Syber-Fantasy:第8話

とは云っても、今から深夜休憩の時間帯に入りお客さんの出入りがあるので、バイトの仔を一人残して店を出れる筈もなく、ましてやバイトの仔は今デモ中だ。

こっちに向かっていると云うマスターが戻るか、チャロが帰るまでの間はお店に居ようと思う。


ピピッ!ピピッ!ピピッ!


案の定。

「いらっしゃいませ」

3人組の女性客がガヤガヤと話をしながら入って来る。その内の二人は顔に見覚えがあるが残りの一人はおそらく初めて見る顔だ。

見覚えのある内の一人がカウンターに左手を付くとあたしに「いつも通りに」と云った。

モニタを見ると、彼女は毎月一度、その月に使用するドラッグをまとめ買いする履歴りれきが残っている。

モニタに映し出されている彼女が毎月購入しているドラッグのリストを見ながら同じ物をそろえているとれの二人が店内から飲み物を持って来てカウンターの上に置き

「これも会計一緒でお願いします」

とあたしに云った。

「なんでウチがキミ達におごらなきゃいけないのよ!」

「いいじゃない!今日はディデーだったんでしょ?」

「そうよ!ドラッグ・デー、ドラッグ・デー!」

ディデーにホスピットへ行き、月に購入できる薬物の制限値せいげんちをリセットされ、その足で一月分のドラッグを購入し、友達を集めてパーティーをもよおすと云うのが定例化ていれいかしているのだろう。

それにしてもディデーを「ドラッグ・デー」と呼ぶとは中々うまいコトを云うもんだ。

「あの、履歴を見ると3ヶ月前と5ヶ月前にエクスタシーを買ってますけど、今月はどうします?」

エクスタシーとはその名の通り、性交渉せいこうしょうの時にその快感を高める薬物で、あたしは興味もないのでそれを使用したコトなどない。

あたしは余計なお世話かとは思ったが、購入履歴の一覧に載っているので一応たずねてみた。

「ちょっと?5ヶ月前までの彼氏は知ってるけど、3ヶ月前って何よ!?」

と連れの一人が云うと、もう一人も続けて

「今日はその話を夕方までじっくりと聞かせてもらおうじゃないの」

と、やかすように云った。

「キミ達、今日は誰かオトコを連れ込む予定はある?あるならエクスタシーおごるわよ」

と彼女は二人に云い返した。

「おごられてもねぇ、見てる目の前でシろと?」

一人が笑いながらそう答えると彼女はあたしにエクスタシーを断わり二人の持ってきた飲み物はあたしに差出し

「これは一緒でお願い」

と云い、振り向いて連れの二人に

「口止めりょうだからね!」

と笑いながら云った。

あたしが彼女の額と肩にスキャナーをかざしていると、バックルームの扉が開いた。比較的なごやかな雰囲気でバイトの仔とチャロが出てきた。

あたしはチャロの方を振り向かないようにしながらもチャロを視界しかいすみに入れて様子ようすうかがっていた。

あたしが接客中だからだろうか、チャロは一度もあたしの方を見るコトなくバイトの仔と挨拶をして店を出ていった。

あたしも会計を済ませて出ていく3人組に「よいパーティーを」と挨拶をし3人組を見送った。

「なによ?」

バイトの仔が何か聞いて欲しそうな顔でニヤニヤしながらあたしのコトを見ているので、あたしは笑いながら話し掛けてみた。

バイトの仔は話したくて仕方しかたがないのが見え見えなのに、しぶるような口振くちぶりりで話し始めた。

「やっぱりねぇ。入って来た時からおかしいと思ったんだ、あの人」

なんとなくではあるが以前勤めていた会社の話になるのであればこの話題はけたいと感じ、とっさにあたしは口をはさんでみた。

「結局、何も買わずに帰ったみたいね」

バイトの仔はあたしの横槍よこやりこたえつつも自分のペースで話を進める。

「そうなんですよあの人、始めからマリファナを買いに来たワケではないんですよ、たぶん」

バイトの仔が何を云いだすのか予測よそくもできないが、最後に「たぶん」と付け加えたあたりから、バイトの仔がチャロから何かを聞かされたワケではないなと思う。

「ママ、やっぱりあの人と知り合いだったんじゃないんですか?」

やたらと明るい口調でバイトの仔が話を続け、あたしはバイトの仔に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「え?」と云った。

