Syber-Fantasy:第17話

フードコートを出るとショッピングモールの中央広場に抜ける。

5階建てのショッピングモールを下から見渡せる吹き抜けの広場には幾つかのモニュメントがあり、待ち合わせの目印にしたり、円形の広い広場で自分の位置を認識し易いようになっている。

石畳の広場の真ん中にある噴水の向こう側に駅へと続くメイン通りがあり、平日のこんな時間でも多くの人が行き来しているのが噴水越しに見えた。

広場からメイン通りに入る手前の左にある路地を入るとあたしの勤めているマスターの店があり、その先には駅の入口を通らずに直接改札口の真ん前に抜けられる通路がある。

平日の終業後にチャロとこのショッピングモールに遊びに来ていた時はいつも賑かなメイン通りを歩いていたが、週末に一人で買い物に来る時は大概この路地を通って近道をしていた。

ディデーで深夜過半休にしてもらっているのにこんな時間にショッピングモールでフラフラと遊んでいると思われたら申し訳ないと云う疚しさから、あたしは中央広場を右回りに、マスターの店のある路地からなるべく離れて駅まで行こうと歩き出す。

このショッピングモールの5階にはスポーツジムやリラクゼーションセンターがあり所謂町医者の類いも軒を連ねている。

あたしがたまに指定されるホスピットも5階にある。

満腹で動くのが億劫になってしまったあたしは、この5階のホスピットに変更出来たらいいのに等と思いながら中央広場から5階のホスピットを見上げてみる。

あたしのデータは全て政府のデータベースにあってカルテのような物もおそらく一括管理されている筈だから何処のホスピットに行っても問題はなさそうなものだが、融通の利かない御役所仕事だから交渉の余地はないのだろう。

ディデーの変更依頼届を1週間も前から要求してくる位だからホスピットの変更など出来る可能性は無さそうだ。

実際、ホスピットへ行くとスキャンをされた後、部屋の番号の刻印されたカード型のキーを無造作に渡されるだけだ。

何か予め準備をしているようには見えない。

渡されたカードの番号の部屋へ行きカード・キーで部屋に入るとスキャナーとモニタがあり、入室確認のスキャンをするとモニタに問診画面が表示され、それに応えるようになっている。

質問項目は前回のディデーからの一月の間、変わったことがなかったかを根掘り葉掘り訊かれ答えるようになっているが、あたしは毎月「前回と変わり無し」と云うボタンを押しているので久しく問診の内容はきちんとは読んでいない。

薬物使用時に一本の注射針を複数人で使用したかとか感染症の可能性はないかだとか、セックスをしたか、妊娠の可能性はあるか等々、無神経な質問が並んでいてウンザリしたのを覚えている。

問診を終えると小さなクローゼットが開き中に吊るされている検査衣に着替える。検査衣とは云っても膝丈の羽織り着でアクセサリーは勿論のこと下着まで脱がなければいけないので丸裸に布一枚と云う格好になる。

