Syber-Fantasy:第15話

金属製のパイプの火皿の部分に大麻樹脂を詰めて、マスターはご満悦顔であたし達のいるテーブルに来た。

「これは仕入先のヤツが挨拶代りにと寄越したブツでさ、市場には流通してない代物なんだ」

と云いながらパイプを女の子に持たせた。

あたしは警備員の肩の傷を消毒するため、もう一度声に出して「いい?ほんとにいくわよ」と警備員に告げた。

と同時に女の子はテーブルの隅にあったライターを目敏く見つけそれを取るや否や、慣れた手付きで素早くパイプを咥えライターを横に持ち炎を火皿に充てて思い切り大麻を吸い込んだ。

その手際の良さにあたしは唖然とし、警備員は「あ」と声を漏らした。

その声に振り向いたマスターは女の子がパイプを咥えてライターを手にしているのを見て

「まあまあ、慌てるな。今吸い方を教えてやるからな」

と云いながらパイプのシャンク部分を摘まんだ。

「熱っち!」

マスターは慌ててパイプを取ろうとした手を耳たぶにあてて、驚いた顔をした。

「一口でパイプがこんなに熱くなるほど一気に吸い込むって事ぁ、あんた相当好きだね!」

とマスターが云うと女の子は口を閉じて息を停めたまま小刻みに首を縦に2~3回振るようにして頷いた。

「いい吸いっぷりだ!」

と警備員も感心しながら笑いだした。

「痛み止におまえも吸っとけよ」

とマスターが警備員に云うと女の子はパイプとライターを警備員に差し向けた。

マスターは女の子に

「どこで覚えたんだい?店じゃ売ってもらえないだろ?」

と笑いながら尋ねると女の子は溜めていた煙を一気に吐き出し

「すっげぇなぁ!こんな良いブツにゃ廻り逢った事がねぇぜ!

一口目でもうキマリ始めてるぜ」

と云い、警備員が咥えたパイプをじっと眺めた。

「ああ、店じゃ売って貰えねぇからよ、実戦で奪ってた」

あたしは意味がよく判らなくてマスターと警備員の顔を見た。二人も今一つピンと来ない顔をしていたので、通じていないのがあたしだけじゃなかったと安心した。

警備員はパイプとライターをあたしに寄越し

「ママもリラックスしないと」

と云って微笑んだ。

受け取ったパイプとライターが手に持てないくらい熱くなっていたのであたしは一旦それをテーブルに置き、冷めるのを待った。

「なぁ、お前さんよ、やたら強いけどどっかで武術でも習ってたのか?」

唐突に警備員が女の子に尋ねた。

女の子は嘲笑するような顔をして

「武術?あの型稽古とかオママゴトみてぇな組手で踊ってるアレかぁ?そんなんじゃねぇよ、全て実戦で身に付けた」

女の子は再び「実戦」と云う言葉を口にしたが、いったい何の事を云っているのだろう?

「なぁマスター、聞いてくれよ。この仔、すんげぇの!俺を合わせて警備員が4人、図体のデカイ警察官が3人、あと施設の警護みてぇなヤツが2人。鍛えられた男9人を5秒くらいでノックアウト。見事な身のこなしだったよ!」

次の大麻を仕込んでいたマスターが手を止めて振り向いた。

「大袈裟なんだよ馬鹿。ウチがやっつけたのは7人。8人目のあんたに抑え込まれて倒れたのが7秒11。警察の一人は腰抜かして勝手に部屋の隅に座り込んじまってたからな」

そう云うと女の子はあたしの前にあったパイプとライターを手に取り一口軽く吸い込んで、またあたしの前に返した。

「武術だか武道だか知らねぇけど、オママゴトで練習してる連中は構えでどう出てくるか判っちまうんだよな。

あんたみたいに腕組みして仁王立ちとかされっと、手が読めなくて参るぜ」

と悪ぶった云い方をした後、女の子は少し悔しそうな顔で俯きながら

「案の定、勝てなかったしな」

と付け加えた。

「じゃ訊くけどさ、お前さんは何の心得もなしに相手の出した手で返り討ってたのか?素手には素手、警棒やトンファーには警棒やトンファー、そしてナイフにナイフ。

しかも急所こそ外してたものの、相手が立ち上がれなくなる一撃を躊躇なく確実に撃ち込んでたよな?素人とは思えないんだけど・・・」

と警備員が訊くと女の子は真剣な顔をして「よく見てたな」と云った後、暫く目を閉じてから、ゆっくりと話始めた。

「大人はよぉ、直ぐに殴るだろ?

