【祝七百話☆】『妖精騎士の物語』 少女は世界を変える【まだまだ続く】
ペルスネージュ
プロローグ
第000話-1 少女は世界を変える プロローグ前編
――― 彼女は世界を変えたいと願っていた ―――
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彼女はとある国の子爵家の娘だった。黒目黒髪の姿かたちの整った娘であり、まるで人形のようだと言われることもあった。
けれど彼女は知っていた。その陰で、愛想がない、可愛げがないと自らが貶められていることを。
彼女には姉がいた。三つ年上で、彼女と同じく、黒目黒髪の整った姿の娘であり、その姿は人形のようであると称されてもおかしくなかったが、その笑顔やチャーミングな雰囲気は人形と称すことはできないほど魅力的であった。
姉は社交界で注目される存在であり、子爵家という下位貴族の娘としては不相応な高位貴族の子息たちの好意を得ていた。とはいうものの、彼女の両親、特に母親は彼女に貴族の娘としての社交的魅力だけではなく、領地の経営や子爵家が得意とする治水土木の技術に関しても学ばせていた。
彼女は侯爵家もしくは辺境伯クラスの次男以下を婿に取り、自らが子爵家の実権を握りつつ、婿の実家の支族として勢力を扶植することを考えていた。本家に後継がいなくなれば、彼女の生んだ息子が養子に入ることも可能であるかもしれない。そうやって、子爵家が辺境伯か侯爵家を手中に収めることを考えていた。
姉が名実ともに子爵家の後継である反面、彼女は姉を支えるため、裕福な商業系新興貴族の男爵家か大商会の家に正妻として嫁ぎ、経済的に子爵家を支えることが望まれていた。
それ故、彼女は姉とは少々異なり、社交界にはあまり出ることなく、外国語や商業簿記、商会の経営について必要な知識を学ぶことになった。
また、高位貴族は国を守るために各領地で騎士や兵士を抱えており、魔法を用いる能力を持っている。姉は、小さいころから魔法を用いる力を身につけるため家庭教師である魔術師から教育を受けてきた。
彼女は商人か領地をさほど持たない裕福な商業系貴族に嫁ぐことを前提として教育されていたため、魔法の訓練を受ける事は無かった。その代わり、護身術、馬術、そして楽器の演奏などを習うことになった。
彼女は姉のようになりたかった。皆に褒められ、たくさんの人に愛され、母に期待されそれに応えたかった。けれど、彼女に期待されたのは、親が認める裕福な嫁ぎ先で大過なく過ごせるようになることであり、その間、自由にしていいと言われていた。
社交界に出ることなく、平民の形をして王都で買い物をしたり、近隣の街まで侍女を連れて旅行をすることも許されていた。姉はより貴族らしく、彼女は貴族としての矜持を持ちながら、平民の生活にもなじめるようにと教育されていた。
「……今日は書庫で一日過ごしましょうか」
彼女の先祖の集めた本が子爵家の書庫に沢山あった。彼女は錬金術や薬師に関する本を読み進めていた。なぜなら、王族や高位の貴族であれば教会の聖職者による回復魔法を受けることであっという間に怪我を回復させ病を癒すことができるのだが、それはごく限られた人たちに与えられる治療であり、一般には錬金術か薬師の作る回復薬を用いて治すことが下位貴族以下では当たり前のことであったからだ。
彼女の中には、親の言いなりのまま嫁ぎ、家の為に役立つという事以外にも計画らしきものがあった。それは、貴族の娘であることを隠し、平民として暮らす事であった。家の道具になりたくないと思った時、選べる自分でありたかった。
薬師の需要は高く、特に王都を離れ辺境に近づくほど必要とされた。何故なら、薬師が少なく、回復薬を必要とする存在が増えるからである。
「……今日はこれかしら……」
毒消しや解熱剤といった常備薬の様なものを作るのは、子爵家でも重宝されており、素材の採取や加工するための道具は揃えてもらえていた。子爵家は領地らしい領地は大きくはなく、王都にある屋敷が主な住まいであり、素材の採取は王都周辺で行っていた。
今日はいよいよ体力を回復させる「ポーション」の作成をするつもりなのだ。書庫で錬金術・薬師の関係書籍を当たり、いくつか簡単そうな回復用ポーションを作成するレシピを確認する。
「これにしましょう」
1冊の古びた装丁の本をめくり、比較的効果の低い反面、素材が集めやすく簡単に作れるものを選んだつもりだ。
「ポーション……作れるかしら……」
この世界における薬とポーションの違いは……生成する際に魔力を必要とするかどうかなのだ。魔力を用いたポーションはその素材の効果を何倍にもすることができるのである。ポーション>普通の薬という式が成り立つ。薬師は魔力を用いず、錬金術師は魔力を用いてポーションを作ることができる。
