。中にはすでに以前作った薬が入っており、今回は採取した薬草でその場でポーションを作成することも考え、容器や採取以外で入手してある素材を確認したりする時間が必要なのだ。


『魔狼用の油はどのくらいできたんだ』

「2ダースくらいね。この3日間でもう2ダース作成するわ」


 調査の依頼がこれほど早く来ると考えていなかった彼女は、油とカイエンを買いに明日は市場へ行かねばと思うのである。


「そういえば、あの短剣になれそう?」


 魔剣に声を掛けると、その輪郭が曖昧になり、しばらくするとあの禍禍しい文様の浮き出た刃物に姿を変えた。


『……どうだ』

「そっくりね……もしかするとあなたの方を忘れていくかもしれないわよ間違えてね」

『いや、それはわざとだな。だが、これからは無視して返事をしないのは辞めるとしよう。また誰も声が聞こえず閉じ込められたりするのはごめんだからな』


 書庫の中の本の形をした入れ物に隠されていた魔剣。それまで、魔力を有している先祖がいなかったとは思えない。なぜ、今まで声が聞こえなかったのだろうかと彼女は不思議に思った。


『ああ、そんなことか。簡単だ……』


 魔剣曰く、既に魔術が使えると思っている存在には声が聞こえないのだそうだ。魔力はあるが魔術が使えない存在がいて、初めて意思の疎通が成り立つのだという。貴族の家庭では魔力持ちは子供の頃に分かった時点で家庭教師をつけるなり学校へ通い始めるので、魔力持ちであるにもかかわらず、魔力があると知られていなかったのは彼女ぐらいであったのだろう。


 そう考えると、彼女の両親は姉と妹の役割を分けるために、随分と貴族らしくないことをしていたものなのだ。


「おかげで私はこの家を出る準備を進めることができたのだから、感謝すべきなのかもしれないわね。あなたと両親にね」


 皮肉ではなく、彼女はそう思う。姉のスペアとして姉と同じように育てられていたとして、姉より優秀であることは難しかったであろう。それはできないのではなく、してはならないからなのだ。最初から別々の存在として分けられている方が、案外気が楽であったかもしれない。




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