Syber-Fantasy:第4話

警備員はキーボードや持ってきた物を手際よく片付けるとカウンターから出て 店内から栄養ドリンクを三本持ってきてカウンターに置いた。

「そろそろおいとまするよ」

と云いながら左手をカウンターについた。

あたしは警備員の肩と額にスキャンをあて、ビニール袋に入れようとすると

「いいよ」

と云い、栄養ドリンクの一本を取りポケットに入れた。残りの二本をあたしの方にずらし

「これでホスピットに行くまで頑張って元気を繋いで保たせてよ」

と笑った。あたしは

「ありがとう」

とお礼をしながらなぜ二本なんだろうかと考えた。

「それじゃ」

と警備員は敬礼をすると、後ろに向きをかえながらこう云い残した。

「ママ。ほんと何かあったら云っておくれ。何でも相談にのるから」

やはり警備員は奥に人が居ることを察している。

警察官に対しても、あたしが匿ってる誰かを一緒に匿ってくれたのだ。 ログを消したことも黙っててくれた。 あたしが「いいえ、来たわ」と云った時の驚いた表情。 更に自分がIDシステムを操作出来ると云う話。 カウンターの上に残された栄養ドリンクふたつ。

色んなことの辻褄が一瞬にして合った。あたしの考え過ぎだろうか?

「ありがとう」と云ってしまったら全てを認めてしまうことになりはしないだろうか?あたしは言葉を選んでいた。


「ピピッ!」


警備員がエントランスを通って出てゆく音に慌ててあたしは「ごちそうさま」と云ってみたが、 振り向きもしない警備員の耳にそれが届いたかどうかはわからなかった。

あたしは警備員に貰った栄養ドリンクを二本手に取ると深呼吸を一つし、バックルームへ向かった。

三十分くらい経ってしまっただろうか?

あたしは連飛を引き止めて何をしようとしていたのだろう?まだ鼓動は高鳴っている。

あたしはバックルームのドアを開けると同時に

「お待たせして申し訳ないんだけど、あたしもちょっと気を落ち着かせたいから もうちょっとだけ待ってもらえます?煙草を一本吸わせて」

と云った。連飛はマスターのデスクの前に立ちデスクの上にある店内監視用のモニターを眺めていた。

「もちろん。どうぞ」

と云うとこっちを向いて

「さっきはありがとう」

と軽くお辞儀をした。

あたしは休憩用の小さなテーブルの上から自分の鞄を取ると席に着き煙草を取り出しせかせかと火をつけた。

あたしは煙草を一口大きく吸ってゆっくりと吐いた。 あたしはその小さなテーブルを挟んで向かい側にあるもう一つの椅子を指し示しながら

「どうぞ、座ってください」

と云い、また煙草を口に咥えた。

連飛は背もたれを片手で持って椅子を引き、浅く座るとのけぞるように背中を背もたれにつけた。

あたしが三口目の煙草の煙を吐くと連飛は口を開いた。

「どう?落ち着いた?」

あたしが

「ええ、ちょっとはマシになったかな?」

と答えると連飛は

「なんで助けてくれたの?」

と聞いてきた。

「あなたがあたしにそうさせたんじゃないの? それ以前にあなたは一体何者なの?何をしにこの店に入って来たの?あなたは連飛なの? 何で警察に追われてたの?次はあたしに何をさせる気?あたしは何をすればいいの?」

と、連飛の意外な質問が引金になってあたしの中の疑問が一気に口から噴き出てしまった。

連飛は言葉を選ぶかのようなゆっくりとした口調で話し始めた。

「まず、オレ達は自分等の事をそうは呼ばないけど、今キミが云っていたそれだと云っておこうか。 それから次にキミにしてほしい事はさっきキミが云っていた裏口までオレを案内してオレを見送る。 そして一部始終をきれいさっぱり忘れる。それ以上の情報は不要でしょう。だって全て忘れるんだから」

あたしは困惑した。この男はあたしを操るだけじゃなく記憶を消してしまう事までできるのだろうか?

