第一部 十三歳

第一幕『代官の娘』

第001話-1 彼女はフェアリーと呼ばれる

 冒険者ギルドの受付。いつもであれば買取カウンターにやってくる黒目黒髪の少女。彼女は子爵家令嬢であり、魔力を有する錬金術師でもある。とはいえ、錬金術師として正式に教育を受けた存在ではなく、彼女の相棒である古の魔術師の魂を宿した短剣から学んだのだ。


 彼女の魔力は優れており、それは短剣の魔術師も認めている存在だ。そして、めんどくさいのでこれからは『魔剣』と称した場合、彼のことを示すものだと思ってもらいたい。


 この世界には薬師の作る『薬』と錬金術師の作る『ポーション』が存在する。薬は薬効のある植物・動物・鉱物や薬品を調合し、服用または塗布することで効果を発揮するもので、作成するために魔力を必要とする事は無い。


 対してポーションは同様の素材を用いることもあるが、魔力を用いて成分を抽出し、更に魔力を加えることで添加剤のような効用をもたらすので、単純な薬よりも同じ量の素材で高い効果を得ることができる。


 当然薬は相対的に(あくまで相対的にだ)安価であり、魔力を必要とするポーションは高価だ。それは効果の問題だけではなく、魔力を有する者が一般的に貴族階級が大多数であり、少数の平民階級のものも元貴族か、貴族の庶子や認知されない子供であるのが大多数なのである。


 魔力を有する子供は貴族の庇護のもと、その家の勢力を高めるために有用であることから魔術学校に通うことや王国の官吏として、もしくは領地を差配する家令や騎士団幹部となることが多い。故に、魔力持ちが冒険者に協力することは珍しく、相応の対価を必要とするのである。


 また、そういった囲い込みに漏れる程度の魔力しか持たないものでも薬師より強力な回復薬を作成できることから、冒険者ギルドは街の錬金術師に対して平身低頭でポーションを納めてもらっている。


 冒険者は魔物や野盗から依頼人や自分たちを守る仕事を受けることがあり、また、魔物討伐も大切な依頼の一つである。その為、少量で大きな効果のある回復薬を必要とするところは街の住人の比ではないのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 半年ほど前に現れた黒目黒髪の少女。まだ10歳を少し過ぎたくらいの女性らしい変化の乏しい外見ではあるものの、人形と見間違うほどの美しさをもつ少女であった。


「回復薬のポーションを売りたいのですが……」


 買取の受付で遠慮がちに声を掛ける少女に、鑑定能力のある元ベテラン冒険者は怖がらせないように、できるだけ丁寧に答えることにした。


「嬢ちゃん、お使いかい?」


 質素ではあるものの少しもくたびれていないワンピースを綺麗に着こなした少女は、貧困層でもなく流民でもないのであろう。表情こそ乏しいものの育ちの良さを感じる。恐らくは……それほど高くない位階の貴族の娘かその侍女であろう。珍しい話ではない。


「買い取りって事でいいのか。査定するから、そこで座って待っててくれ」

「お願いします」


 護身用であろうか小振りなダガーを腰に吊るした少女は、軽く頭を下げると、待合の椅子に座る。冒険者の依頼受付のカウンターの方から、少女にチラチラと視線が注がれる。声を掛けたり、腕でも掴めば別だが、見る程度で咎めることはできない。とはいえ、男性に、まして冒険者というあまり良い身分とは言えない者たちに視線を寄せられるのはけして良い気持にはならないだろう。


 ポーションの買取依頼は、金銭的に困った貴族が換金が容易で市井に出回ることの少ないそれを、最も査定の高い冒険者ギルドに売りに来ることが多いので慣れたものなのである。


 とはいうものの、高価であり余程のことがない限り下位貴族では使用をためらわれる(本来は国王の命で出征するときに携行するための装備の一つである)ポーションは古いものが多く、保管状態にもよるが錬金術師の納めるものより効果が劣るものが多い。


 今回もそんなものだと考えていたのだが……


「なんだこりゃ。初級のポーションなのに……回復力がおかしいぞ……」


 買取担当は自分の鑑定がまちがったのかと考え、2度3度確認する。それでも確かな数値を示している。本来の基準の5割増しの回復力を有するポーション。少々でたらめな能力なのだ。


 査定に時間がかかり、待っている少女の表情が不安げになる。


「あ、あの……もし買い取れないなら、結構です」

「……いや、是非買い取らせてもらいたい。だけどな……」


 買取担当は正直に話すことにした。市井の魔道具屋か錬金術関係の販売店に持ち込む方が高く売れるだろうと。


「いいえ、私は冒険者ギルドに買い取ってもらいたいのです」

「なんでだい。効果が高くても定額でしか買い取れないぞ」

「一番必要としている方に、お渡しできるから持ち込んだのです。お金の問題ではありません」


 冒険者はならず者と同一視するものもいる存在だ。確かに、冒険者の中には依頼をまともに受けず誤魔化したり、依頼人を放り出して逃げ出す者もいる。そうしたものが冒険者を廃業し、犯罪者となることも多い。


 一方、わずかな依頼金で自分を厭わずに真っ当に依頼をこなした上で命を落とす者もいる。彼女の言う「必要としている方」というのは、そういう冒険者のことを意味しているのだろう。


「そうか、ありがとう。君の想いが伝わる者に渡ることを約束する。では、この金額で良ければ買い取らせてくれ」


 金額も確認せず、彼女は署名をし幾ばくかの金を手に入れることになった。彼女は「もう少し買い取ってもらえますか?」と聞いてきたので、買取担当は「いくらでも買うから、いつでも何本でも持ってきて欲しい」と答えたのである。





 そして、王都の幾つかある冒険者ギルドの中、とある支部で「妖精の粉」の入った回復薬のポーションが販売されていると噂がたつのはしばらくしてからのことであった。


 彼女の想いは真実だが、実際はその半分だけである。残りの半分は、そのポーションが消費されないと買取価格が維持できないからという面もあった。ギルド以外であれば、ポーションはある意味高級洋酒の様な贈答品扱いであり、消費されるのは特別な時=魔物の暴走に対応する場合や戦争に貴族が出征する場合に購入されるのである。


 つまり、売れば売るほど歩留まりが増え価格が下がるので、1本だけ高く買ってもらっても在庫がはけなければ確実に売り場所が制限されて、価格も下がることになるのである。ギルドならそれはありえない。


 月に2回ほど彼女は数本のポーションを持ってギルドに現れる。そして、同じ価格で買い取りをお願いし、それを手にした冒険者たちは「御守」代わりに喜んで購入するのだ。


「縁起物だからな」

「おうさ、フェアリーが作ったポーションだからな。幸運だってついてくるさ」


 黒目黒髪のほっそりした美少女である彼女が売りに来るポーションは、その容姿も相まって「フェアリー」の作った「妖精の粉」入りのポーションと呼ばれていた。


 また、瀕死の状態でも回復が速やかで、何人かが助からないと思われた状態から命を取り留めることができたこともあり、彼女が冒険者登録に現れるころには珍しさではなく、感謝と畏敬の念をもってギルドの冒険者たちは見るようになっていた。




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