点滴中にリラックスさせる目的だと云う説明を聞かされた事があったけど、あたしは下着を着けていた方が断然落ち着くしリラックス出来る。

点滴中には手首と足首にディスポと呼ばれる電極を付けられ点滴が終わると健康状態の診断結果がモニタに表示される。

健康状態に異常があった場合は内容が印刷された紙がプリントアウトされるらしいが、あたしはそれを見たことがない。

何もプリントアウトされないと云うことは健康状態に異常無しと云うことだから、あたしはモニタの診断結果も見ていない。

リラックス等と云うのは建前で、きっとディスポを付けて心電図だか心拍数だか何かを採るのに下着も着用していない方がいいのだろう。

検査衣に着替えてカプセル型のベットに横になると、頃合いを見計らって看護婦が入ってくる。

特に会話もせずに無愛想に黙々とディスポを付け点滴の針を射し、気分が悪くなった時の為のナースコールのボタンを握らせると、カプセルの蓋を閉めて部屋から出て行く。

点滴には麻酔薬も含まれていて看護婦が出て行く頃には意識が朦朧とし、直ぐに深い眠りに陥る。

きっちりと点滴が終わる時間に目が覚めるように調整してあって、起きた瞬間からすこぶる調子がいい。

点滴が終わって目が覚めるとカプセルの蓋が勝手に開き、起き上がって自分の服に着替えたらカード・キーもそのまま部屋に置いて帰れる。

点滴を終えた後の体調の良さを思い出したら、今からネオサバーブまで行くのもあまり苦ではなく思えてきた。

中央広場を大回りに半周してメイン通りの入口に差し掛かり、ふと目を上げると自ずとマスターの店へと続く路地が視界に入る。

気の所偽だろうか、人集かりと云うほどではないが普段は人通りの少ない路地に何人かの人達が立ち尽くしているように見えた。

元々あたしは野次馬根性のようなものは薄く、関係のない場所に自分から首を突っ込むような性分ではないけど、自分の勤め先のある路地なのでちょっと気になった。

気にはなったけど、あたしは足を止めることなくそのままメイン通りに入り、駅の入口へと向かう。

何か変わった事件か事故等ならきっとバイトの仔が明日にでも詳細を話してくれるだろう。

フードコートを出る前に端末に連絡がないことも確認していたし、既にマスターは店に戻っているであろう時間なので、マスターの店で何か問題があったとも思えない。

数時間前に警察と二人で並んで歩いたメイン通りを今は逆向きに駅へと向かい一人で歩いている。

警察とは特に会話もせずに、あたしはチャロと歩いていた頃のことを思い返していた。

店に入り席に着くまで一言も話をしなかったかも知れない。

けど振り返ると店に着いてからは意外にも楽しかったように思えてきた。

あの店のオーナーとも面識が出来たし大量の料理が列べられるハプニングもあったり、Drゴンや連飛の話を聞かされながら、あの警察とも少なからず打ち解けた。

「キミ・・・かぁ」

あたしのことを「ママ」と呼びたいと申し出た後、自分のことをそう呼んで欲しいと云っていた「キミ」と云う呼称を独り言のように口に出して云ってみる。

今後また、あの警察と会って話すような機会があったなら、その時には「キミ」と呼べるような気がした。

けど警察が最初に云っていたように、次に会うのが取調室だったとしたなら滑稽な取調べになりそうだ。

被疑者のあたしが取調べをしている警察を「キミ」と呼び、あの警察もあたしのことを「ママ」と呼ぶのかしら?

想像したら可笑しくなってきて、一人で歩いているのにニヤニヤと微笑んでしまう。

周りの人から変な人だと思われないように、あたしは下唇を軽く噛み笑いを堪えながら駅の入口の大きなアーケードをくぐる。

改札を通ると同時にピピッと云う音が耳に入ってくる。

タイムカード、エントランス、お店で買い物をする際のキャッシング・スキャン、そして駅の改札。

名前こそ違うが同じピピッと云う音を立ててあたしの位置情報を逐一データベースへと送信している。

全人類の行動を政府が常に把握している、とんだ未来へきたものだ。

改札を抜けてプラットホームへと降るエスカレーターに差し掛かるとあたしの乗りたい電車が扉を開いて停車しているのが見えた。

つい無意味にエスカレーターを駆け降りてその電車に飛び乗りたい衝動にかられたが、満腹のお腹が今のあたしは然して急いではいないと引き留めた。

後ろからコツコツとエスカレーターを歩いて降りて来る足音が聞こえたので、あたしはエスカレーターの端に身を避けて追い越される準備をする。

あたしの横を二人の女学生が黙々と歩きながら追い抜いて行く。

二人は焦ることなく悠々と歩きながら停車中の電車に乗り込んだ。

なんとなく、この電車の扉が閉まってあたしだけ取り残されたら惨めな気持ちになるような気がしてあたしもエスカレーターを歩きだす。エスカレーターを降りると早足でプラットホームを歩き、その電車に乗り込む。

車内には空いている席もまばらにあったがあたしはそこに座らずに扉の脇に立った。

暫く扉は閉まらずに電車は停車している。

あのままのんびりと歩いていてもこの電車に間に合ったなと思うと、プラットホームを早足で歩いた自分が格好悪く思えてくる。

そんなことを考えていると間もなく電車の扉が静かに閉まり、ゆっくりと電車が動きだす。

「貴女、進路はもうお決めになったの?」

静まり返った電車内で乗客の会話が耳に入ってくる。

「ええ、わたくしはやはり光学を学ぶために院に残るつもりですわ」

駅を出ると電車はすぐにトンネルに入り、鏡のように電車内を映す窓ガラス越しに会話をしている声を探すと、エスカレーターであたしを追い抜いて行った女学生二人が見えた。

何処の大学かは分からないがいかにもお嬢様学校に通う二人と云う雰囲気を醸し出している。

「それはやはり彼の人を追い掛けての沙汰かしら?

