Syber-Fantasy:第18話
「彼、賢そうだったからどう云う人かなと思って。 頭の良いヤツは取り敢えず警戒するようにしてるんだ」
駅のプラットホームに女学生の後ろ姿が溶け込んでゆくのを眺めていると、閉じる電車の扉に視界を遮られ、扉の窓に反射する電車内に残されたもう一人の女学生が視界に入ってくる。
連飛の口にした「頭の良いヤツ」と云うフレーズが頭を過ぎる。
警察とDrゴンの話をした所為だろうか、今電車を降りて行った女学生の二の腕の絆創膏がゴンニストの象徴のそれなのではないだろうか等と思ってしまう。
真っ直ぐに揃えられた前髪の奥にも、額に絆創膏が貼ってあってもおかしくはない。
規制されて取締り対象になっても尚も、なぜゴンニスト達はDrゴンの真似をするのだろうか?
失踪した頭の良い人達も、特設ラボに収容された人達も、どうしてその格好に拘るのだろう?
聞き慣れない云い回しでの会話だったから内容があまり頭に残っていないけど、今電車を降りて行った方の女学生は光学を専攻しているような事を云っていたのを思い出した。
とすると彼女達の話していた「彼の人」とはやはりDrゴンの事なのではないだろうか?
彼女達がDrゴンの話をしていると云う前提で今までの会話をもう一度最初から聞いてみたいと思ったが既に会話の内容など半分くらい消えてしまって思い出せない。
何か山登りのような話をしていたが、それもDrゴンの話だと知って聞いたなら何を例えていたのか理解出来たかもしれない。
あたしはもう一度電車内の座席に座る残された方の女学生に直接視線を移して、二人の会話の欠片を思い出してみようとする。
さっきまでは背筋を伸ばして正面の窓ガラスに映るもう一人の女学生を姿勢良く見詰めていた彼女は、今はやや俯き加減に下を向いていて顔に掛かった髪の毛で口元しか見えなくなっている。
「貴女があちらへ突然行ってしまうのではないかと不安になったことがありましてよ」
彼女がそんな事を云っていたのを思い出した。
あちらって何処だ?失踪した頭の良い人達と同じ場所なのだろうか?
だとするとこの女学生達は失踪した頭脳達の消えた先を知っているのか?
もしかして、連飛を想起させるゴンニスト達の額と二の腕に手当ての跡を装うコスチュームと失踪との間に何か深い因果関係があるのかも知れない。
おそらくそれは、あのDrゴンの難解な演説を理解しない限りは繋がらないのだろう。
ゴンニスト達は実際にはIDチップを摘出している訳ではないので、ファッション的な表現に過ぎないとしか思っていなかった。
大方ゴンニスト同士でお互いの額と二の腕を認識し合って仲間意識を強めたりする程度のものだと思っていたけど、もしかしたら何らかの意思表示だったりするのではないだろうか?
例えば今女学生達が話していた「あちら」へ行く、もしくは行きたい等の意思表示。
誰に対しての意思表示だろう?
「あちら」へ行くなら特にゴンニスト同士の間で意思表示などをする必要性は感じられない。
ちょっとした自慢のようなものだろうか?
そんな格好をして警察の取り調べを受けたり捕まってしまったなら元も子もない。
そんな余計なリスクを背負ってる暇があったならさっさと「あちら」へ行ってしまうのが自然だ。
もしかして彼女達の云っている「あちら」へは、自分の力では行くことが出来ないのかもしれない。
その格好をすることで誰かに迎えに来て欲しいとアピールしているのではないだろうか?