ウチが関係のない事でもムシャクシャすると殴ったり蹴ったりするじゃんか?

痛てぇんだよ、殴られたり蹴られたりした方は痛てぇんだよな。

痛てぇのが嫌だから、殴られない方法を考えてたんだ。そしたら見えるようになった。

相手の重心が右に傾くと左の足が飛んでくるのな。上半身を捻ってる時は手が飛んでくる。

相手の重心が軸足に乗る前に間に合えば軸足を払えば倒れるし、間に合わない時は飛んでくる手足の付け根に蹴りでも拳でも撃ち込めばウチは撃たれずに済む。

相手がモノを持ってた時は、それでウチが殴られたらどの位痛いかってのを相手に教える為に相手がウチにしようと思ったコトを先に仕返ししてるだけだよ。

大人はよぉ、ウチより体もでけぇし力もあるからよ、一発目で相手に堪えなかったら二発目はウチが喰らうコトになるだろ?だから一発目で勝負を決めなきゃ自分の身がやべぇんだよ」

完全にこっちを向いてデスクに腰掛けたマスターと目が合った。

マスターは警備員と女の子の会話を遮らないように手振りであたしに大麻を勧めた。

あたしも声に出さずに「ありがとう」と伝えようと笑顔を返した。

正直を云うと、あの時は大麻など吸ってる気分ではなかった。

「逆に訊くけどよぉ、なんであんな玩具みてぇなナイフ出したんだ?初めからナイフなんて使う気なかったんだろ?ナイフなんか出したらウチがナイフを奪って刺そうとするくらいの予想は出来てたんだろ?」