「まずですね、あの人の髪、見ました?真っ黒でしたよね?耳の上の辺りと指先に髪染かみぞめの液垂えきだれのあとが残ってたんですよ」

何を云いだすのだろう?

呆気あっけに取られているあたしにおかましでバイトの仔は続けて話した。

「そして襟足えりあしの毛先がそろってて、まだ馴染なじんでなかったから、あの人が髪を切ったのはきっと昨日か一昨日おとといですね」

何が云いたいのかはさっぱり分からないが、このバイトの仔の洞察力どうさつりょくには感心する。

「で、自分で髪を染めてここに来た。逆に云うとここに来るために髪型を変えたんですよ」

それはバイトの仔の憶測おくそくであってなんら裏付うらづけのない話のように思え、なぜか少しだけ安心した。

「デモの最中もね、自分の襟や胸元むなもとを気にして何度も服を触ってました。胸元の開いたシャツとか、着慣きなれてないんでしょうね」

バイトの仔の観察かんさつ報告ほうこくだと油断して、あたしはうっかりとバイトの仔に質問をしてしまった。

「それがあたしとどんな関係があるのかしら?」

バイトの仔はひるむことなく、むしろ更に自信ありげに話続ける。

「あの人、質問する度に口を開く前に必ず入り口の方をチラッと見てたんですよ。まるでママが入って来ないか確認するかのように」

そんな筈はない。

過去に顔見知りだったと云うだけの他人に会いに来たり、ましてや変装へんそうまでして様子を見に来るワケがない。

だいいち、チャロはあたしと一度も目を合わすコトもせずに、恐らくあたしだと気付きもしなかったのではないだろうか?

間違いない、それはバイトの仔の考え過ぎだ。

「入り口の方を見てたのはたまたまよ、きっと。なんかのきっかけで気分きぶん一新いっしんしたい時ってあるじゃない?ほら、女は特に、そう云う時に髪を切ったりするでしょ?変装とかじゃなく・・・」

と、あたしがバイトの仔に云うとバイトの仔は口を半分だけり上げながら

「私、オンナじゃないからわからない!」

とふざけて云い、笑った。

「なるほど、あたしも失恋とかして髪を切ったりしたことないからオンナじゃないのかも」

と云い返してあたしも笑った。

「だけど・・・ですよ?」

とバイトの仔はゆっくりとした口調で更に話を続ける

「あの人の様子がおかしいってさっき云ったじゃないですか?あの人の質問、不自然だったんですよ。質問をする前からこっちの返事を知っているかのような質問ばかりで、こっちが面接試験めんせつしけんかなにかで模範的もはんてきな解答ができるかを試されてるみたいな流れでした。シナリオがあって、台本通りに会話が進む演劇えんげきいみたいで、質問すべき要点ようてんおさぎてて後半は次に出てくる質問を私が予測できる程でしたよ!あの人、本当の用事はマリファナではないですね。なにか別の目的でこの店に入ってきたかったんだと思います。」