Drゴンか、連飛か、もっと他の何者か分からないけど「あちら」へ連れて行って欲しいと云う意思表示なのかも知れない。
Drゴンの演説を聞いた者がその格好をするのだから意思表示をしている相手はDrゴンなのだろう。
警察の話だとDrゴンはIDチップを複製するくらいはお手の物らしいから、当然人のIDチップを摘出することも簡単に出来るのだろう。
タイムマシンとやらで同時に北極と南極にからくりを仕込める術があるとしたら、自分の見込んだ頭脳達のIDチップを瞬時に摘出して「あちら」、つまりDrゴンのヤサに召還することだって出来るのかも知れない。
すべては憶測に過ぎないのだけれど、気持ち悪い程あたしの想像の中で辻褄が合ってゆく。
「貴女ほど熱心ではありませんが、私も観てますわよ」
俯いている彼女を眺めながら想像を巡らせていたら、彼女が口にした「私も観てますわよ」と云う台詞が思い起こされた。
話の前後関係や文脈までは思い出せないけど、二人は共通の何かを観ている。
それがDrゴンの演説だと仮定してみると、これまたすんなりと話の流れに当てはまってしまう。
二人ともが同じDrゴンの演説の配信を各々観て話の内容を理解しているとして、あちらへ突然行ってしまう可能性があるのは電車を降りた方の絆創膏を貼っていた女学生だけらしい。
やはりあの絆創膏と「あちら」になんかしらの関係性があって繋がっているとしか思えない。
もしも額と二の腕の手当ての跡がDrゴン宛の「あちら」へ連れて行って欲しいと云う意思表示であるならば、摘発されたゴンニスト達や特設ラボに収容された頭脳達の取り調べ等でその目的は明かになっている筈だ。
次にあの警察に会って話をする時に確めようと思えば確められると思う。
あたしの降りるネオサバーブの駅に電車が到着すると云うアナウンスが電車内に流れ、電車は静かに速度を落とし始める。
あたしが眺めていた女学生は頭を上げると電車内の電光掲示板を見上げて次の到着駅を確認するとすくっと立ち上がった。
あたしは慌てて目を反らし、扉に向き直って電車を降りる体制で電車が停まるのを待つ。
女学生もあたしの後ろに立ち、降りる準備をしているのが気配と窓ガラスの反射越しに分かった。
程無くして電車は駅に停車し扉が開く。
あたしは改札へと登るエスカレーターに乗り、いつものように急いでいる人が追い抜けるように端に身を避けて手摺に寄り掛かる。
後を歩いていた例の女学生があたしの脇を歩きながら追い抜いて行く。
追い抜き様に彼女が髪を掻き上げた瞬間、無意識にあたしは彼女の額に絆創膏が貼ってないか確認した。
袖のある服を着ていたので二の腕は見えなかったけど、額には絆創膏もガーゼも包帯もなく、彼女の方はゴンニストのコスチュームではないのを確認する。
エスカレーターを登り詰めると改札が見えてきたが、既に女学生の姿はなかった。
改札を抜けて駅を出ると、いつもの見慣れた風景が目の前に広がっている。
あたしの指定されているホスピットのある建物も駅前にあり、あたしはその建物に向かって歩きだす。
深夜過ぎだと云うのに駅前は昼間のように明るく、こんな住宅都市でも人が歩き回っている。
「お姐ってさぁ・・・」
マスターの店のバックルームで、いつもの様に5~6人でマリファナを回している時だった。
あたしは既にブリブリにキマってしまっていて微動だにせずに宙を眺めていた。
身体が石の様に固まってしまって動かないのとは裏腹に頭の中が物凄い速さで回転している状態を「ストーン」と呼んでいた。
頭の中が高速回転しているとは云っても決して冴えている訳ではなく、物凄い勢いで脱線を繰り返して次から次へと矢継ぎ早に思考が巡り数秒前に考えていた事が思い出せない程の速さで脳ミソが振り回されてしまう。
そんな時に話し掛けられると一瞬、まるで寝起きで状況判断の出来ない時のような軽いパニック状態に陥る。
「お姐ってさぁ・・・」
同じ台詞で2度目に話し掛けられた時点であたしは自分がマスターの店のバックルームにいて、いつもの仲間達とマリファナを廻していた事を思い出した。
声の主は、大男の同僚だったか友達だったか詳しくは覚えていないけど、この店に大男と連るんでよく来ていた顔馴染みだった。
バックルームにある長椅子に座り眩しそうな表情をしながら笑っていたので彼も大分マリファナにキマっている事が伺えた。
彼の隣には赤毛の女性が彼に持たれ掛かるように座っていて、彼の内腿に手を置いていたのが気になった。
あたしと目が合うと彼は続けた。
「どんなタイプの男が好みなのさ」
勤め先の会社の宴会でも何度となく尋ねられるこの質問に馴れてはいたが、あまり話題として好きな話ではなかった。
あたしは恋愛経験も浅く、ひどく手痛い目に遇ったわけではないが逆に胸を張って処女だと云える程の純潔でもない。
男性が女性に好みのタイプを尋ねる時、そこから男性遍歴を聞き出し百々の詰まりは処女なのか経験済みなのかに興味が向いていることくらいは心得ていた。
ストーンになっていた所為で考え過ぎていたのかも知れないけど愛だの恋だのの話にうんざりしていたあたしは直感的に「処女なの?」と尋ねられたかの様にしか受け止められなかった。
間髪入れずに隣の赤毛の女性が口を挟んで合いの手を入れた。
