Syber-Fantasy:第3話
あたしは
まずい。本当に何もなければそんなことに気付かない筈だから、 あたしがその合図に気付いてしまったことを悟られてはまずい。 あたしは出来る限り能天気に
「え?ログって消せるの?」
と驚いてみせた。
モニターを見る限り、IDの登録のない何者かが入ってきて、出て行った形跡がないのだから、 そう予測するのは当り前のことだ。
「お店側の
警備員は胸のポケットから
「マニュアルには載ってないけど、政府のIDシステム本体にだって入り込んでデータをいじれるんだぜ」
と、少し悪ぶりながら警備員は続けた。
「今んとこはまだ足跡を残さずにログアウトする自信がないからログインしても何も触らないけど、
自慢気にそう云うと警備員はトドメを刺すように最後のキーを強めに
カタッと云うそのキーの音と同時にモニターは電子音をたてた。
「ピピッ!ピピッ!」
またエラーか?
警備員はモニターに顔を近付けたが、エラーではないことにはあたしが先に気付いた。 二人の男が店内に入ってきたのだ。
「誰か来なかったか!?」
先に入ってきた痩せ形の男がそう云うと、 警備員はその偉そうな態度に気を悪くしたのか
「あんた達は?」
と聞き返した。もう一人の小柄な方の男は警備員の
「つべこべ云うな!質問してるのはこっちだ!警察だ!なんか文句でもあるか!?」
と、まるで小型犬がキャンキャン吠えるかのように突っ掛かってきた。痩せ形の男の一歩後ろに立ったまま、腰は退けている。今度は痩せ形の男が逆に警備員に聞き返してきた。
「で?あんたは?」
警備員はふて腐り顔で気を付けの姿勢を取り
「WSSー373351。警備会社の者です」
と名乗った後
「警察なら警察だと先に云ってくれればいいのに」
と付け足した。警察官はここからは職務質問だと宣言するかのように
「ここで何を?」
と、
「何をって、オレはここの店主とは幼馴染みでちょくちょく来てるんだけど…」
と云うともう一人の小柄な方の警察官が割って入ってきた。
「それは客として?今あんたレジカウンターの中にいるじゃないか!」
と云った。警備員は調子を変えることなく、小柄な方の警察官など視野にすら入っていないかのように応答を続けた。
「今日は店主不在で、エントランスシステムが調子悪いってことで、見にきたんですよ」
間髪入れずに
「ただのシステムエラーだったからリセットしたんだけど、ログ見ます?」
その堂々とした警備員の態度に諦めたのか警察官は話を戻した。
「不審な者は来なかったか?」
と今度はあたしの方に視線を移し口調を強めて云った。
「不審な者?」
と聞き返すとまた
「質問してるのはこっちだ!」
と声を荒げた。心強い警備員の存在があたしを強気にさせたのか、もしくはバックルームの連飛が気に掛かって
「不審な者と云われましても、どんな人物なのか分からないので!」
警察官も平常心を失いつつある。
「誰も来なかったなら単刀直入にそう云えばいいんだ!」
「いいえ、来たわ」
警察官二人と警備員の三人が同時に目付きを変えるのを感じ少し緊張してきた。 軽はずみに勢いで警察官を挑発してしまった。その衝動的な自分の発言を
「青年が一人来て店主がいないので帰っていったわ。彼がその『不審な人物』ならログが残ってる筈よ。 で、
と付け足した。二人は目を合わせ、痩せ形の警察官は
「違うな」
と云い残すと一人店を出て行った。
残された小柄な方の警察官は小脇に抱えてた小さな鞄からスキャナーを取出し、 あたし達二人はカウンターに左手を付き肩と額のIDチップをスキャンされた。
警察官はあたし達に挨拶もせずに、もう一人の警察官を追って出て行った。
「この仕事してると警察と絡むことがよくあるんだけど、ほんと嫌な奴ばかりさ」
と云って警備員は微笑んで見せた。
■ Syber-Fantasy ■
03通目(後半)
あたしは宴会で知り合った他部署の男とその店の話が出て以来、 毎週ショッピングモールに買い物に行く度にその店を気にして見るようになっていた。 入ってみたいと云う好奇心は膨らむものの、あまり妙なお店にログを残したくないと云う潜在意識から、 なかなか中に足を踏み入れるに至らなかった。
丁度その頃からだったたろうか、あたしは自分の人生の意義を見いだせなくなっていて、 ともすると「死」について考えるようになっていた。
同僚には内緒で社内のカウンセリングルームに出入りするようになっていた。 大きめな組織には
あたしは同じ毎日に何かしら
変化だ。
何でもいい。いつもと違う道を歩くとか、知らない人と挨拶をかわしてみるとか、何でもよかった。 でも自分からは何一つ変わった事をしようと云う気にはなれなかった。 そんな頃のある休みの日の事だった。あたしはショッピングモールで買い物を済ましいつもの道で駅まで向う途中、 例のお店の前の路地に差し掛かった時にお店の前に
あたしは何も考えずに道の反対側に進路を反らし彼らから離れてその道を通り抜けようとした。 彼らと目を合わせないようにとあたしは少し
「お嬢さん!」
聞こえないふりなど出来ない程の大きな声だった。振り返ると熊のような大きな
