Syber-Fantasy:第12話
巷で連飛の話題になると決まって名前の挙がる人物がいる。
Drゴンと名乗る変わり者で、あたしはまるで彼に興味も関心もないがそんなあたしでさえ彼の素性は把握している。
彼は学問の最高峰と云われているセントラル・グノス大学を十代半ばと云う若さで首席で卒業し、そのまま政府直属の研究所に入り研究室長を務めていたと云われている。
研究内容は当然極秘なわけだが、彼の専攻が光学だった事などを取り沙汰して物見高い様々な臆測が噂されていた。
政府直属の研究室に囲われていた彼が世間に周知されたのは彼が一級指名手配犯になりIDと顔写真が公開された翌日の日中だった。
指名手配となった理由も詳細までは明かされてはいないが、とにかく政府のトップシークレットを握ったまま研究室を跳び出し行方不明となったと報じられた。
政府の息の掛かった報道機関は余りにもデリケートな案件なので目撃者等の情報提供の呼び掛けをするに止どまったが、下世話な一般報道陣はあれやこれやと好き勝手な想像と臆測で、在ること無いこと配信した。
「研究室に缶詰めにされて気が触れて逃げ出したのだから今頃はもう生きていないだろう」などと自殺説を唱える者もいれば、「政府の中枢部に出入り出来た人物だ、自分のIDを改竄してデータ上の抹消をしただけで実は未だ研究室内にいるのではないだろうか」等、その日は明け方まで彼の話題で持ちきりだった。
その後一般の人類が寝静まった正午過ぎ、彼は人類に向けてその姿を現したのだ。
人類トップレベルの頭脳を持つ彼は政府が牛耳っているネットワーク回線に割り込み、地球上の総ての端末のモニターを乗っ取りメッセージを配信したのだ。
彼の演説は人類が目を覚まし始める夕方まで数時間にも及んだ。
そして彼の配信は翌日も翌々日も続き、今だに寝付けない昼間にモニターを点けっ放しにしていると正午過ぎから彼の配信が回線に割り込んできてモニターに彼の姿が映し出される。
以前勤めていた会社でも、日中眠れずに昼を徹してしまった夕方など、出勤時に「昨日はDrゴンを最後まで観てしまったよ」等と一睡もしていないことを意味する慣用句のように彼の名前を使っていた。
あたしも何度となく夕方までモニターを点けっ放しにして、なんとはなしに彼の演説を最後まで部屋で流していたことがある。
青く染められたクセのある髪の毛と普段着の上から羽織った白衣が彼のトレードマークで、眉間にはガーゼが貼り付けられていたり包帯を鉢巻きの様に巻いていたりしている。そして左の二の腕には腕章のように白衣の袖の上からこれ見よがしに包帯が巻き付けられている。
IDチップを摘出したと云うジェスチャーなのか、自分が連飛との組織的な関わりを持っている、もしくは自分も連飛の一員である等のシンボリックな表現なのだろう。
彼の演説の内容は、学識高いトップレベルの天才と云うだけあって、気持ちいい程さっぱり分からない。内容はおろか、彼の使う単語の7~8割が聞いたことのない単語の羅列だ。
学術的な専門用語なのか宗教的な要素のある言葉なのか学者仲間等の間でのみ取り交わされるスラングのようなものなのかまるで定かではないが、お経か呪文の様にさえ聞こえる彼の演説は言葉として理解出来ないのが逆に心地好かったりもする。
いったい誰に向けられて配信しているのか判らないが、あたしの様に全く内容を理解出来ない大多数への負い目からか、モニターの中の彼はいつも難解な演説をしながらも子供騙しのような昔から使い古されたような手品を実験の実演かの様に披露している。
金属製の機械のような箱の中に入れた時計が箱から取り出すと時間がズレているだとか、左右に蓋の付いた装置の右の蓋から入れた指輪が激しく劣化して左の蓋から出てくるとか、まるで種明かしを要さないお粗末な出し物ばかりだ。
それを理解不能な程に難しい言葉を並べて熱く熱演している様は滑稽にすら見える。
そして彼は演説を支援の呼び掛けで締め括るのだが、これまた何を誰に要請しているのか分からない。