あたしは今自分が非常に危険な状況下に置かれていてこの男の意志次第で如何様にもされてしまい得るのではないかと不安になった。 恐ろしいのはきっと相手が何者で何が目的で何をどこまで出来る力を持っているのかが全く分からないからだ。

あたしは冷静を取り戻すために時間をかせぎたかった。

「えっと、もうちょと分かりやすく話してもらえません?」

あたしは出来る限り平静を装って聞き直した。連飛は諭すような口調で話し始めた。

「いいかい、連飛って云う呼称はキミ等HBの人間が勝手にそう呼んでいるだけで、 キミはその呼び名の由来など知らないのかもしれないがオレ等にとっては不愉快な呼ばれ方なんだ。 その由来は話せば長くなるけど話したところでなんの納得も得られないようなくだらない話さ。 で、逆にオレ等はキミ等の事をHB(ヒューマンビーン)と呼んでいるが、 それはキミ等の政府がIDシステムにIDチップの登録のある者だけが人類であるかのように むきになって誇示しているから皮肉半分でHB(人類)って呼んでいるんだ。ただ、 オレ等はHBの存在や考え方を尊重してるしHBがオレ等を否定したり無視したりしてることも含めて受けとめて、 同じ人類だと認めてる。 でも、故無く蔑視されているようなこの状況を正直快くは思っていないから、オレの話方に刺があったらごめんな」

とそこまで話すと連飛は我に還って

「話し過ぎた」

と独り言を漏らした。そして

「今度はキミが答える番だよ。どうして得体の知れないオレを助けて隠してくれたの?」

と改めて聞いてきた。どうしてだろう?さっきはとにかく自分が自分ではないかのようだった。 ただ本能的にそうしなければならない使命感のような感覚に襲われたことしか思い出せない。 この質問に答えたら連飛はあたしの記憶を消してここから去って行ってしまうのだろう。

しまった。沈黙を作ってしまった。

あたしは何か答えなければと口を開いてみた。

「それは…」

なんでもいいから返事をしなければと言葉を切り出してはみたが続きが全く浮かんでこない。

「はっきり云って自分でもよく分からないわ。次に会う時までに考えておく」

あたしは自分の記憶を消されてしまうと云う恐れから、そんな事を口走ってしまった。 さっき煙草を取り出す時に無意識にテーブルの上に自分が置いた栄養ドリンクが二つ視界に入った。 次に言葉に詰まったらこの栄養ドリンクを一本差し出して時間を稼ごう。

この小さな切り札が出来た事であたしの気持ちの中に少しだけ余裕が生まれた。

「いや、もう答えを考える必要はないよ。単純に厚意だったのか、他に他意があるのかが知りたかっただけだから、 分からないって事は作為的な悪意はないって事でしょ?それじゃ、裏口に案内してくれないかい?」

と連飛は立ち上がりながら云った。

「ちょっと待ってよ。あなたはこのまま出て行ってあたしとは二度と会わないつもりなんでしょ? あたしはあなたを匿ったのに記憶まで消されてしまうなんて、フェアじゃなくない?」

あたしは慌てて早口で云った。

「え?記憶を?消す?」

と連飛は逆に驚いた後すぐに笑いながら

「ああ!忘れてくれって話ね?あれはただの云い回しさ。 オレと会って話をしたって事も聞いた内容も他言しないで欲しいって意味だよ。 もちろんそれはお願いなんだけど、キミ自身の為にもそうした方がいい。 色々と厄介な事に巻き込まれるのはごめんだろ?」

と云い、また椅子の背もたれを片手で持ちテーブルに戻した。

連飛が他人を操ったり記憶を消したりするような妙な力を持っているわけではないと認識したとたんに 相手が等身大の自分と同じ人間だと云う親近感にも似た安心があたしの中に広がった。 そして連飛の云う「オレ等」にも激しく興味をそそられた。

このまま連飛を帰してしまったら何もかもが中途半端だ。

「ねえ。今日はあたしディデーで、深夜過半休でホスピットへ行くんだけど、その後付き合ってもらえないかしら?」

十中八九好奇心だった。

「付き合うって?」

と連飛は話に乗ってきた。

あっさり断られる覚悟で切り出した提案だっただけにあたしの方が拍子抜けだ。

「つまり、お茶かご飯でも食べながらあなた達の話を聞かせてほしいの。 ほら、秘密を守るにもある程度の情報って必要でしょ?そうじゃない?さっきのお礼だと思えばお安い御用じゃなくって?」

