第000話-2 少女は世界を変える プロローグ後編
「不思議ね。気配を感じさせないから……獣も鳥も逃げ出さないわね」
『おい、触るなよ。いくらなんでも逃げ出すからな』
練習を始めてから1か月ほどたち、彼女はすっかり魔力を体に巡らせ気配を相殺することができるようになった。とはいえ、気配を消しているだけでは隠蔽とは言えない。
じっとしていれば気配を相殺するだけで「隠蔽」することができるのだが、動けばその気配は魔力で相殺するだけでは隠蔽できないのだ。
『一つは……魔力を飛ばして気配を作り出してしまうことだな』
自分と異なる場所に魔力を飛ばし、その場所を認知させることで動きを気づかれなくするという方法だ。移動する前に魔力を残し、気配をさせるという方法もある。これが初歩的と言える。
魔力を体から抽出し形作る。恐らくそれほど長い時間魔力はまとまっていることは無いだろう。だが、数分程度はこの場でまとまりを維持することができる。
「ふうっ。では、動くわね」
魔力で作られた気配に獣たちが一斉に注目する。その間に気配を消した彼女が移動するのである。この場合、彼女自身の姿が見えていたとしても、それは魔力に気をとられて認識されない。いわゆる盲点を意識的に魔力で作り出したようなものなのだ。
「ふふ、便利ね。屋敷の中でも使えるかしら」
『ああ。ベッドの中で寝ているフリを魔力で作るなんてのは簡単だ。自分の気配を残すわけだからな。これが、赤の他人では相当な練度がいるだろうし、知り合いや家族なら比較的マネしやすいかもしれんな』
顔かたちの似ている姉なら、恐らく、自分でも容易にまねができるだろう。なんて、ちょっといたずら心をそそられる気がする。
『さて、これでお前は安全に移動できるようになった。素材採取を自分で行うことだって容易だ。街中で危険な目に会うこともなくなるだろうな』
気配がなければ魔物も犯罪者も気が付かずに通り過ぎてくれる。それなら、一人で森に入り薬草を採取することや街中での仕事だって容易に受けられるだろう。
「では、このまま薬草の材料を集めて、屋敷でポーションづくりに励みましょう」
『いや、ポーションづくりなら、火の初歩的魔術と水の初歩的魔術を覚える方がいい。抽出する場合、その二つは魔術で行える。これから旅する場合、水と火はある方が安心だからな』
魔力を鍛えながら彼女は想う。いつか家を出て、自分の力で生きていくことを。そして、自分の住む世界を変えていくことを。
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髪は肩甲骨の長さまで短くなった。そして、火と水の魔術の初歩を学ぶことができた。魔力を用い、薬草を煎じて魔力を加えながらポーションへと変化させていくのだ。
『さて、グールグルしながら魔力を注ぎ込んで……』
「なかなか大変ね。腕が疲れるわ」
本来は魔力を伝えやすい撹拌棒を使用するのだが……購入する時点で『魔力がある』ということがバレてしまうので、ダガーでかき回しているのだ。
「ふう……さて、予定の数完成したわね」
彼女の作る初級ポーションと呼ばれる回復薬は、彼女の質の良い魔力とそれを効率よく伝えるダガーのおかげで中級ポーションに近い回復力を有すると評判になっているのだ。
「さて、納品に行きましょう」
彼女は1ダースばかりのポーションをバッグに詰め、『冒険者ギルド』に向かう。目的は二つ。一つは、ポーションを納品するため。もう一つは……
「こんにちは。冒険者登録をお願いしたいのですけれど」
「はい。それでは、こちらの用紙に必要事項を記入してください」
彼女は名前を書く。それは子爵令嬢としての名前ではなく、市井で暮らす為の名前。これから彼女は冒険者としても活動を始める。最初は薬草の採取からかもしれないし、ゴブリン退治からかもしれない。
「では、魔力の有無を確認しますので、こちらの水晶に手をかざしてもらえますか」
彼女が手をかざした水晶が大きく輝き、あまりの輝きの大きさにギルド内が騒然としたり、水晶が割れたり爆発したりすることは……なかった。
「では、こちらの内容で冒険者登録をさせていただきます。簡単に冒険者の活動についてご説明させていただきますね」
いつもなら平民の着ているワンピースで訪れるはずの冒険者ギルド。それは、ポーションの納品だけだからなのだが、今日は違う。今まで売ったポーションの代金を元手に動きやすい綿の厚手の冒険者用の服に胸鎧に頭にはティアラの様な鉢金に手甲と脛当とロングブーツ。腰の袋は魔法の収納。いっぱしの駆け出し冒険者の姿である。
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これは、のちに『竪琴の聖母』と呼ばれる高位冒険者となる『彼女』の始まりの物語―――
登場人物
『彼女』:主人公の子爵家令嬢・次女。黒目黒髪の美少女。13歳
『魔剣』:子爵家の書庫で見つかったインテリジェンスウエポン。古の魔術師の魂の依代
『姉』 :子爵家令嬢・長女。16歳。侯爵・辺境伯のとの婚約を目指している。
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