取扱店に入って、何を質問したらいいのかまで下調べする用意周到よういしゅうとうさ、確かにチャロらしいと云える。

「彼女がそんな予習をしていたとして、この店に他にどんな目的があるのかしら?」

と、自然と出てきた疑問があたしの口からこぼれ落ちる。

「不自然なコトがもう一つ。」

バイトの仔がまた話を始める。

「あの人、入店した時に入り口のそばに立ってましたよね?そして迷わずに私に話し掛けてきたんですけど、入り口の傍に立ったまま私がバックルームに案内するまで動こうとしなかったんですよ。普通、この距離だと2~3歩くらい歩み寄ってくるのが自然じゃありませんか?そしてカウンターの中を通ってバックルームに入るまで、さりげなくママにずっと背を向けてたように見えました。ほんとにさりげなく、顔を見られないような角度を維持しながらバックルームまで歩いてきたように思えたんです。気になったのでかえぎわは意識してあの人を見てたんですけどね、やっぱりあの人は一度もママの方を向かずに、でもママのコトをずっと意識してたのは伝わってきたんですよ!」

ここまで一気に話すとバイトの仔は得意気とくいげな顔をしながらあたしの顔をのぞき込むようにあたしの反応を待つ表情をする。

「ないわね。あたしを意識していたって云うのは実際のところ本人にしか分からないことだし・・・」

と、あたしが話し始めるとバイトの仔は声を出して笑い出した。

「ママが接客しながらあの人のコトを意識してたのと同様に、あの人もママの方を向かずに意識していたのはバレバレでしたよ!しかも、ここまで私の話を聞いてもしもママがかたくなに否定ひていをしたなら、間違いないなと思ってたんですよ」

図星ずぼしだ。

もはや何も云い返せる言葉が見当たらない。あたしはあきらめて、以前つとめていた会社の同期どうきだったと云うコトだけは話さなければならないと感じた。

「あなた、職業を間違えたんじゃない?探偵たんていさんとかになればもうかりそうね。ここでドラッグの売り仔をしてるのは勿体ないわ」

と、あたしが話し始めるとそれをさえぎるように

「いいえ、ママが分かりやすいだけですよ。そして、云いづらい話なんでしょ?話したくないコトを無理矢理むりやり根掘ねほ葉掘はほり聞いたりはしませんよ」

と云った。

見透みすかされているようなくやしさからあたしは話を続ける。

「あの人とは前の会社の同期よ。彼女はすごいやり手だったから目立めだってたわ。だからあたしは彼女のコトを知っているけれど、部署も違ったし・・・」

一瞬、ほんの一瞬あたしが言葉に詰まって間を空けると、そのすきねらっていてくるかのようにバイトの仔が声をはさんできた。

「あ!いっけない!ママはホスピットへ行ってください!お引き止めしちゃってごめんなさい。マスターが帰ってきちゃってママがまだココにいたら、私、マスターに合わせる顔がないです!」

終始バイトの仔のペースに乗せられてひらの上でころがされているような感覚だが、なぜか悪い気分ではない。

丁度、店内にお客もいないのであたしはバイトの仔の云う通りにホスピットへ向うことにする。

「大丈夫?なにかあったらいつでも連絡してね。戻れるようなら戻ってくるし。それからモニターのふちに貼ってある付箋は夕にマスターを訪ねてきたお客さんで購入限度がいっぱいになってたからあたしのガンジャを分けてあげておいたわと一応伝えておいてね」

と、簡単に引継ぎを済ませるとバイトの仔は明るい口調で

「了解ーぃ」

と云いながらひょうきんに敬礼けいれい真似まねをした。

あたしはバイトの仔に微笑み身支度みじたくをしにバックルームに入った。

テーブルの上に出しっぱなしになっている煙草の箱とライターを鞄に仕舞い、栄養ドリンクの小さな空瓶あきびんをゴミ箱に捨て、監視モニターを覗き込むと丁度お客が入ってくるところだった。

ピピッ!

そのお客の入店を知らせるエントランスシステムの電子音がバックルームにも響く。

お客は店内をうろうろと歩いている。

あたしはバックルームの扉を少しだけ開け顔だけを出してバイトの仔に

「ごめんね。あとよろしくね」

と声を掛け、タイムカードに左肩をかざし、お店を出た。


□Drゴン

□シナゴグの美香

□クリエーター

□ウィル

□スペア・コピー

□クローン・ドナー

□グロリエ

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