と、今度は女の子の方から警備員に質問を投げ掛けた。

「お前さんを取り抑える前に、コイツにナイフ持たせたらどんな刀回りをすんのか、見てみたくなっただけさ。

ナイフを出す時点で自分がナイフで刺される覚悟を決めるくらいの心得はあったが、ホントに刺される予定はなかった」

と、笑いながら返事をした。

「けど、よく肩でかわしたよな。ウチはもっと真ん中狙って刺しに行ったのによ」

女の子は警備員の健闘を讃えるような台詞を吐いた。

「勢いよくナイフに全体重を掛けて刺した後、お前さんえぐっただろ?シビれたねぇ、惚れたよ。久々の本物感にときめいたぜ」

と、警備員も称賛を返した。

「ま、その後はさっきウチが云った二発目で、肩と首を硬められて、そのまま二人して床にドーン。目も当てられねぇ負けっぷりだったな」

この辺りであたしはこの二人が意気投合し始めている気がしてマスターの顔を見た。

マスターは「だから、大丈夫だって云っただろ?」とでも云いたそうな顔をしてあたしに微笑んだ。

女の子は今度はマスターに話し掛け始めた。

「両手でウチの肩と首を絞めて倒れた時、コイツ何て云ったと思う?」

マスターに問い掛けた時に女の子がパイプとライターをチラッと見た気がしたのであたしはそれを女の子の傍にずらしてあげた。

マスターは掌を返して「さぁな、続けて」と云うようなジェスチャーで応えた。女の子が低い声で

「頭の中で3秒数えるんだ。ここは3階だけど、窓の下は植え込みだ。俺の脇腹に肘打ちを撃ち込んで・・・」

まで云った時点で警備員がそれを遮るように

「ちょっと待て、お前さんもしかしてそれは俺の真似をしてるツモリかい?俺はそんな云い方はしてねぇぞ?」

と云い爆笑した。

「しかも、いきなり3秒数えずにお前さん俺に肘打ち喰らわせて窓も開けずに硝子ぶち破って跳んだよな!追うの必死だったんだぞ!」

と云い、警備員は更に笑った。

女の子は素知らぬ顔をして、またパイプを咥えた。

「なるほどな、経緯は解った。まったくおまえらしいぜ。」

マスターは優しい目をして警備員に云った。

「で、これからどうするんだ?この仔を施設に送り届けて任務終了ってトコかな?」

マスターは優しい目のまま、女の子の手前か、少し含みのある云い方で警備員に尋ねた。

「本来ならそうなんだが、この仔の居る更正プログラムってトコは、云ってみりゃドン底だ、後がない。この仔を何度保護してあそこに送り返しても同じことの繰返しさ」

女の子は煙を吐きながら

「けど、それが仕事なんだろ?ウチが暴れる度に来いよ、いつか絶対に倒してやるからな!」

と警備員を挑発した後、手に持ったパイプを眺めながら

「こいつの所為で喋り過ぎてるわぁ、ウチ」

と、独り言を漏らした。

「この仔本人の意思を一番に尊重しなきゃいけないんだろうけどさ、所在地と保護者と、勤労義務さえ果たせばこの仔はあそこから出て暮らせるんだよな」

マスターは口を閉じたまま眉を上げて続きを促す顔をした。

「初めの数ヵ月は保護観察が付いて抜き打ちの監査とかあって厄介かも知れないけど、それでもあんな施設に送り返すよりはマシだと思うんだ。

一年、早ければ半年も大人しくしてりゃブラックリストから消える」

マスターはデスクに向き直って仕込みかけの次の大麻の準備を始めた。

「ウチには居場所も働く場所もねーし、保護者なんかになるような馬鹿はいねーよ」

女の子は呆れたような表情で呟いた。

「なぁ、マスター。マスターはどう思う?」

と警備員が問い掛けるとマスターは振り向きもせずに

「あぁ、おまえにそっくりだな。

観察力、判断力、瞬発力、全部備わってるのに自己卑下してみたりよ・・・」

と明かに話をはぐらかした。

「マスター、人が悪いぜそりゃ。

俺はさ、仕事柄あまり家には帰らないから、家を自由に使ってもらっても構わないと思ってる。必要なら食糧とか毎日買って帰るくらい出来るし」

警備員はまだ話を続けようとしていたが、マスターは新しい別のパイプに火を点けながら振り向き、警備員の話を遮るように

「おまえの母ちゃん、おまえが拾ってきた猫の世話をしねぇってオレにこぼしてたっけねぇ」

と云って笑った。

警備員はその大きな身体に似合わない照れ笑いをしてはにかむように

「そんなガキの頃の話を今持ち出すことねーだろ」

とマスターに云い返した。

マスターはパイプを咥えて思い切り大麻を吸い込むと暫く息を止め、煙を吐き出すと一呼吸置いてから白々しい顔をしながら

「最近物騒だからな、腕の立つ用心棒の一人でも雇おうかと考えてるんだけど、おまえ、誰かいいヤツいたら紹介してくんねーかなぁ」

と云って笑った。

あたしは大麻を口にしていなかったが真っ白に煙った部屋の中で副流煙でキマってしまったらしく、この辺りから記憶がない。

実際にはどうだったのか判らないが、マスターや警備員の話だとあたしはその後、ゲラゲラ笑いながら警備員の肩の傷を縫ったことになっている。


「失礼します」


若い女性店員の声がする。

あたしの席にやけに近いなとは思ったが、隣の席か通路を挟んだ向の席に来たのだろうと思いそのまま附せていたが今度は

「ミルクティをお持ちしました」

と云う声と共に、明かにあたしのテーブルにグラスを置く音がする。

あたしは慌てて顔を上げて

「ミルクティはもう頂いてるわ、間違いじゃないかしら」

と告げると同時に眼を疑った。

店員の脇には二段組のカートがあり上の段にも下の段にも軽食がぎっしりと乗っている。

店頭のショウケースに並べられた見本の様に、この店のメニューが全て乗っているのではないかと思う程だ。

別のテーブルに団体客でも居て、そのテーブルに向かうツイデにミルクティだけ置きに来たのだろうか?