我ながら大胆な発言だと思いつつ、連飛の反応を待った。連飛はしばらく黙ったまま頭の中で整理をしているようだった。

「随分強引なんだな。嫌いじゃないけど、そう云うの」

と口を開くと一度髪を掻き上げて更に続けた。

「一理あるかな?否、確かに筋は通ってるし、けど問題があるな」

そう云って連飛はあたしの顔見た。あたしが「問題?」と聞き返すと連飛は

「そう、問題。今日じゃなきゃ駄目かい?」

と聞いてきた。

「早い方がいいんじゃない?だって詳しい話を聞くまでの間に何があるかわからないじゃない。 それに今日がたまたまディデーで半休なのも好機なんじゃないかしら?」

そうあたしが云うと連飛は納得して

「わかった。じゃ、アクアセクタまで来れる?時間は遅ければ遅い程好ましいんだけど」

と場所を指定した。アクアセクタはホスピットから電車で1時間程の海沿いの小さな町だ。もともとは栄えていた港町だったが今は廃墟と云ってもいいくらいの寂びれた町と化している。あたしは

「わかったわ、アクアセクタに未明ね」

と応えた。連飛が

「それじゃ、店の名前と地図を書くから何か書く物を貸しておくれ」

と云ったのであたしは鞄から手帳とペンを取り出し白紙の項を開いて差し出した。 連飛は立ったままテーブルに手帳を置き店の名前を書きながら「シナゴグ」と声を出し、その下に四角を描くと

「ここが駅ね」

と云った。その四角から下に線を2本引きながら

「海側の出口を出ると広い通りがあるからその通りの左側を歩いて海の方へしばらく歩いてもらうと公衆電話があるから」

と云い公衆電話のある位置に小さな丸を描いた。

「公衆電話?」

とあたしが聞き返すと連飛は

「あ、元公衆電話かな?この界隈はすでに電気が来なくなってるから当然電話としては使えないんだけど、 撤去もされずに電話ボックスがポツンと取り残されてるんだ」

と云い、その小さな丸から横に線を引き

「その電話ボックスを目印に左に入って…」

と云い、あたしの顔を見た。連飛は

「この道は街灯がないから薄暗くて恐いかも知れないけど、危険ではないから安心して」

と云い、また手帳に目を落し

「突き当たりまで行ったら右ね。ここまでくれば人が大勢いるからだれかに店の名前を云えば教えてくれる筈」

と云い、小さな四角を描き四角の中を黒く塗り潰した。そして

「店はこの辺ね」

と云い、地図の右下に「Ryu」と書き、その項にペンを挟んであたしに差し出した。あたしは

「シナゴグね」

と、確認するように呟くと連飛は

「そう、シナゴグ」

と繰り返した。そして

「シナゴグで人と会ってるから終わるまで店の中で何か飲んで待っててくれる? もしこっちの用事が先に済めば駅まで迎えに行くけど、期待はしないでおいて」

と云うとあたしがさっき鞄から手帳を取り出す時に灰皿の上に置いた短くなった煙草をつまみ灰皿に押しつけて消した。 あたしが慌てて栄養ドリンクを差し出すと連飛は

「彼とは親しいの?」

と聞いてきた。警備員の事を云っているのだろうとは思ったがあたしは

「彼?」

と聞き返した。

連飛は栄養ドリンクを受け取りながら

「そう、これをくれた大男。彼、賢そうだったからどう云う人かなと思って。 頭の良いヤツは取り敢えず警戒するようにしてるんだ」

と云った。あたしは立ち上がりながら

「あら、好い人よ。頭はいいけど親切だし、信頼できる人よ」

と応え裏口の方へ歩き始めた。連飛はあたしの後ろからついてきながら

「そう、敵じゃなければいいが…」

と呟いた。あたしは裏口の扉を開きながら

「それじゃ、後で」

と振り返り連飛に軽く微笑んでみせた。連飛は扉を開いているあたしの前を通り過ぎながら唐突に

「彼の事、好き?」

と聞いた。どう云う「好き」なのか分からず

「はい?」

と聞き返すと連飛は小さい声で

「彼は君の事好きみたいだったから」

と云うと顔をあげて

「じゃ、ありがとう」

と云って会釈をした。


□Drゴン

□シナゴグの美香

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