Syber-Fantasy:第10話

「ギャルソン!おい!ギャルソン!」


かつてチャロとよく来たこのお店は、控え目な暖色系の照明とレトロな雰囲気の中、ほろ苦い珈琲の薫りとゆるやかな音楽が静かに流れている。

あの頃に引き戻されるような空気の漂う中でチャロとの他愛のない会話や出来事を回想していると、それを打ち壊すような怒鳴り声がした。

まるでこの場に似付かわしくない大声をあげて、この穏やかな空間を台無しにしたのは目の前の男、今更他人のふりなども出来ないあたしと同席している警察だ。

「ちょっと、なんなんです?いきなり大声をだして!」

あたしが咄嗟に警察にそう云うのと同時に給仕の店員があたし達のテーブルの脇に駆け付け、彼は片膝を着いて下から見上げるような姿勢で警察に応える。

「お呼びでしょうか?」

整髪料で整えた髪を艶めかしながら、たった今大声を発し、これからクレームを付けられるかもしれない相手を目の前にしながらも、黒服のその店員は凛として真っ直ぐに警察の目を見上げてる。

「とりあえず熱くて濃ゆい珈琲をくれ!」

警察は威張り腐った口調で店員にそう告げるとあたしの方に目を移す。

「さあ、次はお姉さんの番だ。注文をしなさい」とでも云うかのような顔であたしの顔をじっと見る。

「あの、普通は同席の人にも注文が決まったか確かめてから注文するものですよ?

 それに、注文だけなら店員さんを呼び立てるんじゃなくテーブルに据付けの端末で注文するのが常識です!」

警察の非常識な振る舞いにあたしは気を悪くし、苦言を呈すように警察に告げ、

今度は店員の方に向き直り軽く頭を下げて申し訳なさそうな顔を作りながら

「ごめんなさい。不馴れな客を連れてきてしまって。たぶん、悪気はないんですこの人」

とお詫びをした。

店員はにっこりと微笑み、あたしに話し始める。

「そんな済まなそうな顔をしないでください。

 そもそも私はお客様との会話を楽しんだり仲良くなりたくて喫茶店を始めたんです。

 それが、エントランスシステムだのオーダーシステムだのの導入で

 まるでお客様と触れ合うチャンスもなく、半ばガッカリしていたんですよ。

 お客様にギャルソンとかバリスタとかって呼ばれたくてこの職を選びました。

 なので、今のようにお客様に気軽にお声を掛けていただくのはとても悦しいんですよ。

 どうかお気になさらないでください。

 お連れ様は不馴れなのではなく、私が思い描いていたようなお店に

 きっと馴れ親しんでおられたのかと思います」

店員がここまで話すと警察は誇らしげな顔をしてあたしの方を見て、

次の瞬間、耳に入れていた携帯端末を押さえ突然会話を始めた。

「あぁ、ワタシだ。異常はないか?決行は2530時だ。

ワタシは間に合わんかもしれないから指揮はお前が取れ。

しくじりようのない仕事だ、しっかりやれよ。

それまでは見張りを一人残して各々休憩でもとらせてやれ。

いいな、こんな簡単な仕事でしくじるなよ」

あたしは唖然としながら店員の方を見ると、

店員は耳を塞いでいても聞こえるような大声で話をしている警察の声を

「聞いていません」と主張するかのように顔を背けている。

「ちょっと、今のはどうです?

 端末に通信が入ったなら応答していいか伺いを立ててから出ませんか?

 ましてや今あたし達は会話の真っ最中でしたよね?