IDを棄てたのであれば当然と云えば当然なのだが、連絡先も振込先もなんの情報もなく、ただただ支援をして欲しいとアナウンスしている。
勿論当初は大いに話題になり彼の物真似や彼の様相を真似た宴会芸等も流行り一世を風靡した。また、学者達やカルトなマニア達も次々に現れ、彼の演説を大真面目に分析したりその注解書を配信する輩も現れたが、何しろ毎日毎日数時間に及ぶ難解な演説なので、恐らく彼の話を理解し尽くすことは不可能だろう。
こうしたおふざけ連中から真剣に理解しようとしている頭の良さそうな秀才達に至るまでを当時は総称してゴンニストなどと呼んでいた。
ゴンニスト達は一様に眉間と肩に包帯を巻いていて、そのコスチュームが連飛を連想させるからか直ぐに取締りの対象となり程なくしてゴンニストを目にすることはなくなった。
然程前の話でもないが、日常生活において連飛の話題が出ること自体希で、すっかり記憶から消えていたかと思えたDrゴンの名前を想起した。
「我々は全力でその数ヵ所を虱潰しに捜索したワケなんだが、老夫婦の暮らすのどかな村の民家や人の住んでいない山奥の小屋だったり、何処も連飛との接点としては該当しないような場所だった。
回線を経由させると云う極めて単純な目眩らましで本拠地は別の場所にあるのだろう。
ただ、その数ヵ所が全て目眩らましのオトリだとは断定出来ないから監察を続けているのだが、それらの場所の中でもママの勤めているマスターの店は非常に怪しいんだ。
そもそもオトリを用意すると云うことはオトリが必要だと云うことだからな。」
それならまだマスターの店も同様にオトリでしかないと云う可能性は残っている筈だ。
恐らくマスターの潔白は簡単に証明されるのではないかとあたしは安心した。
「じゃあ、ウチの店がそのパイプラインなのかオトリの一つに過ぎないのか、可能性は半々ってことね?」
あたしは確認して安心したかったので、念を押すように訊いてみる。
しかし警察の答は期待とは裏腹に意外な返事だった。
「残念ながら、ほぼ確定だ。ママなら理解してもらえると思うが、やはり捜査の性質上、守秘しなければならん部分もあってだな・・・」
と警察は初めて言葉を詰まらせた。
「洗い浚い全部話せればどんなに説明が楽か・・・」
あたしが自ら口にした「守秘義務」と云う言葉が自分に跳ね返ってきたような気がした。
「いいわ。支障ない範囲でと云ったのはあたしの方だし、話し辛い質問をしてしまってごめんなさい」
ほぼ確定だと聞かされて溢れる程沸き上がってきた未練を抑えてあたしは潔くこの話題を打ち切る。
「すまんね。隠し事はお互いにしたくはないのだが、約束はできないが全てが解決したならその時にママには全部話す。きっとだ」
あたしはそれを承諾する意を籠めて
「あたし達、お互いに答え辛い質問を投げ掛け合う仲みたいね、相性最悪」
と云って笑うと警察も優しい苦笑いをして見せる。
決して弾む話題ではなかったが、ここまでの会話で大分この警察との距離が縮まったと思う。
今暫く続いた沈黙も全く苦ではなく何か慌てて話題を提供しなければと云う焦りもない。
ゆるやかな音楽の流れる和やかな沈黙の中、カチャッと音を立てて煙草に火を点ける警察が、やけにこの空間に馴染んでいて格好良くすら見えてくる。
このままホスピットへ向かうまでの間くらいなら一緒に時間を過ごしてもいいかなと思えてきた。
普段のあたしは常に受け身で聞き手役だが、何か会話をしていたいと感じた。
盛上がる必要など全くなく、ただそこはかとなく言葉を交わす程度の他愛のない話題を探しに今の会話を遡りながら振り返ってみる。
警察が自分の事を話してくれれば有難いのだが、あたしから切り出してお互いの自己紹介等と云う振り出しに戻るような事態は避けたい。
「そう云えば、連飛が干渉してきたことは一度もないって云いましたよね?
あなた、否、キミはDrゴンに関しては連飛ではないと考えてるの?
