Syber-Fantasy:第13話
バイトの仔が働きだしてから、1週間くらいは気まずい雰囲気が流れていた。
あの警備員の御墨付きで、武術の腕は確かだと云う理由でマスターがアルバイトとして雇ったのだが、バックルームの扉を開けてバックルームの中からレジカウンターに居るあたしをじっと見ているだけだった。
この店には今まで用心棒を要するような暴れる客など来たこともないのに警備員とマスターの会話の弾みからバイト雇用してしまったのだ。
あたしはバイトの仔に対してこれと云った悪い印象はないけど話をするのが余り得意ではないからあたしからは話し掛けなくても、何かあったら何でも気兼ねなく話し掛けて欲しいと云うような旨は伝えてあった。
マスターが居る時はマスターがこれまで通り振る舞うし、バイトの仔にも声掛けをしているので多少気が楽だったが、二人きりの時は沈黙が辛かった。
「ママ」
店内で二人きりになってしまい客もいない時に約1週間の沈黙を破ってくれたのはバイトの仔の方だった。
「ウチはさ、ずっと大人は敵だと思って生きてきた」
いきなり何の話だろう?
あたしは慌てたがこのチャンスを逃してしまったらまた沈黙地獄が続く、もしかしたら今まで以上に息苦しくなってしまうだろうと思い即座に必死の笑顔で取り繕った。
「でも考えてみたらよ、ウチも歳をとって大人になるんだよな」
何か気の利いた相槌を打ちたいところだが言葉が見つからない。
けど、恐らくあたしの表情からあたしが親身に話を聞こうとしているのを察してくれたのだろう。
バイトの仔は更に話を続けた。
「マスターとかヒゲグマとか、そしてママも、敵じゃねぇ大人もいるんだなと・・・」
警備員のことをこのバイトの仔がヒゲグマと呼んでいたことはこの時初めて知ったので自然と笑ってしまった。
「ウチさ、使ったことないけどちゃんとした丁寧な言葉遣いも知ってんだ。慣れなくて照れくせぇけど、ママやマスターにだったら使ってもいいかなぁとか」
今までずっと鋭い眼付きでキツい表情だったバイトの仔が、笑顔でこそなかったが初めて見せる穏やかな顔をした。
「あのね、別に言葉遣いとか気にしなくっていいのよ?正直、初めはビックリしたけど、もう大分あたしも慣れたし、ただでさえ環境が変わって大変なのに無理しなくっていいのよ?」
あたしがそう云うとバイトの仔は眉の上に皺を寄せた。大したことを云ったツモリはなかったのに一瞬何故か涙を堪えているかのようにも見える表情をした。
「そう云うのに慣れてねぇんだよウチ。優しくされるとどうしていいか分かんなくなって気持ち悪くなっちまうんだよな。裏があんじゃねーかと疑っちまったりよ。」
あたしは今、そこまで大袈裟に云われる程優しいことを云ったツモリもなかったので面食らった。
「ママはウチに八つ当たりしたりしねーじゃん?ムカツク客にも笑顔で受け応えしてるし。ウチだったら胸ぐら掴んで2~3発喰らわせてやるようなカスみてぇな客も何人も来てたけど、ママはキレたりせずに相手してんじゃんか?
最初はママのことを、弱えぇなコイツとかだっせぇだとか思って見てたんだけどよ、気付いたんだよ、ウチには無い真の強さみてぇな?格好良ぇえなこの女みてぇな?これが大人なら、ママみてぇな大人にだったら成りてぇなと・・・」
あたしは極々当たり前の振舞いをしているだけなのに、このバイトの仔はよっぽどろくな大人と巡り逢えずにここまで来てしまったんだなと感じた。
「ウチさ、ずっとママを見てたからレジ番くらいなら出来そうな気がすんだ。
見てるより実際は難しいんだろうけどよ、ウチ、店に出てもいいかな?
マスターやママの役に立ちてぇんだよ。
他人の為になんかしてぇなんて感じは初めてなんだよ、ダメかなぁ?」
店主であるマスターにお伺いを立てずにこのバイトの仔を店に出すくらいの権限は委ねられてはいると思ったが、実際にバイトの仔がレジに入って、万が一何かあったら責任を取れる気がしなかった。
けど、このバイトの仔が初めてあたしの前に現れた時から比べると1週間とは思えないくらいの更正っぷりだ!
「なんだか物凄く良い事を聞いてしまった気がするわ。今のを、マスターにも聞かせてあげたかったなぁ。あたしが独り占めしちゃったら勿体無い台詞ね。
マスターも絶対に喜ぶわよ。」
と前置きをした後、あたしはバイトの仔をレジカウンターに呼び寄せ、
「いきなり接客なんてしなくていいわ。
最初のうちはレジストアとかスキャナーとか細々した説明をしながらあたしがやって見せるから、隣に立ってお客の買った物を袋に入れたりするのを手伝ってもらえるかしら?
