Syber-Fantasy:第11話

ここまで話すと警察は目の前のあたしに手刀を斬るような仕草をし

「すまんね。また通信が入ったもので、失礼するよ」

とあたしに断りを入れてから耳に入れた端末を手で抑えながら応答を始める。

今し方あたしが注意したコトを遂行しているのだろう。

あたしは云ったコトが通じる人、打てば響く人は好きだ。

この警察に対する印象もこの短時間で好感に変わってゆくのを自覚している。

「そうか、了解した。ん?決行は2530時だと云った筈だが。

 余裕のないプランは臨機応変に柔軟な対応が取れずに失敗するぞ。

 まぁいい。指揮はアイツに任せたんだ。アイツの好きなようにやらせてやれ」

警察の通信には全く興味もないし聞くつもりなどまるでないのに

大きな声で応答するものだから話の内容まで丸聞こえだ。

そもそも警察の通信なんて一般市民に聞かれてはまずいのでは?

そうか、先ほどの店員はエントランスを通った際に彼が警察であると知って

それで通信を聞いていないと云う姿勢をこれ見よがしにとったのかもしれない。

「せっかちな奴だまったく。私より仕事が速いとでも主張したいのだろう。

 焦って仕事が乱雑になってミスでもしようものなら目も当てられない。

 どいつもこいつも自分の手柄のコトしか頭にない」

警察が愚痴を零していると今度は若い女性の店員があたし達の席にやってきた。

「お待たせいたしました」

両手でお盆を持ったまま彼女は軽くお辞儀をして、迷わずに警察の前に珈琲を置き

あたしの前にはミルクティを置いてテーブルの中央にミルクとガムシロップを置く。

「お好みに合わせてお使いください」

そう云い残すと、彼女はまた軽くお辞儀をしてあたし達の席から離れていった。

「警察に限った話ではないんだがね・・・」

警察は珈琲の入ったマグカップを持ち、薫りを楽しむような仕草をしながら話を続ける。

「人は第一印象に縛られてしまう傾向があるように思うんだ。

 最初に聞いた話や最初に見た物に基づいて枝葉を伸ばして思考する」

助かる。こんな調子で警察が一方的に話をしててくれるとあたしは相槌を打つだけ済む。

そんな思惑から、あたしは大袈裟に警察の話に興味があるような表情をする。

警察は口をつけずにマグカップをテーブルの上のコースターに戻し、話を続ける。

「大概の計画的犯罪は捜査を撹乱させる目的で、アリバイ工作やトリックが仕掛けられている。

 ごくごく当たり前の話だ、犯人は捕まらないと云う勝算の基で犯行に及ぶ。

 ところが警察の能無し共は第一印象で推理し仮説を立てると

 その筋書きを立証する証拠を掻き集めることしかしない、時には捏造までする。

 おっと、今のは聞かなかったコトにしてくれ。口が滑った。

 とにかく、誤認逮捕や冤罪が多いのは隠しようのない事実だ」

判断を誤ったか?あたしは自分が話をしたくないが故に

警察の話に前のめり喰いついてしまったが、こんな退屈な話がずっと続くのか?