 さすがに今のはマナー違反ですよね?」

あたしが同意を求めて店員に訴えかけるようにそう云うと

店員も跋が悪そうな苦笑いを一瞬だけ見せた後、また坦々と話し始める。

「ここは確かに所詮所謂飲食店ではありますが

 私供が提供したいと願っておりますのは時間と空間です。

 この場所でお客様がそれぞれ思い思いに自由に寛いでいただければ

 私供は喫茶店冥利に尽きるんです。ここはお客様一人一人の空間ですので・・・」

苦し紛れにもまだ警察の肩を持とうとはしたものの、断念したかのように店員は話題を変えてきた。

「お客様はアイス・ミルク・ティーの氷を少なめでよろしかったでしょうか?」


初めてチャロとこの店に来た日、あたしはアイス・ミルク・ティーを注文した。

チャロとの会話はいつも通り弾んで時間を忘れて喋り続けた。

どんだけ長居してたかは覚えていないが、ミルク・ティーの氷が全部溶けてしまい

あたしは半分も飲まずに溶けた氷で薄まったミルク・ティーを残してしまったのだ。

二度目にこの店に来た時は、そのコトを思い出して注文したミルク・ティーが来るや否や

こっそりと氷を取り出して灰皿に移したのを今思い出した。

氷を取り出して除けたのはこの二度目の来店時の一度きりだった。

全く気付かなかったが、三度目以降は氷が少なめになっていたのだろう。

あたしはこの店員の顔すら覚えていないと云うのに

彼は何年も来ていなかったお客のコトをよく覚えていたものだ。

三度目の来店以降、氷を少なめにしてくれていたと云う気遣いに今更気付くと同時に

そのコトをこの店員が覚えていたコトとにあたしは感動して言葉を逸してしまった。

「あ、申し訳ありません。過去のオーダー履歴にそう載っていたものですから・・・」

店員は何か取り繕うように慌て言い訳を付け足す。

エントランスを通っただけでは履歴までは見れない筈だし

氷を少なめ等と云うような補足の備考欄などあるワケがないと思った。

「スキャンもせずに、そこまで分かるんですか?」

絶対におかしいと云う根拠なき自信に、そんな質問が口を吐いて出る。

店員は更に慌てたような顔を見せたが、すぐに堪忍したかのように話し始める。

「お久しぶりです。お客様のコトはよく覚えております。

 あの頃のお連れ様はその後も時折お見えになるのですが、

 お客様がいらっしゃらなくなって寂しく思っておりました。

 そうだ!昨日もお見えになってましたよ。

 突然ちょっと雰囲気が変わっておられたので覚えております」

あたしが会社を辞めた後もチャロがこのお店に通っていたと云うのは然して驚きではなかったが、昨日突然雰囲気が変わっていたと云う部分が興味をそそった。

バイトの仔の云う通り、あたしの様子を伺いに来る為に様相を変えたのであれば、あたしとよく来たこのお店に昨日来たと云うのも腑に落ちる。

彼女の推察が正しければチャロは昨日髪型を変えた後、帰宅してから自分で髪の色を染めたことになる。

「つかぬことをお伺いしますが、髪の色は何色でしたか?」

あたしが店員に質問すると警察が脇から横槍を入れてくる。

「やはり、ここはお姉さんの恋人との思い出の場所だったのかね?」

「女性です!放っといてください!」

会話の腰を折られて憤った訳ではなく、どうもこの偉そうな警察には強い口調で返してしまう。

そしてチャロの髪の色の返事を聞こうと店員に目をやると、店員は警察の方に向き直り

「失礼いたしました。

 珍しくお客様と会話ができたもので、つい調子に乗って話過ぎてしまいました。

 どうぞ、ごゆっくりとお寛ろぎくださいませ」

と云い深々とお辞儀をする。

店員の恐縮そうな顔を見てこれ以上チャロの話で店員を引き留めるのも申し訳なく感じ

「ギャルソンさん、いつものをお願いします」

と微笑みながらあたしは改めて注文を告げる。

店員はにっこりと微笑みを返してから

「かしこまりました。暫くお待ちください」

と、またお辞儀をしてあたし達の席を離れて行った。

「さて・・・」

店員があたし達の席を去ると警察は似合わないはにかみ顔で話し始める。

「まず最初に、お願いと云うか、提案なんだが・・・」

なにやら云い辛そうに話しを切り出してきた警察にあたしは相槌を打つでもなく続きを待つ。

「差し支えなければ、私もお姉さんの事をママと呼んでも構わないかね?」

突飛な申し出にあたしは噴き出して、暫らく笑ってしまった。