そもそも彼はなんで逮捕されないの?指名手配になって何年かしら?毎日毎日公然と姿を見せてるのに・・・」
自分の煙草の煙が目に染みたのか、あたしの質問に気を悪くしたのか、警察は眉間に皺を寄せて目を細めた。
「別に警察を咎めたり、ましてや愚弄するツモリじゃないのよ?ただ、素朴に不思議に思っていたのを思い出したから」
お互いに差し障りのなさそうな、それでいて今話していた話とかけ離れてもなく、我ながら良い話題選択だとは思ったが、聞き方がまずかったかなと思い慌てて弁明の台詞を添えてみる。
警察は目を細めたまま、唸るような低い声で
「管轄外だからな」
と呟くと、椅子に深く座り直して両肘をテーブルに付いて顔を近付けてくる。
そして周囲を一度見回した後、あたしにだけ聞こえるように小さな声で話し始めた。
「Drゴンの件は管轄外なんだ。つまり守秘義務はない。
そして仕事上、彼に関する情報は山ほど持っている。
警察関係者談としてではなくDrゴンに詳しい専門家の一見解として、噂話を耳にしたくらいの感覚で聞いてほしい」
と、まるでこの話題を出したことに感謝でもするかのように微笑み、水を得た魚のような笑顔で警察は更に話しを続ける。
「あの男は恐らく人間ではない、もしくは生まれてくるのが千年くらい早かったのだろう。
現在の人類には到底理解出来ない叡知を持って生まれてきてしまったんだな。
あの男が現れてから、最上級の頭脳を持つ学者や博士達が次々と消えたんだよ。つまり、IDを棄て始めたんだ。
政府は慌てた!ありとあらゆる分野の頭脳が人類を見捨て始めたのだからな。
調べてみると、消えた頭脳達は一様に消える前、ゴンニストの成をしていたと云う情報が確認されている。
政府はあらゆる分野の知識人を訪問してゴンニスト化してる人間をIDを棄てる前に先手を打って集めて隔離したんだ。
隔離とは云っても逮捕監禁等ではなく、特設ラボと呼ばれる場所に集めて存分にDrゴンの演説の解明をさせている。
Drゴンが何を話しているのかが知りたかったんだ。」
あのゴンニストムーブメントの裏でそんな一悶着があっただなんて寝耳に水で少し驚いた。
あの訳の分からない演説を理解したり共鳴する人達が居たことには驚きだが、それが揃いも揃って頭の良い学者達だと云うことにはなぜか納得出来る。
「それで、Drゴンのあの奇妙キテレツな演説の内容は解明されたの?」
Drゴンの話を持ち掛けてから、警察の目が輝き出したような気がする。
あのバイトの仔がマスターの話をするときに見せる輝きに似ていると思った。
「解明は難しいだろうな。
特設ラボに集められて様々な角度切り口からDrゴンの演説を研究している秀才達に訊けば、彼等らしからぬ非論理的で抽象的な回答しか戻ってこんのだよ。ある者は宇宙と云いある者は世の中と云う。また別のある者は時間と光と云い、物質全てと云う者もいる。そう、彼は万物全てについて語っているらしい」
生き生きと、まだまだ話を続けるぞと云わんばかりの顔で警察はマグカップの縁を色褪せた唇に運び喉を潤すと直ぐに話を続ける。
「彼は光を研究し光を理解し尽くし光を自由自在に操ることが出来るようにまでなったと云う。そして光と云う鍵で時空の入口を見出だした。光を用いて今と云う瞬間を永遠に切り換える、簡単に云えば時間を止めたり超越する術を身に付けた。
彼が演説中に披露しているタイムマシーンは恐らく本物だろうと云うのが特設ラボでの満場一致の見解だ。
ただ、彼の説明はレベルが高過ぎて特設ラボの頭脳達でさえ解読理解するのが精一杯で、それを自分達で立証したり逆に反証したりすることは到底不可能な領域の話をしているらしい。
時間に手が届いたことで空間をも操れるようになると云うのが彼の理論らしい。」
よく出来た話だけにうっかり信じてしまうところだった。これはきっと冗談に違いない。だいいちあのチンケな子供騙しの手品がタイムマシーンだなんて馬鹿気過ぎていて笑えない。
特設ラボにエリート達が収容されたくだり辺りまで真面目に聞いてしまった事が恥ずかしい。
最初から冗談だと気付いていたかのように取り繕いたいところだ。
「なるほど、とっても夢のある良いお話ね。面白かったわ」
なるべく嫌味にならないよう無理に笑顔を作り余裕を見せながら対応してみる。
「まぁ、第一印象としてはそんなところだろうな。
私も自分の仕事で心当りがなければ、からかわれていると思って憤慨するか、相手にもしなかっただろうよ。
そもそもこんな話をしたのはママが初めてだ。
もっとも、話などするような相手が私にはおらんのだが・・・。
ここからは警察の守秘義務に抵触する話だが、ママには聞いて欲しいと思う。
親友に秘密事は必須要素だろ。そもそも秘密なんてものは破る為にあるようなものだ。
誰にも話さないと約束して、聞いてくれるかね?」
■Drゴン
□シナゴグの美香
□クリエーター
□ウィル
□スペア・コピー
□クローン・ドナー
□グロリエ
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