それだけでも充分に助かるし」
と云った。
バイトの仔は初めて見せる嬉しそうな顔をした。
切れ長で細い吊り眼で、元々顔立ちはキツい造りだけど、こんなあどけない表情も見せるんだと、内心少し驚きつつも安心した。
「あと、ルールが1つ増えるけど、いいかしら?」
マスターがこのバイトの仔を雇う話をする際に、バイトの仔に解りやすく責任や義務と権利の話をしていた。
その時に使っていた言葉が「ルール」だった。
ルールは縛り付ける為にあるのではなく、バイトの仔が自由になれるための約束なんだと、この店のルールを守っている限りこの店の中では自由なんだと、社会をこのお店に準えて喩えたかのような解り易い説明をしていた。
「お客にどんなにムカついても、胸ぐら掴んで殴るのは反則ね」
バイトの仔は歯並びの悪い大きな前歯を剥き出して初めてあたしに笑顔を見せて
「はい、努力してみます!」
と、丁寧な言葉で返事をした。
今、目の前にいるこの警察も、初めの心象こそ最悪だったが、何が起因してか判らないけどあたしに心を開いてくれて、本当は話したくて仕方がないクセに出し渋るような前置きをしながら目を輝かせて話をする。
あのバイトの仔と色々と重なるなと思いながらあたしは警察の話の続きを聞く。
「面白いわね。
確かに秘密を共有することで絆みたいなモノは強まるけれど、秘密は破る物だと云いながら、あたしに他言するなと口止めをするのね。
矛盾してるけど、大丈夫よ。
口が硬いと云うワケじゃなく、あたしは元々喋るのが上手じゃないから自分から聞かれもしない話を問わず語りに吹聴するようなことはまずないわ」
と、あたしが云うと警察は照れ臭そうにはにかみ笑いをしながら
「まったくだ。ママの云う通りだ。矛盾してるな。これは一本取られたな」
と云い煙草を一口思い切り吸い込んでゆっくりと吐き、煙草を灰皿の上に置くと話を続ける。
「事の始まりはDrゴンが失踪した翌日だった。ちょうど例の配信の1回目の最中だった。政府のIDシステムに突如DrゴンのIDチップ反応が確認されたんだよ」
あたしは相槌を打つ意味で
「それでDrゴンの居場所は突き止められたワケね?」
と聞いた。
「それがだな、北極と南極に同時に2つ現れたんだよ。当然即座に北極と南極の両方に彼を逮捕すべく政府関係者と警察とでチームを組み二手に別れてすっ飛んで行った。
私は北極の方のチームだった」
警察はここまで話すと短くなった煙草を吸い、煙を吐きながら煙草を灰皿に押し付けて火を消し、続きを話し始める。
「我々を乗せた軍用機が北極点に到達するかと云う時に、窓から赤い物が見えたんだ。
その赤い物体を目掛けて我々を乗せた軍用機は着陸した。
その赤い物体は・・・」
警察は一端話を止めて冷め始めた珈琲を軽く啜るとあたしの目をじっと見る。
まるでその赤い物体が何だったのか当てて見ろとでも云わんばかりに。
そして珈琲を置くと更に続きを話し出す。
「ふざけた話さ。北極点に赤い風船が1つ、目印のように浮いてたんだよ、紐に結ばれて。
風船に結ばれた紐の逆端には重石のように鉛の塊が括り付けられていて、粘着テープでDrゴンのIDチップが貼り付けられていたんだよ。そしてその鉛の塊には希硫酸が塗りたくられていた。
実に巧妙なからくりだ」
あたしにはそのからくりの巧妙さがよく解らなかったが、聞いて欲しいと云われて聞かされている話だけに、全部を理解する必要も感じなかったのであえて説明を求めることをしなかった。
「IDチップが人体の微弱電流を電源としてデータを記録し発信しているのは知ってるかね?だから人体から摘出されるとIDチップは直ぐに電池切れの状態になるんだ。
鉛に希硫酸を塗る事でIDチップを甦らせるのに必要な発電を行うと同時に、この即席発電機にはメッセージが籠められているんだ。
この鉛の塊にはDrゴンの指紋がビッシリと付いていた。勿論IDチップの貼り付けられていた粘着テープにもだ。
協力者などいない。これはDrゴンが自ら独りで実行した事だと云う証明でもあるんだよ」
予想はしていたが、警察はあたしが理解出来ていないのを察するかのように解説台詞を付け加えた。
「Drゴンと云う男はシニカルなユーモアの持ち主のようでな、まるで我々を嘲笑うかのように、風船には子供の落描きのような顔の絵が描かれていた。
この時点では我々は北極のIDチップがオトリでDrゴン本人は南極に居ると思ったんだ。