しかしながら、これまで魔力について一切教育を受けていない彼女は、自分の魔力の有無はもちろんのこと、そのコントロールの仕方もわからない事ばかりなのである。姉には魔力がある、ならば自分にも……と思うのだが……
自分に魔力があるのかないのか、その魔力をどう使えばいいのか……
「私に魔力はあるのかしら……」
『あるよ』
書庫の中、人の気配のないにもかかわらず聞こえる声。彼女は割と物怖じしないのだが、これには少々驚いた。とはいえ、一人だけなのは間違いはないし、気のせいとも言えなくもない。
「不安だから、聞こえないはずの声が聞こえるのよね」
『お前には魔力がある』
「……誰……」
声の聞こえた場所は、明らかに書棚の中。それも、壁に据え付けられたのなら隠し扉という可能性もあるのだが、明らかに部屋の中央にいくつか並べられているそれなのである。
『探してるのか? ここだ。一番下の棚だ!』
彼女は背後の棚を確認し、その最下段をみてみた。並んだ本の中に1冊だけ背表紙のないものがある。そして……革の装丁がかなり傷んでいる。ゆっくりと引き出し中を広げると……そこには小振りの両刃の短剣……ダガーが嵌め込まれていた。つまり、本ではなくダガーの収納ケースを本に似せて作ったものようだ。
『おう、ありがとな』
「……ダガーから声が聞こえる……」
『いや、これは音ではないぞ。お前の頭の中に直接話しかけている。念話だ』
念話……考えを直接頭の中に伝える魔術師の技術の一つだと聞いている。つまり、このダガーは魔術師の道具なのだろうか。
「あなたは魔術師の道具なのかしら」
『いや、俺は自分が死ぬ間際に、魔道具に自分の魂を収める術を施したんだ。この短剣は魔術師である俺の魂の依代だな』
「……お名前は……」
『そんなことはどうでもいい』
魔術師の魂が話を進める。彼曰く、自分だけの魔力では念話は成立しないのだそうだ。つまり、魔力を有している彼女だからこそ、その考えが伝わってきたのだという。
『魔力があるから話ができる。だから、お前に魔力はあるぞ』
「……そう、私にも魔力が……」
しかし、彼女は今一度悩む。魔力があったとして、その魔力の使い方がわからない。宝の持ち腐れであるし、教わることはできないだろう。
『何なら、俺が教えてやってもいいぞ』
「そう。ならお願いしようかしら」
『対価をいただこうか』
ただでは難しい。なら、何を差し出せばいいのだろうか。思わず体が強張る。両腕で体を庇うようにする。
『……そうだな、お前の髪をひと房もらおうか』
「……わかったわ」
彼女の頭が軽くなる。腰まであった髪が背中の中ほどまでの長さになる。髪を切るつもりであったので丁度良い気がする。
『なかなかのものだな。魔力の質も悪くない』
彼曰く、女性の髪には多くの魔力が集まる。その魔力を吸収することで自らの魔力を高めることができるのだという。そして、吸収した彼女の魔力がとても質が良いというのである。
「では、教えて頂戴」
『そうだな。魔力ってのは使わないと上達しないし、持っている魔力も増えない。これは、知識とか運動能力とかと同じだ』
魔力をつかうことで、魔力量の増加と使用効率の改善がなされるので、10代であれば魔力量は伸びやすく、生涯通じて使用効率は改善される。若い頃から魔力を使い量を増やしたのち、継続した修養で効率を改善し続けるのが魔力を高める一般的な方法だというのだ。
この辺りは、武術やその他の行為全般にも共通することだろう。
『では、お前に最初に教える魔術の使い方は……「隠蔽」だ』
「……『隠蔽』……」
『そうだ。自分自身の気配を魔力を用いて遮断する。これは、重要なスキルだ』
魔術というと、火を起こしたり、水を湧かしたりというのを知っているのだが、『隠蔽』を最初に覚える……どういう意味なのか彼女にはわからなかった。
『お前は魔力を用いて様々なことをするとしよう。それが、気配を隠蔽せずに行えば、お前が魔力を持ち魔力をつかえるということを誰もが知ることになる。……それでいいのか?』
そうなのだ。彼女は魔力を持っているかどうかわからず、使い方も教わっていないはずなのだ。なのに、魔力を使っているのが家族に知られれば今の平穏な生活が妨げられるだろう。
「では、魔力の隠蔽から教えて頂戴」
『慌てるな。隠す前に、自分の魔力を認識して、それを体に巡らせて、周りと同化する。気配を魔力で相殺するところから始めるぞ』
こうして、彼女はダガーの魔術師と魔力を使う訓練を始めるのであった。
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