「お急ぎじゃなかったら、少しここでお話しません?」
ニット帽の男が続けて云った。 その
「お嬢さんよくこの店見てるでしょ?たまには中に入ってくればいいのにぃ」
変化だ。いつもとは違う何かだ。知らない誰かと
「このお店の
と聞いてみた。大男の方がニット帽の男の肩を軽く叩きながら
「この人、この店の店主だよ。そうは見えないでしょう?」
と云って笑った。確かに店主だとは思えなかった。少し驚きながら
「え?ホントですか?お若いですよね?」
とあたしが云うとニット帽の男は大男の肩に手を回し
「俺たち24だよ」
と云ってそのまま大男に持たれ掛かった。あたしと同い年だ。少しだけ緊張が
「仲良しなんですね?」
と云ってみた。もうちょっとだけなら話をしてもいいかなと思った。
「立ち話もなんだからさ、こっち来て座りなよ」
とニット帽の男は云った。
「大丈夫!恐くない!煮て食べたりしないから!」
と大男の方が冗談を云うとニット帽の男が続けて云った。
「なんか飲む?何飲む?お茶がいい?」
まだ少しどきどきしていた。 この人達とあたしはこれからどんな話をするのだろう。 久しく忘れていた「出会い」と云う単語が頭の奥深くから
「じゃ、お茶を頂だこうかしら」
と云った。ニット帽の男ははしゃぎながら
「ほら!お茶だってさ!早く早く」
と大男にお茶を持ってくるよう
大男はやれやれと云った表情で立ち上がると店内に入って行った。 更に追い打ちをかけるように
「俺は炭酸水ね」
と付け足すように叫ぶとあたしに隣に座るようにと手で合図した。 合図した手の人差指と中指の間にジョイントが挟まれていたことにその時点で気付いた。 どうりで陽気なわけだ。
あたしは宴会でも回ってきたジョイントを口にする事はなかったが不器用にマリファナが巻かれたそれの香りも、 またそれを吸った人がどんな風になるのかも知ってはいた。
ニット帽の男に勧められるままにあたしは縁台の大男が座っていたところに腰を掛けた。 深く被ったニット帽の下から真っ赤に
「あいつさあ、デカイでしょ?」
と大男のいる店内を指差してニット帽の男は話し始めた。あたしは笑いながら
「脳みそまで筋肉で出来ているタイプに見えるじゃん?」
あたしはどう反応すればいいのか迷ったが、ニット帽の男はお構いなしに続けた。
「でもねぇ、あいつ、すっげぇ頭良いんだよ!勉強も出来たんだけど、頭の回転が早い!キレが良いって云うのかなあ?」
あたしは話を続けてほしくて
「へえ、そうなんだ」
と興味を示す表情を作った。
「で、スポーツも喧嘩も負け知らず。俺から見たら完璧を絵に描いたような奴でさ、 なんで俺なんかとつるんでくれてるのか理解出来ないよ」
と首を
「
大男の方が両手で小さなお盆を持って戻ってきた。
あたしはその姿が
あたしは買い物袋を自分の膝の上に置き席を
「どうぞ」
と隣に座るように促した。大男は「いや、自分は」と云い
「こいつさあ、俺に云わせればホント完璧な人間なのに、 自分に自信がないって云うかぁ、奥手って云うかぁ、シャイなんだよ」
とあたしに云うと
「目の前でデカイのが立ってると落ち着かないんだよ!」
と、あたしの隣に座らせた。あたしは更に席を詰め、大男はあたしの隣に座った。 ニット帽の男と大男に挟まれ、両方の腰や腿が軽く触れていた。 人間の体温。不思議と懐かしい気がした。
「えっと、何の話だっけ?」
とニット帽の男が云い、大男は笑いながら
「マスターかなりキマってるんじゃない?」
と云うとあたしに小さな声で
「前、失礼」
と云いながらニット帽の男の手からジョイントを
あたしは眉をしかめて困った顔を作り「どうしようかな?」と伝えようとしてみた。 大男は笑いと煙を一気に吹き出して
「お嬢さんは声だしていいんだよ!」
と云い、ニット帽の男も笑っているのが、伝わってくる小刻みな振動でわかった。
「そっか」
あたしは照れ笑いをしながら
「あたし、マリファナ吸うの初めてなの」
と云った。「吸ったことがない」と云う云い方ではなく「初めて」と云った自分に、 自分が今からマリファナを吸おうとしてると自覚した。
「最初は
と大男が云うとニット帽の男が
「そして限界まで息を止めて、限界がきたら…更に止めて」
と云って笑った。
あたしは云われる通りにジョイントを咥え、ゆっくりと吸い込み始めた。
両隣から「もっと!もっと!」と云う声が聞こえていたがあたしは蒸せそうになり息を止めた。
「はい!そのまま、そのままね」
とニット帽の男はあたしの手からジョイントを取り
「まだね、そのままだよ」
と更に云った。我慢出来ずにあたしは鼻から煙を吐き出すとそのまま蒸せ込んでしまった。
煙草を吸った時でもこんなに下品な煙の吐き方をしたことはない。 恥ずかしさと蒸せた苦しさでしばらくうずくまっていた。
「上出来、上出来、初めてにしては上出来」とニット帽の男の声がする。背中を軽く数度叩かれた。 この大きな手はきっと大男の手だろう。 どこか懐かしいような、それでいて初めてのような
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