必ず被疑者を確保するようにと私は南極チームの部下に連絡を入れたんだが・・・」
と、眉を片方だけ吊り上げて、また珈琲を口にした。
「獲り逃がしちゃったワケね?」
と、あたしは溜め息混じりに口を挟んで警察の云い辛そうな結末を云うと、警察はそれを否定して話し始める。
「青だったんだ。南極には青い風船が北極同様、嘲笑うかのようにプカプカと浮いていた。
本人はネットワークを乗っ取って演説や実験を配信しながら、時を同じくして2ヶ所に、しかも地球の両極端に自分のIDチップを設置。どちらも時限装置のような仕組みのない単純な発電機で、我々は困惑した」
さっきのタイムマシーンの話よりは警察本人の実体験だけに幾分か信憑性はあるが、やはり鵜呑みにはし辛い。
あたしは話の腰を折らないよう警察の目を見たままミルクティを口に運びながら続きを待つ。
「DrゴンのダミーIDチップはその後もひっきりなしに現れた。
走行中の電車の車輪や電波搭の天辺、摩擦や遠心力で極微量の電気が発電出来る場所に様々な簡単な仕掛けでIDチップが仕込まれていた。そして、落描きのような顔の絵もだ。
我々はそのダミーIDチップの出現する時間や場所などに何かしらの規則性があるのではないかと政府内の様々な分野の専門家を交えて検討したんだ。
Drゴン一人に政府や警察が振り回されている失態が世に広まってしまっては体裁が悪い。
政府内でも一部の人間と信用の出来る専門家、警察内でも私の部署の数名しかこの件に関しては係わっていなかった。
ところが、そんな最中に決め手となる事件が起こった。
政府のIDシステムから政府官邸内でIDチップが確認されたんだ。
警備隊30名が建物を包囲する中、我々は官邸内に入った。
Drゴン本人が居ないコトはこれまでの経緯から判ってはいたが、事が大きくなってしまったので我々はDrゴンを逮捕する態勢で侵入する芝居をした。
ダミーIDチップがどこから出てきたと思うかね?
政府重役が着けていた腕時計の裏だったんだよ。文字盤に貼り付けられていたのではなく、一端時計を外さなければ挟み込むことの出来ない時計と手首の間にIDチップが貼り付けられていて、律儀に時計のベルトに例の落描きもされていた。」
Drゴンが未だ逮捕されていないのに「決め手となる事件」と云うことは、警察や政府ではお手上げだと云う敗退確定のような事件となったと云うことなのだろう。
それにしても時計の裏側と云うのはにわかに信じ硬い。
「その政府のお偉いさんは自分の身に何が起こったのか理解出来ずに取り乱しておったよ。誰か説明をしろと怒鳴り散らしながら暴れだした。
チームの政府関係者も何も云うことが出来ずに立ち尽くしていた。下手な話をしたら自分の立場すら危ぶまれる境地に立たされ、瞬時に音も立てずにその場でチームは解散した。
私は出来る限り機転を利かせて作り話をし、チームを組んでいた政府関係者達を庇い、全ては警察側の不手際だと責任を被った。
水面下で質の悪いゴンニスト達の間でDrゴンのダミーIDチップを作って度胸試しのようにそれを危険な場所に仕込むのが流行っている等とありもしない話を出して、警察の取締りが及んでいないとそのお偉いさんに頭を下げて謝罪した。
陶器の立派な灰皿が飛んできたよ。私の肩をかすめて後の壁に当たり大きな音を立てて砕け散った。
だが、おかげでチームを組んでいた政府関係者には大きな貸しが出来た。今でも色々と良く取り計らってもらってる」
Drゴンを逮捕出来ない言い訳の作り話のようにも聞こえるが、警察は真剣な顔で話しているので、冗談半分であたしをからかっている訳ではないと感じた。
「まぁなんだ、貸し借りの話だけではなく、政府上層部にも内緒の超極秘調査の中で、あれだけ有り得ない出来事をまざまざと見せ付けられた仲だ。チームは解散してDrゴンのID登録も末梢され、全てはなかった事にはなったが、今でもチームを組んだ政府の連中とはよろしくやってるよ。
連飛を追っているなら助けになるだろうと特設ラボにも自由に出入り出来るようにしてもらってる。」
なるほど、ここまで話を聞いて一周して特設ラボに戻るわけだ。
とするとタイムマシーンの話は本当か、少なくとも警察は本気で信じて話していたのだなと把握する。
■Drゴン
□シナゴグの美香
□クリエーター
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