まぁいい、仕方がない。乗り掛けた舟だ。気の済むまで話を聞くことにしよう。

「私はね、罪を犯した者は報いを受けて償わなければならないと思っているんだ。

 物凄く普通のコトなんだが、残念なコトにそれが儘ならないのが現状だ。

 ずる賢い奴ばかりが得をして正直者が馬鹿を見る、時には濡れ衣を着せられ

 取り返しの着かないトコまで陥しめられてしまう事だって少なくない」

への字に曲がった警察の口元や額や頬に刻まれたシワを眺めて

あたしは徐々に上の空になりつつある自分を堪えながら、

話を聞くことに集中しないと申し訳ないと思い、ミルクティを口に含んでみる。

「真実が明らかになった時には、全ての事実と証拠と証言の辻褄が合う筈なんだ。

 だが、悪い奴と云うのは最後の最後まで悪足掻きをするもので、

 少しでも自分の罪を軽くして他人に擦り付けようとするんだよ。

 だから分かる。そいつが嘘を吐いていると云うコトが

 最終的に全ての辻褄を合せるパズルの最後の1ピースになるんだよ。

 真実と云うのはそこまで突き詰めて初めて露になるんだがね

 能無し共はまんまと犯人の筋書きを準えるコトしかせん。

 それで犯人逮捕だの事件解決だのと自分の手柄だと自負して悦に浸る。

 どうしようもない奴等ばかりさ、同じ警察としてうんざりするよ。

 私が罪人は正しく裁かれ罰せられるべきだと思っているのは

 私が因果応報を司る警察と云う職業に就いているからではないんだよ。

 逆に元々悪人を赦せない性だったが故に今、警察と云う職に就いているんだ」

三口目のミルクティを口にする頃にはほとんど上の空になっていた。

「わかるかね?」

しまった!話を聞いていなかったコトをどうにか取り繕おうと

耳の中に残っている警察の言葉の破片を慌てて掻き集めてみる。

「要するにあなたは元々正義感の強い人間だ・・・ってコトかしら?」

何かちぐはぐなコトを云ってしまってはいないだろうか?

「素晴らしい!正義感だ、まさに正義感なのだよ!

 私は先程ママに与えてしまった負の印象を払拭出来ればなと

 云い訳や正当化までするつもりはなかったが、等身大の自分を晒すコトで

 店での印象ではなく私自身と云う人間を見直してもらえればなと思っていた。

 ところがどうだい。正義感とな!こんなに簡潔な表現で私を云い表した理解者は初めてだ!

 なあママ、親友になろう。否、一方的に私がママを親友と認識しても構わないだろ?

 署内では頑固な堅物で通っている私だが、私の本質を知っている者などおらんのだよ」

嬉しそうに話す警察に、あたしはどう応えたらいいのか躊躇っていると、続け様にまた警察が突飛な提案を投げ掛けてくる。

「おこがましいのは重々承知で、もうひとつ頼みがある!」

色あせた唇の隙間から白い歯を覗かせて微笑むと、警察は続けた。

「出来ればママは私のコトをキミと呼んでくれないかね?

ほら、もはや異性を意識するには歳も離れすぎてはいるが、

逆に年齢差を意識せずに対等な関係でありたいんだよ。

キミと云う呼び方は丁度良い距離感を表していると思うんだが、どうだろ?」

人類が名前を持たなくなり各々のアイデンティティが数字になった今日、

新しく知り合った相手とお互いの呼び名を取り決めるのはある種の挨拶のようなものだ。

けど、あたしは今まで人のコトを「キミ」等と呼んだコトがない。

かと云って、この歳上の警察に対してこれと云った相応しい呼び名も思い当たらない。

「正直、キミと呼ぶのには躊躇がありますが、そう呼ぶように努力してみます」

否定して断る理由が見付けられず前向きな返答を返してしまったが、

心の中で「あまり呼ばないようにすればいい」と思った。

そうだ、そもそもこれ以上この警察とは関わらないようにすればいいんだ。

取調室に呼び出されるのを回避できればこの警察と会う必要もなくなるかも知れないと云う思惑から、しつこい様だがもう一度マスターの話題に戻してみようと思う。

「あの・・・」

切りだそうと声は発してみたものの、何をどう聞けばいいのか思い付かない。

「警察の守秘義務とかで、その、つまり、キミがどんな事件を追っているのかは云えないんでしょうけど、

どうしてマスターに行き着いたのか、支障ない範囲でいいので、教えてはいただけません?」

警察は顔色を曇らすことなく、むしろ微笑みに近い優しい顔をして鼻から息を吐き出すと、少し慎重な口調になり、ゆっくりと話しはじめる。

「これは正式な取り調べではないのでママが嘘を吐いても偽証や隠蔽や隠匿の罪に問われるコトはない。

だが、私はママに今追っている件を話してしまうコトで、可能性としてだがね、

犯人側にヒントを与えてしまったり、不本意ながら協力をしてしまいかねないんだよ。

つまり、分が悪い。だが、親友との間に隠し事はしたくない。

保身のために先にママに質問をしても構わないかね?」

あたしは早く本題を聞きたくて急かすような口調で答える。

「なんなりと」

警察は一度目を閉じ、意を決するかのように口を開く。

「連飛なんだがね・・・」

あたしは息をのんだ。おそらく慌てた表情を見せてしまっただろう。決して話せないような疚しい物を抱えているわけでもないし、焦る必要などひとつもないのだが、今日あたしが匿った連飛の話をしないのはこの警察に対して卑怯な気がする。