「ナイス!いい質問だね!」
マスターや大男もあたしの方に向き直りその場にいた全員の視線を浴びてあたしは戸惑った。
「十代の頃にね、なんとなく流れで付き合ったクラスメイトがいたわ」
赤毛の女性が乗り出して頷くのと、マスターがキョトンとした表情に顔色を変えるのとが同時に感じ取れた。
マリファナにキマっている者同士の会話が支離滅裂になるのはいつもの事だし、そんな事には慣れっこで噛み合わないまま会話が進むのもここでは珍しい事ではない。
男性の好みを尋ねられたのにいきなりその先の答えを喋り出してしまった事に対してではなく、たぶんマスターはあたしが自分の話を始めた事に驚いたのだろう。
「特別に好きとかトキメキみたいな感情は最後まで湧かなかったけど、嫌いではなかったわね」
普段自分の話をしないあたしが珍しく話しているからか、みんなあたしの話の腰を折らないようにと示し合わせたかの様に頷いたり短い相槌を打つだけで口を挟んでこなかった。
「彼氏彼女の関係だって周知されているってだけのオママゴトみたいな付き合いだったから、一緒に帰る時に手を繋いだり別れ際にキスしたり、たまに家に上がって戯れてみたり・・・オママゴト程度にエッチな雰囲気になったりもしたけど・・・」
キマってる勢いに任せてここまで話した時点であたしは自分の解答が質問から大分脱線してるなと気付き一旦話を止めた。
「えっと、何を訊かれてたんだっけ?」
あたしがみんなにそう尋ねるとみんな同時に笑い出した。
「お姐の話、面白いから質問なんて忘れたわ」
と赤毛の女性が話を続けるようにとあたしを促した。
「要するに、あたしはまだ男性に対してはときめいたり魅力を感じて夢中になったり首っ丈になったりした事がないから好みとかタイプとか、よく分からないのよ」
あたしは話を締め括るつもりで男性の好みをうやむやにしたけど、みんなはまだあたしの事を見て続きを待っていた。
若干あたしの所為で場が白らけた様な気がして自分の話なんてしなければよかったと後悔した。
みんなの期待に応えなければと云う焦りから、あたしは別の話をし始めた。「入社して暫くの間、仲良くしてた同期の仔が居てね、最近は疎遠になっちゃったんたけど・・・」
マスターがまた新しいジョイントに火を点けてそれを大男に手渡したのが見えた。
ジョイントを回しながらもマスターはあたしから目を放すことなく続きを待つ表情をしていた。
「仕事の後によく二人でそこのショッピングモールに来て遊んだりフードコートでお茶をしたりしながら色んな話をしたわ」
みんなが喰い入る様な目付きに変わり赤毛の女性は
「最初からそっちの話をしなよ!」
と云って笑った。
「よく喋る仔でね、いつもあたしは例によって聞き役だったんだけどね」
大男もあたしの事を見たままジョイントを赤毛の女性に回した。
「なんでそうなったか覚えてないんだけど、ある日ショッピングモールの中央広場にあるベンチに二人で寄り添って座ってたのよね、珍しく無言で長い間二人で」
赤毛の女性もジョイントを口にすると思い切り吸い込んで息を止めたままそれを隣に座っている男の口に咥えさせた。
「小一時間近く黙って二人で座ってたかしら、突然あたしの指を痕が遺るくらい強く爪でつねってきたのよ!」
大男が椅子に深く座り直して頬杖をつくような姿勢で前のめりになって真剣な顔をした。
「痛かったのよ。指も勿論痛かったけど、声も出ないくらいに胸が締め付けられる様な切ない痛みが心臓の辺りに突き刺さったわ」
あたし自身何を云ってるのか不明だと自覚しながら話してるのに、キマってるみんながあたしの話を理解出来ている気がしなくて一旦話を止めようかと思ったけど、みんな興味津々と云った顔付きで理解してくれようとしてたのであたしは話を続けた。
「あたしの事を好いてくれてて、これだけあたしの事を大事に思ってるって云うのを言葉じゃなく、否、言葉以上に直接的に伝えられたような気がしたのよね」
赤毛の女性は「あーそう云うことね」と理解を示す顔で頷いた。
「その後ね、にっこりと微笑んで見せたかと思ったらいきなり耳朶を甘噛みされて、拒絶しないでくれてありがとうって云われた気がしたのよ」
マスターは腕組みをして鼻から息を吐きながら小さな唸り声をあげた。
「今まで男の気持ちはよく分からなかったけど、同性だけに彼女の気持ちは言葉じゃなくっても痛いほど伝わってきた気がして、変な話今までで一番ときめいたのが彼女とのその一件かも知れないわね」
あたしが話終えた瞬間、バックルームにどよめきが沸き上がった。
長椅子に座ってた男は椅子から落ちそうになるくらい退け反りながら
「同僚の仔って、女の子かよ!」
と大声を出して笑い、隣に座っていた赤毛の女性はむせ込んでうずくまった。
「お姐が同僚の男を『仔』って云うのには違和感を感じてはいたけど・・・」
と云うとマスターも肩を震わせて笑っていた。
あたしは長椅子に座ってた男に手を差し伸べてジョイントを回すようにと催促すると、まだ止まらない笑いを堪えながら男はあたしにジョイントを手渡した。
あたしはそのジョイントを咥えて思い切り肺いっぱいに煙を吸い込んで息を止めた。
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