Syber-Fantasy:第7話
ピピッ
来客を知らせるエントランスの電子音と同時にバイトの仔が元気よく「いらっしゃいませ」と云う。
「いらっしゃいませ」
バイトの仔の後に続いてあたしも声をだす。
このお店では見ない顔だがどこかで会った事があるような気がした。
細身で高めの身長に短めの真っ黒い髪、どこで会ったんだろう?
「あの、ちょっとお
彼女の声、間違いなく聞き覚えがある!
「はいはい、なんなりと」
変わらず明るいトーンでバイトの仔が対応する。
「マリファナ、初めてなんですけど何が必要なんですか?」
大抵はマリファナ
バイトの仔はその女性に「お時間、大丈夫ですか?」と聞き、
あたしに「デモ入りまーす!」と、嬉しそうに云った。
デモと云うのは勿論デモンストレーションの略で
初心者や
「あまりブリブリにキマらないようにね」
と云い、振り向いたバイトの仔にあたしはそっと微笑んだ。
この細い二の腕、腰をくねらせる独特な歩き方、彼女の
チャロとは以前勤めていた会社の同期で、彼女は入社式の日に一人だけ髪を茶色く染めて来ていたので
初めは新入社員の中にも溶け込めずにいて
帰りの電車で一緒になるコトもあり、あたしは早い時期からチャロと会話を交わすようになっていた。
たしか先に声を掛けたのはあたしだった。
「よく電車で見かけるんですけど、
「あ、やっぱり?同じ会社の人だなと、私も気になっていたんですよ」
「ええ、よく同じ車両に乗ってるのに
「あはは、それ、私も同じように感じてました」
「よかった、思い切って声かけてみてよかったです」
「どこか、いいお店とか、ご
「はい?お店って・・・?」
「あ、ごめんなさい。変ですよね?」
「いえ、別にそう云う・・・」
「私、昔から友達がいなくて、お誘いする時にどう云えばいいかわからなくって」
「お誘い?」
「お友達が出来たら喫茶店とか飲食店に入って楽しく
「あ、あたしもこの
「そうなんですか、そうですよね。それでは、どうしたらいいのかしら・・・」
「あの、別に難しく考える必要ないですよ。普通に通勤で会った時にこうして
「え?そう云うものなんですか?」
「それじゃ今度、お休みの日にでも一緒にいいお店を探しにいきましょうか?」
「は、はい!ありがとうございます!すごく、すごく嬉しいです!」
「やっぱりチャロさん、あなた変わってますね」
「え?チャロ・・・て?」
「あ、ごめんなさい。髪が茶色いから勝手にチャロって・・・」
「えーっ?ニックネームまで?嬉しいです!チャロ、気に入りました」
「あは、あはは、あはははは・・・はぁ」
変り者ではあるが悪い人ではなさそうだ。と云うのがあたしのチャロに対する第一印象だった。
その後はチャロが色々と調べてきた話題になっているらしいお店を見に行ったり一緒に買い物をしたりもするようになりチャロの身の上話も
チャロの
一度、同級生達とビリヤードに行きたいと申し出た時は父親がビリヤード台を買い与えて「ビリヤードがしたいのなら家でやりなさい」と云われたらしい。
チャロが求めていたのはビリヤードではなく、放課後に友達と遊ぶという行為だったのに、そこまで気持ちを
が、ある日その父親が
学生の頃に出来なかったことを思い切りやってみたかっただけらしいが、周囲は就職に向けて身なりを整える時期で、入社式の日に自分だけ世間と
例の宴会でも度々顔を合わせたりもしたが、
「総務課にデキる仔が入ってきた」「今年の総務課は
会議中にそんなフレーズを耳にすれば、
その頃になるとあたしも「お姐」と呼ばれるようになり部署内でも仲の良い仲間も出来、一方チャロもチャロの周囲と馴染み始めチャロにはチャロの仲間も出来、あたしとは少しずつ
退社後や休日に一緒に遊んだりするコトもなくなってしまったが、あたしは
いつしか自分の部署でチャロが評価されているのを耳にすると対抗意識のようなものが
部署も
最初は友達もいない変り者だと、あたしは心のどこかで優越感を持っていたのかも知れない。
それが
社内でも上司や同僚の評価よりもチャロがどう思うかが気になった。
云ってみればあの頃のあたしにとっての「世間様」とはチャロ以外の誰でもなかった。
チャロが総務課でチームリーダーと云う肩書を与えられた時は、何か裏切られたような感覚にさえ
そうか、今思えばあたしがあの会社を
あたしが退職する時、同じ課の課長が一人転勤になるのが決まっていて、その課長の送別会と
まさに取って付けたかのようにオマケであたしの送別会も一緒に取り行われた。
宴会で隣の席に座っていた上司があたしにお酒を
「どうして辞めちゃうの?勿体ない。お姐はみんなに愛されてるのにぃ」
愛されているですと?
「みんなに愛されてる」と云うのはまさにチャロのようなヒトのコトを云うのだと、その時も頭の中であたしはチャロを引き合い出したのを覚えいる。
宴会の後あたしが一人で外へ出て、
チャロはあたしの右手を両手で握りしめるとそのまま泣き崩れた。
「お姐、なんで辞めちゃうの?」
と繰り返すチャロを見下ろしながら、あたしは何か根本的に大きな勘違いをしていたのではないかと、つまり自分の選んだ退職と云う選択が間違いだったのではないかと一瞬不安になった。
あたしが周囲をなんとも思っていないように周囲もあたしのコトなんてなんとも思っていない。
もっと云うなら、あたしのコトを「初めてのお友達」と云ってくれたチャロでさえあたしのコトなんて
しかし小一時間前に宴会で、お別れの挨拶を述べた課長にみんなの見ている前で抱きついて泣いたチャロの姿が
お酒を
その予想も、二次会に
あたしはずっと、いったい何と
あたしが退職した直後に、風の
暫くするとバックルームの扉が開きバイトの仔が出てきた。
「今、マスターから連絡があって、もう取引先を出てこっちに向かっているらしいから、ママはホスピットに行っちゃって下さい」
一通りのレクチャーを済ませ実演でジョイントを巻き、既に2本目か3本目のジョイントを吸っているであろうくらいの時間は経過した筈なのに、バイトの仔は普段通りの口調だったので、あたしはバイトの仔の
「あら?まだ
と
バイトの仔は「待ってました」とばかりに話し始めた。
「そうなんですよ!聞いてくださいよ。あのお客さん、ちょっと様子が違うんですよ。なんて云うか、初心者を
たしかにチャロは仕事でも他人に頼って尋ねたりはせずに何でも自分で調べたり、一人で何でもしようとするタイプの人間だったから、宴会
「彼女、
「あれ?ママはあのヒトと知り合いなんですか?」
と
どう話したらいいのだろうかと
「以前ね。一方的にあたしが彼女を知っていたってだけで、知り合いではないわ。
彼女、マリファナや
と、それとなく話を終わらせようとしてみた。
「もしかしたら、彼女もママのコト知ってるかも知れませんよ」
と意味深な笑みを浮かべるとバイトの仔はバックルームへと戻って行った。
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