第003話-2 彼女は油をまき散らす

 王国では上位の貴族と下位の貴族ではかなり存在が異なるのである。江戸幕府の大名に相当するのが上位貴族、旗本に相当するのは下位貴族と考えると分かりやすいかもしれない。


 下位貴族は王家から所領を預かっているものの、『代官』のような存在であり、管理する対価として一定割合の税を自家のものとすることができる反面、徴税権と警察権程度を認められるに過ぎない。これは、王家の騎士の家系が周辺の小王国を統一する過程で手柄を認められ叙爵したためである。


 対して、公爵は王家の支族であり、侯爵は他国の王家の末裔、伯爵は侯爵家ほどではないがそれなりの支配地を持つ辺境の支配層というものが多い。故に、子爵男爵家と、侯爵伯爵家では大きな階級の差が存在するといえる。


 もちろん、爵位だけ有する宮廷貴族や、王家の親族としての大公のようなものは領地を持たないのだが、伯爵以上の家系は先祖代々の領地と、その領地内では王家の支配を受けることがない存在でもある。故に、自衛のための武力を有していたり、内政に関しても王家は特段手を出すことはない、半独立国というか同盟関係に近い存在である。


 なので、王家や王家に連なる公爵家から王女や公女が嫁ぐことが多く、少し間が開いている家系には下位貴族の子女が嫁ぐことは難しいのだ。


 姉が嫁ぎたい家の多くは、そういった王家との縁が薄くなっている家系が多く、王家の手前そういった家から誘われることもないので困っているのだという。公爵家あたりだと子爵令嬢ではあまりに身分差があるので、せいぜい頑張って侯爵なのだ。


「あの村で起こっているのですね」

「その通りだ。まんざら知らないわけでもないのだろう。そこで、こちらから調査の依頼をお願いしたい」


 指名依頼というわけではないのだが、領主の娘である彼女が、自然な形で村の周辺の状況を確認してもらいたいということなのである。顔見知りなら、下手な冒険者などが調査に入るより、彼女が聞く方が細かな情報が入手できると考えたからである。


 また、その結果、問題があるようであれば彼女の父親を通して王国に問題提起して騎士団の調査も引き出すことが可能かもしれない。


「……初心者には荷が重いです」

「そうだろうか? あの狼の群は黄等級の魔物の脅威度があったはずだ。白になりたての冒険者一人で対応できるわけがない。それに、今回の魔狼討伐の件で君は『薄黒』に昇格してもらうからな」


 登録してわずか1週間ほどで黒になってしまった。その代わり、働けと言うことなのだろうが……


「君は子爵の令嬢という態でギルドの用立てた馬車で村に向かってもらう。護衛は濃黄のパーティーを加える。彼らは君の護衛兼、小規模な魔物の群に対する討伐を依頼の範囲に加えている」


 なるほど、自分はあくまで冒険者ギルドのメンバーであるが、村人からすれば「子爵様のご令嬢が村の様子を見に来た」と思われることに意味があるわけなのだ。村人の協力も得られやすくなり、お飾りの自分の仕事はさほどではない。姉の仕事に似た範疇だ。


「日帰りとはいかないでしょうし、家の者に話をする必要があります。数日猶予をいただけますでしょうか」

「ああ、それで頼む。できれば回復ポーションも増やしてもらえるだろうか」


 最近、王都周辺で歩いて行ける範囲で薬草が減ってしまい、森の向こう側の村に足を延ばす必要も感じていたのである。母に対してはその辺りで、薬草採取のついでに村を見てくるとでもいえば容易に了承してもらえるであろう。


「では、用意ができたなら、出立できるようお願いします」


 そして、彼女は一つついでに頼むことにした。


「それと、マスターおすすめの武具屋を紹介していただけますでしょうか。予備のダガーを購入したいものですから」

「では、この名刺を持っていきなさい。店の場所は受付で教えてもらうといいだろう」


 ということで、元戦士のギルマスおすすめの武具屋にいくことになったのである。




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 素材カウンターで売却金と魔狼の皮を返却してもらい、受付で報奨金と依頼達成のお金を受け取り、武具屋の場所を聞く。場所はギルドからさほど遠くなく、ありがちな偏屈な頑固おやじ系の店主でもないようなのである。


 ギルドの前の大通りを歩き、少し先の路地に入る。ここは職人街とでもいうのだろうか、様々な工房が並んでいる。恐らく武具の販売と修理、オーダーも受けられるようなところなのだろう。


『お、ここだな』


 ギルド御用達とプレートのついた簡素な外観の工房に入る。中は外観同様スッキリしており、質の高い武具が揃っているように思われるが……魔剣の類はなさそうである。


『魔力を必要とする武具は魔道具屋だろうな。普通の武器屋には扱えないからな』


 魔力のない職人には扱うことすらできないのが魔剣の類であるからその通りではあるのだろう。


「こんにちはお嬢さん。今日はどんなご用件ですか?」


 30代後半と思わしき細マッチョな店員が声を掛けてくる。一見さんお断りとでも言われるかと思ったが、意外と親切な対応である。


「驚いたのかい? 冒険者ギルド御用達ってのは護衛される側の武具も用意するからね。荒くれものばかりを相手にするような店構えでは成り立たないというわけさ」


 なるほどと思いつつ、彼女は用件を切り出した。一つは護身用の短剣を購入したいこと。そして、その短剣の鞘を持参した魔狼の皮で作成したいことである。


「魔狼……お嬢さんのものなのかな」

「ええ。わけあって譲ってもらったものなのです。鞘とお揃いの外套の内張も作りたいのですが」

「ああ、冬用の内張だね。良いものができると思うよ。それと、ブーツのインナーもできると思うよ。大きいからね」

「そうですか。それはありがたいです」


 インナーブーツを長めに作りそれを折り返してブートのアクセントにする。今年の冬は暖かく可愛らしいものになるんじゃないかと彼女は思い始めた。


「お嬢さんにお奨めの短剣は……この辺りになるかな。剣術や護身術は学んでいるのかな」

「ええ、子供の頃から。それに、素材採取の為に森に入ることもあるので、それなりに使えますの」


 と、ギルドであいさつした時のように、ご令嬢らしいスマイルで店員に答えるのであった。


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