貴女ほど熱心ではありませんが、私も観てますわよ。

彼の人は光学と云う入口から山に入り山頂に辿り着いたと仰ってますわね。

そして別の入口から山頂に辿り着く者を求めていらっしゃるのではなくて?」

静かにトンネルを駆け抜ける電車内で囁くような二人の女学生の会話があたしの耳に流れ込んでくる。

「わたくしは身の程を弁えているつもりですのよ。

わたくしは、彼の人のお力になれる等とは思っていませんの。

ですので、せめて彼の人の足跡を辿って、何処まで追い付けるかわかりませんけど、追い掛けてみたいだけですの」

窓ガラスの反射越しに見ている所偽もあるだろうけど二人とも微動だにせず背筋を伸ばして正面を見ながら無表情で隣に座る友達と会話をしているようだ。

「貴女と首席競いが出来て私は本当に愉しかったわ。貴女が彼の人に現つを抜かしていなければきっと私は貴女には到底及ばなかったでしょうけどね」

なるほど、この二人は学年トップを競い合う学力の秀才な訳だ。この堅苦しい云い回しでの会話も頷ける。

「それは違いましてよ。わたくしは彼の人を目標に、彼の人を原動力にして勉学に励んできました故、彼の人が居なければこうして貴方とお話出来る立場にすらなってなかったでしょうね」

なんとはなしに、あたしは窓ガラスから目を反らし直接車内の座席に座る二人に目を向ける。

やはり作り物のマネキン人形のような無表情で姿勢良く正面を向いて座っている。

直接二人を見て分かったけど、二人は向かいの窓ガラスに反射するお互いを真っ直ぐに凝視し合って囁くような声で会話している。

あたしに見られていると気付かれて目が合ってしまったら気まずいなと思い、あたしはまた扉の窓ガラスに視線を戻し窓ガラスの反射越しに再び二人を眺めはじめる。

「貴女、それはもしや恋かしら?」

天才肌の堅苦しい云い回しでも、やはり内容は女学生らしい。さっきから二人が口にしている「彼の人」とは、やはり同学年の秀才なのだろうか?はたまた二人の通う大学の教授かも知れない。

「ふふふ、貴方、随分とユニークな語彙をお持ちですのね」

窓ガラス越しに見る限りでは無表情のままだったけど、今「ふふふ」と笑った声から想像すると、もしかしたら少なからず笑顔を見せたのではないかと、あのまま直接顔を見続けていればよかったなと小さな後悔をした。

「残念ながらわたくしの辞書にはそのような単語は載っておりませんので測り兼ねますが、貴方がそうだと仰るのであれば、これはきっと恋と云うものなのでしょう」

この終始無表情な秀才女学生が少しでも微笑むのなら、今度はそれを見逃したくないと云う好奇心から、あたしはもう一度車内の二人を直接見ることにした。

「何度となく、貴女があちらへ突然行ってしまうのではないかと不安になったことがありましてよ。私にとっては、貴女が目標であり原動力でしたから」

やはり二人とも表情を変えることなく口だけを小さく動かしながら話している。

少し不気味にさえ感じるけど、その不気味さが頭の良さを表しているかのような魅力にも思えてくる。

「今、わたくし、貴方から恋の告白を受けまして?」

何処と無く知性的で、それでいて面白い、天才ならではの切り返しにあたしが笑みを浮かべてしまいそうになる。

立ち聞きしているのを悟られまいと笑いを堪えながら二人を見ているが、やはり二人ともピクリとも表情を変えていない。

更に何か返事をしているようだけど、次の駅に電車が到着する車内アナウンスに掻き消されて何と返したのかは聞き取れなかった。

けど二人とも無表情のままだった。

「・・・ぅろりえ」

告白をしたと云われた方の女学生が何かを告げると、告白された方の女学生が立ち上がりながら

「それではまた明日の講義の時にお会いいたしましょう、ごきげんよう」

と、相手の顔も見ずに下車するためにあたしが立っている扉へと歩いてくる。

あたしは目を反らすタイミングを逸してしまい、うっかりこちらへ向かって歩いてくる女学生をじっと眺めてしまった。

肩に触れるくらいの黒髪に目に掛かる長さで真っ直ぐに揃えられた前髪。色白の肌に意思の強そうな二重瞼の瞳。女性にモテそうなタイプだな等と一瞬頭をよぎる。

もしかしてさっきの会話は本当に恋愛的な感情の告白だったりして。

女子大学ならあながち有り得ない話でもないな。

あたしが立っている側の扉が開き、女学生はあたしと目を合わせることなくあたしの目の前を横切り駅のプラットホームへと降りてゆく。

白っぽい袖無しのシャツの上から薄手の紺色の羽織着を着ていたので透けて見えてしまった、彼女の二の腕に絆創膏が貼ってあるのを。

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