それにしても、あたしは二杯目のミルクティなど注文していない。

「こちらはホウレン草のバター・ソテーでございます」

まさかとは思ったが店員は持ってきた料理を一つづつテーブルに並べ始める。

「こちらはフライドチキンとフライドポテトの盛り合わせです」

どう考えても、丸一日かけてもあたし一人で平らげられるような量ではない。

「こちらはハンバーグ・デミグラスソースになります」

あたしは唖然としながら店員の顔を見上げてみる。

「パスタのクリーム・トマト・オリーブオイルの三種コンボ・プレートです」

この仔は頭がおかしいのではなかろうかと、段々腹が立ってきた。

「オニオン・シーフード・フライです」

店員は一通りの料理をあたしの座っているテーブルに並べると

「それと、オーナーからの伝言です。

髪の色は茶色でした。短くなってはいましたが、色は茶色でした。

とのことです。」

と云い、今度は深々とお辞儀をしてカートを押して去ろうとする。

「ちょっと待って!」

あたしは慌てて店員を引き止めたが、状況を把握しきれずにいて何をどう話したら云いか分からない。

店員も何か云われる事くらいは覚悟していたようで「やっぱりな」と諦めたような表情で立ち止まり、振り向く。

「どう云う事なのか、説明して頂けます?」

あたしは頭に血が上っていて、もう少しキツい云い方をしそうになったが、事情が分からない不安からか、やや丁寧な言葉遣いで訊ねる。

「申し訳ありません。ご注文を頂戴して御代まで頂いてしまっているので、オーダー通りにお出しするしかなかったんです」

あたしは注文などしていないと云いかけたが、それを口に出す前にこれがあの警察の仕業だと気付く。

「それじゃ、あたしがこれを全部食べきれないくらいの予想は出来てたにも関わらず、これだけの量の料理を作って持ってきたって事ね?」

そう云えばあの警察は何処に行ったんだ?ここへ戻ってきてこれを一緒に食べるツモリでもあるのかしら?

もはや、そんな事はどうでもいい!

「それがご注文だったものですから・・・。

お客様が今日ディデーで何か精の付く物を食べさせたいのだけれど、遠慮して食べたい物を選ばないからと、当店の人気の品を一通り並べて好きなものを好きなだけ召し上がれるように用意しろとの事でした。

必ず満腹で帰すように、腹八分目などでは許さないと、お連れ様はそう仰ってました。」

あたしは頭を抱えて言葉を失う。

店員も同情顔でテーブルの脇に立ち尽くした。

「それと、これはお客様への伝言ではないのかも知れませんが、これは埋め合わせではないからなと、何度となく仰ってました。

私にはよく意味が分からなかったのですが、二度三度繰返し仰ってました」

あたしが本当に満腹になるまで食べ散らかしたとしても、相当の量の食べ物が廃棄されてしまうのは目に見えている。

「それじゃ、こうしましょ。

あたしの連れてきた客の注文通り、料理は出てきました、承りました、ありがとうございました。

ここからはあたしの注文よ。先ずは、お取皿を頂けますか?それにあたしが満腹になる分だけ自分で取り分けますから、残りは皆さんで召し上がってもらえません?」

店員は少し困った顔をしながら

「申し訳ありませんが、私達は休憩時間に賄いを食べる事になっておりまして、お店でお出しする料理は食べてはいけない決まりになってまして・・・」

と、あたしの申し出を丁重に断ってきた。

「それじゃ今この店内に居る他のお客さんに、さっき大声を上げて喚き散らしてた男からのお詫びとして配るって云うのはどうかしら?」

店員は相変わらずの困り顔で

「私の一存ではお応えし兼ねますのでオーナーにお客様のご注文をお伝えして参ります」

と云った後、少しだけ笑顔を取り戻し

「私個人としても、それが最良の案だと思います」

と付け加え、カートを押して厨房の中へ姿を消した。





□シナゴグの美香

□クリエーター

□ウィル

□スペア・コピー

□クローン・ドナー

□グロリエ

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