かと云って話せるような情報など何も持ってはいないし、この後アクアセクターで連飛と会うと云う約束をわざわざあたしから話すのも違う気がした。

つまり連飛に関する話題には全く以て無防備な程に何の準備も出来ていなかった。

「すまない。職業柄、過剰に人の心が読めてしまうもので・・・。

そして、答えづらい話題を出してしまった。切り口を変えようではないか」

もどかしかった。あたしが連飛と深く関わりがあると誤解されてはいないだろうか?「連飛なんて実在するんですか?」とスッ惚けてやればよかったのだろうか?何れにせよ、今のあたしの反応はまずかった。

「あの、出来る限り正直に答えるわ。連飛には一度擦れ違った程度の顔見知りがいると云えばいるけれど、それ以上の関わりもなければ連飛に関する情報は一切持ってないの」

警察は微笑みに近い優しい目をしたまま続きを促すかのように軽く頷く。

「ただ、それまで実在するのかすら信じがたかった連飛と、擦れ違ったのが極々最近だったものでビックリしただけよ」

警察は安心と満足感の入り雑じったような表情で確認するように口を挟む。

「その人は間違いなく連飛だったんだね?」

以前、チャロが「即答以外の回答は信用が出来ない。即答こそが本人の本音だから」と云っていたのを聞いて以来、あたしはここぞと云う時には即答するコトを心掛ける妙な癖がついている。

間髪入れずに警察の問いに答える。

「ええ、間違いないわ。本人が、自分達ではそうは呼ばないが今あたしが云ったソレ、つまり連飛だと云っていたから」

警察はあたしの目を見たまま深く頷き

「了解、連飛の質問は終わりだ。ありがとう。次は私がママからの質問に答える番だね」

と、云うと坦々とした口調で話を始める。

「もうかれこれ10年になるかな。地球規模の危機に人類がひとつになり、人民にストレスのない資本主義をと謳って政府が総人類のデータ化に踏み切ったのは。

当初は揺り篭から墓場までを保証するデータベースへの登録を拒む者などおらんだろうと政府はふんでいた。

万が一その様な無法者が居ても政府の管理下に入らなければ勝手にのたれ死ぬだろうと思っていたのだろう。

それは政府の大誤算だった。

実際には総人類の個人情報はおろか、政府の内情に至るまでのデータベース上にある全ての情報が彼等に駄々漏れしている状況になってしまっているんだよ。

総人類を統治下に治める計画上、外部者と云う想定がなかったんだな。

彼等からは我々は水槽の中の魚のように全てが見透かされていると云うのに我々からは彼等が何を企てようがまるで盲目なんだよ。

彼等の規模も思想も判らない中で、万が一彼等が我々に敵対してきたなら、我々は丸裸だ。

ただ、この10年間、彼等が我々に干渉してきたことは一度もないんだ。

不気味な程に沈黙を保っている。

おそらく彼等は彼等でなんかしらの統制がとれていて我々に係わらない掟か暗黙の了解にでもなっているのだろう。

だとすると、憶測ではあるが、彼等は大した人数ではないのだろう。

そして、この同じ地球上で生きてゆく為には、我々と完璧に訣別した状態ではさすがに無理がある。

そこで彼等はこの地球上に数ヶ所だけパイプラインを設けている。

逆に云えば我々の中に彼等と繋がっている輩がいるんだ。

政府は総力を尽くしてデータベース上の膨大な通信記録を洗ってその場所を数ヶ所突き止めた訳だが、

その内のひとつが今ママの働いているマスターの店だった。」

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