「あたしは構わないけど、いいんですか?警察が仇名を使って会話なんかして」

警察は更に照れ臭そうな顔をしながら

「別に問題ないだろう。

 政府が義務付けているのはIDの使用と、親から授かった氏名の使用禁止。

 親しい仲で、ID番号の語呂合わせや特徴に由来する仇名に関しては

 非推奨とされてはいるがお咎めナシ、つまり黙認されている。

 まさかお姉さんの本名がママな筈もなかろうし、問題ないだろう」

と自分の申し出を正当化する。

「雇用条件です。由来は雇用条件だったんです。

 今の店に勤め始める時に店主が付けた呼び名なんです」

照れ臭そうに警察が切り出した提案に合意する意図であたしは簡単に仇名の由来を話す。

「マスターか。面白い男だのう。

 私は仕事人間だから折角のティー・タイムにあの男の話を

 根掘り葉掘り聞いてしまいたくなるのだが、今は我慢しておこう。

 お互いに自己紹介のような事ができればいいのだが・・・」

なるほど、この警察の目的はマスターに関する情報な訳だ。

あたしはてっきり連飛を匿った事であたしが責められるのかと思った。

マスターは麻薬を販売してはいるが、どれも政府からの正式な許可を得ているし

そんなめんどくさい申請手続きをきっちりと踏んできたマスターが法を犯す筈などない。

何かの容疑が掛けられているとしてもそれは直ぐに簡単に疑いが晴れるに決まっている。

「マスターはね、子供みたいに実直な人だけど、信頼もしてるし尊敬も出来る人ですよ」

あたしは自分の話をするのが苦手で、無意識に自己紹介から話題を反らしているのかも知れない。

「その様だね。だから余計に分からんのだよ、真実が。

 まぁいい。あの男の話は今は止めにしようではないか。」

未練がましそうにしつつも、警察はマスターの話題を自ら打ち切る。

「さっき云っていた取調室ってのもマスターの件かしら?

 別に、今ここで何を聞かれてもかまいませんが・・・」

あたしはしつこいかなと思いつつも更にマスターの話題を引っ張ってみる。

「あぁ、取調室か。さっきはお姉さん・・・いやママを引き留めたくて

 余計なことまで口走ってしまったな、まったく」

警察は椅子に深く座り直して真直ぐにあたしの顔を見ながら話し始める。

「正直、まだ掴めていない部分が多過ぎてなんとも云えないのだがね

 今追っている一件にママがどの様に絡んでいるのかによるな。

 つまり、ママが何も知らないのであるなら閑談で済むのだが

 ママが何かを知っていたり、ましてや何らかの関与をしているのであれば

 不本意ではあるが厳しく取り調べをする必要がある」

あたしには警察のご厄介になるような心当りはまるでない。

のみならず、マスターが何かしらの犯罪を犯していたり

関与しているとも思えないので、あたしは安心をした。

店に匿った連飛のことで咎められるのであればこんな云い方はしないだろうし

警察が一体何をどの様に勘違いしているのか、逆に聞いてみたいくらいだ。

「ママは警察に対して、どのような印象を抱いているのかね?」

なんだこの唐突でしかも漠然とした質問は!?

「あたしは品行方正に生きてきたので警察とは関わりがありませんから

 特にこれと云って印象も抱いてはいませんが、強いて云うのであれば

 さっき店に一緒にいた警備員に警察は嫌な奴ばかりだと聞きましたので

 彼がそう云うのであればそうなんだろうなと云う偏見を・・・

 冗談ですよ。申し訳ないくらい、なんの印象も持ってないです」

警察は軽く頷くような仕草を見せた後、またゆっくりと話し始める。

「まぁ、そんなトコだろうな。

 その警備員の云う嫌な奴ばかりと云うのもあながち間違いでもない。

 警察の私が云うのだから確かだ、嫌な奴ばかりだ。

 さっき私と一緒にいた部下を見ただろう?典型的な警察だ。

 自分の利益や得ばかり考えて保身のためなら真実をも曲げてしまう。

 彼は本部の副部長の倅で親の七光りで警察に入ってきた。

 親が本部のお偉いさんの上、本人もあんな性格だから

 どこの部署に配属されても上司と上手くやれなくってね

 アイツの首根っこを抑え込めるのは私しかいない様で

 一応、私の右腕と云うポジションに就けて顔を立ててやってはいるが

 実際はアイツの自尊心を傷付けないよう気を遣って扱うのに一苦労だ」

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