Syber-Fantasy:第6話

あたしは軽く相槌あいづちを打った。

「入れ物の大きさや重さや、値段まで同じだから、この二つは全く同じ物だと云えるんですけどね、仮にこっちのピルケースをA、もう一つのピルケースをBとします。ママが昨日Aを飲んで今日はBを飲んだとすると昨日のママはAで出来ていて今日のママはBに入れ替わっている。明日はCかも知れないし、たまたまママがDを先に飲めばDになっている。つまりAではなくなっているってことなんですよ。」

少々興奮しつつも彼女は二つのピルケースを陳列棚ちんれつだなに戻しながら話を続けた。

「構成している成分は同じなんですけどね、構成している物はこんな具合に入れ替わっているので、ママは生まれてきた時のママではないんですよ。」

ここまで話を聞いた時点であたしは少し変な気分になってきた。

「ここからが本題なんですけどね…。」

と、彼女はニヤリと微笑み更に話を進めた。

「食べる物って、みんな毎日違うじゃないですか?毎日同じピルを飲んでいるわけではないですよね?なのにママは毎日毎日身体の中身が入れ替わっているのにママのまま、ママであることを維持いじしながら成長してるでしょ?これって当たり前の事のようで物凄く不思議で神秘的な事だと思うんですよ!でね、何がママをママとして維持させてるのか?と云うのがDNAと呼ばれているデータなんですよ!データですよ?形のある物ではなくデータがママを存在させてるんです」

あたしはだんだんと話についていけなくなってきたと感じて、もうちょっと詳しく説明をしてほしいと思い

「データって?それは細胞だか染色体だか遺伝子だか詳しい事はわからないんだけど、紙に書かれたメモ書きみたいに身体の中のどこかに書き刻まれてるんじゃないの?物質的に染色体とかに刻まれてるんだと思ってたんだけど…。」

と、聞いてみた。

「あ~、なるほど。ある意味そうなんですけどね」

彼女は言葉を選んでいるのか、また解りい例話をこしらえているのか、数秒の間を空けてから付箋を一枚取りその小さな付箋にハートマークとそのハートマークの中に星のマークを描きあたしに見せた。

「この図形を見て、覚えてもらえます?覚えたらこのあたしが描いた付箋を見ないで別の付箋に同じ図形を描いてみてください。」

あたしは云われるままに別の付箋を一枚取り、ハートマークとその中に星印を描き、彼女に渡した。

「この一連の流れがDNAだと思うんですよ。つまり、今私はママにDNAの説明をしようと云う目的をもってこの偶然に一致するような丸や三角や四角ではない図形を頭の中で創造し、この紙切れに複写すると云う手段でママに伝達し、ママはそれを見て図形の形を認識して記憶してその証明にまた別な紙切れに同じ図形を複写しました」

小難こむずかしい云い方ではあるが、要するに彼女が思いついた図をあたしに描かせたと云う説明だ。

あたしは、まだ彼女の話についていけている自分を確認した。

あたしはゆっくりと首を縦に振ると彼女は話を続けた。

「目的が創造を促し、創造されたモノは伝達され複製を作る。今私はママに触れることもなく、物理的に物質の行き来なしにママにこの図を情報データとして移動、いや、複写をしたんです。もちろん、手段として視覚にうったえるために付箋と云う物質をもちいましたけどね、これは手段であって媒体ばいたいでしかないんです。本質的な部分である情報そのものは物質ではないんです。とすれば、ママも私も実は物質的な肉体とかではなく脳でもなく、もっと、こう、なんて云うか…心とかたましいとか、ねんとかれいなのかもしれないって考え方ができますよね?私は、それが命だと思うんですよ!ほら、今云った情報データと同じ原理で複製を作って増え続けてるでしょ?私もママも、必ず目的があって創造されたんだって思うんですよ。今、私が生きていて、ここに存在している事には意味があるって思うと、強く生きていける気がするんですよ」

あたしは彼女が生物学にせられている理由がなんとなく理解できた気がした。なんであれ、生きる原動力を持っていると云う部分では確かに彼女の方があたしより強いのかも知れないと、少しだけうらやましくも思えた。

「でもその目的って自覚じかく出来るようなものなの?ただ漠然ばくぜんと目的があって生きてるって自分に云い聞かせるだけじゃ不十分なんじゃない?」

と、あたしは素直に思った疑問を投げ掛けてみた。

彼女は表情も変えずに速答で答えた。

「自覚できますよ。個人差はあるだろうし、考えもせずに一生を過ごしてしまう人もいるとは思うんですけどね。」

自信に溢れた彼女の返答にあたしは更に興味をかれた。

「答えは自分の中にあるんですよ。自分の気持ちに忠実に聞き従えば答えはその先にあります。」

彼女のこの自信は一体なんなのだろう?あたしより若いのにすでに人生を悟り切ったような表情だ。

「例えば人類にとっての人間一人一人の存在理由の中に子孫繁栄と云う目的がありますよね?で、人は誰かに命令される訳でもなしにそれをげ続けてるじゃないですか?セックスと云う快楽によってその目的を遂行するようにもともと仕向しむけられていたんですよ、命に。自分に合ったパートナーと巡り逢うと自分自身の内側から愛とか恋が生まれて、その相手との関係を築きたいと云う欲求が生じてくる。おそらくその巡り逢わせにしたって仕組まれてるんだと思うんですよ。云い方を変えると運命とか宿命ですね。」

「それじゃ、ひとついてもいいかしら?あなたにとっての、その目的と云うか存在理由って云うか・・・」

「マスターです!」

あたしが質問を云い終える前に、彼女ははっきりと自信を持って即答した。

「私にとっての私の存在そのものがマスターなんです。勿論恋愛感情的れんあいかんじょうてきな要素が全くふくまれていないとは否定ひていしません。けど、男と女だとか、そう云う次元ではなく、私はマスターのために存在し、生きています。だからマスターに万が一危機がせまったとしたら、私はいつでも命を投げ打ってでもマスターをまもり抜く自信と覚悟があります。その覚悟を持ち続けることによって自分が今生きていることへの安心感や自信や、納得を得られてるんですよ」

物凄ものすごい自信だ。生気せいきあふれていると云った表情で彼女はすごいことを云ってのけた。

「そんな場面がこないことを望むわ」

あたしがそう云うと彼女はまた話を続けた。

「残念ながら、私が存在しているって事は、私の存在が必要な場面がくると云う事を暗示あんじしてるんです。どのような形で私がマスターを護るのかなんてわかりません。もしかしたら地味にマスターの事を支え続けると云うたぐいたすなのかもしれません。けど、私の命はマスターを護り抜く事でまっとうされるんです」

唖然あぜんとしてあたしは言葉をうしなった。

「でもママの云う通りのそんな災難さいなんが降り掛かったりしないにこしたことはないですよね。私もそう願ってはいるんですけど、覚悟だけは常にしてるんです」

物凄く真っ直ぐで刺さる様な彼女の視線に、もしかしたらあたしが彼女に嫉妬をされてしまうのではないかと云う可能性を感じ、ちょっと怖くなった。

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